静かな集落の片隅に、ひと株の百合の花が咲いていた。
美しい夏の空と、くっきり映し出された山の稜線。絵画の中の、そのワンポイントになった気分である。
忍峠の集落に別れを告げ、此処からは附馬牛のメインストリートに合流する。
此処のところ附馬牛まで足を運ぶ機会が無かったため、その入り口に立っただけでも無性に懐かしい気持ちになる。
道はやがて猿ヶ石川の右岸に行き当たった。このあたりは舗装もされていなく、砂利が敷き詰められた道だ。
遠野市街地と比べ、川幅はまだ狭く川面は穏やかである。薬師岳に端を発し、東禅寺川、荒川、達曽部川といった数々の支流と一緒になり、附馬牛は安居台まで旅をして来たわけだ。
市街地からもう10km以上離れ、風景は下流から源流へと遡って行く。
山深い場所で生まれ、美しい夏の風景に育まれて旅をして行く猿ヶ石川と、猿ヶ石川の下流からその生まれ出でた場所へと旅をする俺が、この場所で出会う不思議。
やがて行く手に小さな橋が見えて来た。対岸へ渡る数少ない道だ。
道は何時の間にかアスファルト敷きに変わった。こちらからも集落に入って行けるようだ(むしろこちらが主要な道路かも知れない)。
あの場所で山が一旦途切れ、集落も終わる。この先は附馬牛の真の深淵である。
遠野物語の序文の道を歩いて来たが、川を渡ってメインストリートに合流すると、その空気も夏の空へ溶けて消えてしまう。午後は気持ちも新たに、附馬牛の最奥を目指す旅が始まる。