だいぶ重湍渓に長居をしてしまった。
まだ昼ごはんすら食べていない。此処から先は、取り敢えず一直線に街へ帰ろう。
神遣峠まで引き返しても良いのだが、このまま猿ヶ石川沿いに進んでも下附馬牛に合流できるようなので、道なりに進んでみる。
道はアップダウンが続くものの、神遣峠よりは遥かに楽。
途中所々に地図が出ているのが有り難い。感覚で先へ進んでいては確実に道に迷う。
やがて突然視界が開け、民家が立ち並ぶ集落に出た。此処は俺が知らない場所だ。
丁度畑に命が芽吹き始めた、美しい山里の風景。
こんな街がまだ遠野にあっただなんて。
知らない街の知らない道を初めて歩く興奮は、今この瞬間しか味わえない。
やがて家の数が多くなってきて、何処かで見たような道に出くわした。
確かに俺は此処を知っている。
初めて早池峰神社へ向かう前日の夕暮れ、気の向くままに附馬牛を彷徨ったときに通った道だ。
最後は懐かしい場所に辿り着けたことで、心の底から安心する。
先が見えない刺激的な冒険心と、見知った土地に優しく包まれる安堵感、相反するふたつの感情に満たされたくて、俺は寄り道を続けるのかもしれない。
間も無く遠野の日が暮れる。目の前に延びる一本の道は、暖かい場所への帰り道。
しかしまだ昼ごはんにありついていないという現実は変わらないので、その前に何処かで腹を満たしたい。ふるさと村の食堂はもう店仕舞いしている筈だから、福泉寺のはやちね食堂あたり、営業していたら良いな……。