琴畑川との旅を始めてから凡そ2時間、そろそろ風景に変化が訪れる筈だ。
信じられない位に空は青い。琴畑に来てこんな青空を見たことは無かった。
間も無く運命の分かれ道が訪れる。
左に進めば白望山、真っ直ぐ進めば新山(しんやま)。これまでに俺は左の道にしか進んだことがない。
申し訳程度のガードレールが設けられているが、これだけでもこの場所に人が分け入っていることの証左である。
足元には水溜まりが残っているが、この場所に腰掛けて早めの昼食を摂っておくことにした。
今回は缶詰のあらびきミートソースをごはんにかけていただいた。本来はパスタなどに用いるものだが、今回のように手軽にごはんと一緒に持ち歩くと、何時でも何処でも食べられて非常に助かる。
さて、此処から先は俺にとって全く未知の世界。何が起こるのかもわからない。緊張の糸を切らさずに進まなくては……。
と言っても、暫くは高い木も無い見通しが良い道が続くし、天気も最高。世界は平和そのものである。
1回だけ、鹿を駆除しに来た地元の猟師と出会った。それ以降、この林道で人と出会うことは無かった。
新山方面に暫く進むと、下り坂の分かれ道があるので寄り道して行くことにした。
山を目指す道から外れて下って行くとどのような場所に出るのか、少し様子を見てすぐに元の道に戻るつもりだったが、このあたりは琴畑湿原という生態学上極めて価値が高い場所であるようなので、今日訪れたのも何かの導きだと思い見学して行くことにする。
このあたりは北上山系の中でも非常に珍しい中間湿原の初期段階にある場所で、ハルニレやエゾノコリンゴが群生しモリアオガエルの生息地でもあるという生命の宝庫でもある。
少し専門的な話になるが、湿原は周囲よりも低層であるために水が流入し易く富栄養状態が保たれる低層湿原と、低層湿原の植物が枯れて堆積した結果周囲よりも高層になり、雨水や雪解け水のみに頼り貧栄養状態になる高層湿原に大別される。中間湿原とは、低層湿原から高層湿原に変化しつつある湿原のことで、琴畑湿原も今後何百年という時間を掛けて変化して行くのだろうが、その様子をリアルタイムで追うことが出来るという意味で貴重なのである。
このような僻地にあるため一般的には殆ど知られていない場所だが、この記事を読まれた諸氏には、近くへ旅する機会があったら是非訪れてみていただきたい。