附馬牛から安居台方面へ戻る途中、道路の向って左側に馬が居る家が存在する。拙著に何度か登場しているので、以前からの読者諸氏には御馴染みだろう。
果たして今回も、ふるさと村へ向かう途中で馬と出会うことが出来た。
やはり馬は良い。身体のフォルム、いやその存在そのものが美しく、何時でも泰然自若としていて、生き急ぐ俺の心を癒してくれる。
ただ、この家には2頭の馬がいた筈だ。相棒はいったい、何処へ行ってしまったのだろう。
すると、馬の陰から少し小振りなおしりが覗いた。仔馬が隠れていたようだ。
もしかしたらこの馬はお母さんで、今は外に出ていない相棒がお父さんなのかもしれない。そしてきっとその間に生まれたのが、奥でおしりだけ出している小さな仔馬だ。
仔馬はなかなか顔を見せてくれない。お母さんの陰に隠れてばかりいる……。
お母さんはこちらをじっと見ている。俺のことを覚えていてくれて、久々の再会を噛み締めてくれているのだろうか。それとも……。
まだ小さな子だが、額の星と鼻面の流星は、以前この家で出会った2頭それぞれの特徴を思い起こさせる。やはり、間違いなくこの仔馬は2頭の子供だろう。
両親から美しい遺伝子を受け継ぎ、やがてこの子もすくすくと育って俺を癒してくれる存在になるだろう。
仔馬は好奇心旺盛で、きょろきょろといろいろな方向を向いて何かを確かめている。
まだ小さい子でも、馬としての美しさは既に備わっている。背中の曲線美、脚の付け根の筋肉、そして両親から受け継いだ星と流星……とどのパーツを取っても非の打ちどころがない。
美しい身体に太陽の光が降り注ぎ、その陰影をくっきりと際立たせている。
この場所で足を止めて、どれだけの時間が経っただろうか。凄く幸せな時間だ。
すると出し抜けに、仔馬はよっこらしょ……という感じで地面に座り込み、そしてそのまま横になって寝転がってしまった。
お母さんは自分の毛繕いをしていて、子供の様子などまるで意に介さない。
馬は総じて、砂遊びなど寝転がってする運動が好きなようである。
この仔馬はあまりごろごろと動き回る様子はないが、きっと気持ち良いのだろう。
余談だが馬は余程疲労が溜まっているときを除き、立ったまま眠る。これは草食動物の性で、危険な動物に狙われた際にすぐ走り出せるよう、潜在的に警戒を解いていないからだ。
ただし立ったまま寝るために筋肉を緊張させておくと、いざ逃げたいときに疲れてしまって速く走れない。そこで馬は元来、骨と靭帯だけで体重を支えられる身体の構造をしており、睡眠時には4本の脚を交代で休ませながら有事に備えているのだ。
襲われる心配がないと確信できた場合は、座り込むような体勢で眠ることもある。しかし、この仔馬のように寝転がって睡眠を取ることはあまり無い。馬の身体構造上、長い時間寝転がっていると血流が滞り、鬱血してしまう危険性があるからだ。
いずれにしても、仔馬がこのような開けた場所でのんびりと寝転がり、お母さんもそれを意に介していないこの状況は、如何に遠野が平和であるかを端的に表現しているともいえる。
これまた余談だが、1990年代にカネツクロスという馬が活躍していた。逃げ・先行を得意とし、個性派として人気があった馬だが(重賞も3勝している)、あるときからぱったりと勝てなくなってしまった。
これは、彼が競馬場で走っている限りは肉食動物に襲われることがなく、自分のいる場所が安全な世界だと気付いてしまったために本気で走ることをしなくなったからだと言われている。本当かどうかは、カネツクロスに直接聞いたわけではないのでわからないが……。
兎に角、今俺の目の前に繰り広げられている光景が天国以外の何ものでもないことは確かである。この平和な世界に三日も身を置けば、俺も本気で走ることをしなくなるだろう……。
仔馬はやがて寝ているのに飽きたのか、すっくと立ち上がって再びあたりを歩き始めた。
気付けば一時間半が経過していた。
その間に撮った写真を今回の記事に掲載したわけだが、数が多過ぎるので多少枚数を削ろうかと思っていた。しかし、こんなにも美しい馬の写真を一枚たりとも削れるわけが無かった。