遠野放浪記 2014.04.26.-10 記憶の擽り方 | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

俺は夕陽が照らす遠野の街を抜け、綾織へ抜ける街外れにある伊勢両宮神社へ急いだ。


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太陽は刻一刻と山の稜線に近付き、地上に落ちる影は段々と長くなって行く。

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果たして期待通り、丁度桜が満開を迎えた伊勢両宮神社の日没に、俺は間に合った。

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山里である遠野の気候は難しく、桜の開花も5月中旬頃までずれ込むことがある。何度かこの時期の遠野を訪れているが、満開の桜に巡り会えたのは、初めての遠野旅行以来だ。

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街の入り口を守る大きな伊勢両宮神社の本殿は、西日を浴びてもの言わず佇んでいる。その傍らに立つ小さな松尾神社の屋根を包み込むような桜も今、燃えるような日差しを受けて淡い紅色に輝いている。

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初めての旅の思い出に、6年振りに巡り会えた気がする。あの日は遠野のことなど1ミリも知らず、当て所無く遠野を彷徨い歩き、疲れ果てて街に戻って来たときにたまたま通り掛かったのが、日没前の伊勢両宮神社だった。

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俺の遠野との縁は、間違いなくあの日から始まったわけだが、この6年間で一度とて同じ風景に出会えたことは無い。それを理解していながら、それでも俺はあの日と同じ懐かしい風景に出会いたくて、遠野に足を運び続けるのかもしれない。

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昔の俺は遠野の何をも知らず、誰とも出会わず、孤独だった。あれから遠野のいろいろな土地へ行き、いろいろな人に出会い、あの出来事があって、それでも立ち上がって前を向き、実に多くのことを経験して来た。俺も遠野も絶えず変わって行く。そうして辿り着いた伊勢両宮神社は、この上ない御褒美を俺に与えてくれた。

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このまま時間が止まれば良いのに、とさえ思った。

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やがて境内は暗い影に覆われ、街を吹く風は冷たくなって来た。

時間は立ち止まってはくれない。常に前へ進むのだ――。