昼間は土沢駅にも駅員がいる。しかし、汽車を待つ客がいない時間帯は広い待合室ががらんとして寂しい。
薄曇りの東和の空に、少し葉が混じった桜が柔らかく映り込んでいる。ホームの上には既に多くの花弁が散っていて、足元をピンク色に染めていた。
俺が乗る上りの汽車は、あの桜に覆われたホームに到着する。パティと一緒に、ホームの端に備え付けられた簡単な踏切を渡って、桜の下へ。
青い屋根の駅舎がどでんと構える下り線のホームと、その背後には緑が迫り、季節毎に様々な表情を見せる上り線のホームと。同じ駅でありながら全く違う世界のようだ。
ホームの桜並木から、何処へともなく消えて行く細い道があった。地元民だけが使っている秘密のトンネルだろうか……。緑の奥にもずっと桜並木が繋がっていて、俺が住む世界とは別の場所に行けるような気がしてならない。
桜と戯れながら汽車を待っていると、遠くから勇ましい汽笛が聞こえて来て、やがて花巻から来たSL銀河がゆっくりとホームに入って来た。黒い煙を吐き出しながら、乗客と昭和のノスタルジイを一緒に乗せたSLが悠然と到着する。その姿には俺も胸をドキドキさせながら見惚れてしまったものだ。
SLは5時間程かけて、花巻から釜石まで走って行く。宮守や遠野で石炭と水を補給しながら、普段の釜石線とは違う時間の中を走って行く……。
下りのSLが土沢駅で雄姿を見せた後、入れ違いで上りの汽車が到着する。僅かな時間の邂逅だったが、遥か昔、何も気にせずにいられた子供時代を少しだけ思い出した。