遠野放浪記 2014.05.04.-19 牧師も十字架も無く | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

山深い中にたった一本だけ可憐な山桜が咲き、早春のモノクロームに鮮やかな色を投影している。山肌には未だに雪が残り、やがて訪れる春の日差しに溶けて小さな滝になって消えて行くのだろう。


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このような場所からさらに道が枝分かれし、何処へ続くとも知れない虚ろな口を開けている。

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もうかなり日が傾いて来た。残された時間はあまり多くない。明日になればまた太陽は昇るが、同じ時間は二度とやっては来ない……。

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六角牛神社から一時間半近く歩き、ようやく僅かに傾斜が緩やかになって来た。経験から、そろそろ目的地が近そうだと感じる。

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もう人間の住む世界など遥か彼方に消え失せてしまった。後は先へ進むしかない。

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幾度目なのかもわからない急カーブに、小さな鳥居が立っている。先程の不動明王よりも、尚生々しい。道は背後の山へ枝分かれし、やがて消えて行く。

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気が付けば六角牛の稜線も目の前に近付いて来た。山の道の交差点はもう直通り掛かる旅人を待ち構えている。

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笛吹峠を挟んで六角牛と対になる山は、権現山という。そしてその山に至る道には金堀沢という、遠野の暗部を考慮すると非常に意味深な名前の沢が流れている。歴史の表舞台から消え去ってしまった昔話が、この土地には幾つも眠っていそうだ。

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やがて道はほぼ平らになった。後ひと踏ん張りである。

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そして……。

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遠野と鵜住居を結ぶ道の境界線、笛吹峠に到着である。周囲には誰もいない。生きものの声すらも今はしない。至って静かだ。

ただ眩しい西日だけが、未だ葉が生い茂らない木々の合間から峠道に差し、其処に薄暗い夜の影を投げかけている。