遠野放浪記 2014.08.22.-05 幸運な撤退 | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

何度か沢渡りを繰り返し、どんどんと山は深くなって行くのだが、それに連れて昨日の雨の影響か、次第に沢が荒れ始め、丸太橋も流される寸前の状態になっているものがあった。


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そして又一の滝がもう目の前かというところで、そのときは唐突に訪れる。

順調かと思われた登山道が、目の前で激しい流れの沢に寸断され、先へ進めなくなってしまった。

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写真だとそう困難な流れには見えないかも知れないが、結構な川幅があり、しかも前回訪れたときよりも大幅に増水している。何とかずぶ濡れになる覚悟で渡れなくもないだろうが、流されでもしたら一巻の終わりだ。

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もう、木々の奥に又一の滝が見えているのに……。

暫く俺は流された登山道を前に呆然と立ち竦んでいたが、今の俺ではどうしようもないことを悟り、此処で引き返すことにした。

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他の場所で対岸に渡ったところで、深い森と崖に阻まれて先へ進むことは出来ない。

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少なくとも薬師を越えずして街へは帰らないつもりでいたが、こんなに早く計画が挫折するとは。

今になって爽やかな青を覗かせる夏の空が憎い。

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帰り道は下りだが、足取りは尚一層重い。

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自然の前で、人は全くの無力である。生きて行くためになくてはならない水が、ときにこうやって唐突に牙を剥く。

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パティとも随分早い再会だ。

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往復で1時間強……。

先程の決意は何だったのだろうか。

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虚しさばかりを感じ暫く呆けていたが、先へ進めない以上は来た道を戻るしかないので、俺は再びパティに跨って大出へ引き返すことにした。

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まあ、考え様によっては予定通り一日早く山に入っていたら、先へ進むことは出来たのかもしれないが途中で嵐に遭い、帰ることも出来ずあの山の中で身動きが取れなくなっていたかもしれない。

もし藤川さんと出会わず、体調不良にもならずに順調に旅を進めていたら、逆にとんでもないことになっていた……。今になって想像すると恐ろしいが、神がそうならないように助けてくださったのだと信じたい。

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森を抜け、再び大野平の広大な牧野へ。この幻のような僅かな時間が、やがて俺の人生において何らかの糧になるだろう。