又一の滝から引き返した後は30分程で山を下り、大野平から大出、小出へと戻って来た。
そこから神遣峠へは向かわず、小出橋を渡って次の目的地へ向かう。
附馬牛のメインストリートからも外れ、人っ子ひとり通らない寂しい道の途中にその場所はあった。
源流に近く、市街地とは違う荒々しい表情を見せる猿ヶ石川の上流にあって、神様が気紛れに作り出した奇跡のような光景が目の前に広がっていた。
このあたりの川底は大きな花崗岩の一枚岩だが、それが時間をかけてなだらかに水流に侵食され、畳を対岸まで何枚も重ねたような風景を生み出している。
滑らかな水流に見えるこのあたりでも、岩の隙間をよく見てみると……。
小さな滝が。
ライオンか何かの子供がひとりで頑張って吼えているようで可愛い。
重湍渓は穏やかな水流、滑らかでそれ程深くない川底といった好条件が揃っており、夏になると小出の子供たちが水泳を楽しみに集まって来るそうだ。
平らな岩を対岸まで渡って行くことも出来るので、子供たちにとっては全てが格好の遊び場と化す。
そう、子供はそうやって遊びの中で地球からいろいろなものを感じるべきなのだ。
ゲームや読書は家に帰ってからでも出来る。しかし今日が終われば、決して同じ光景に出会うことは出来ないのだ。
また、重湍渓は秋には見事な紅葉が拝めるスポットとしても人気がある。
遠野の奥地なので其処まで多くの人が詰め掛けるわけでもなく、本当にゆっくり紅葉を楽しみたい人には打って付けの場所ではなかろうか。
心が洗われるような水の流れを追い、川岸の岩場を歩いて滝に近付いてみる。
先程から見えていたこの滝が重湍渓の端で、此処から上流はまたごつごつとした岩が連なる、山の川の光景が続いている。
この美しい風景も、絶えず川の流れによって変わっていき、もしかしたら何年か後にはまた全く違う景色が広がっているかもしれない。
今日の重湍渓にはもう二度と出会えない。その代わり、明日は明日の重湍渓が迎えてくれる。
移ろう時間の流れをこの場所で過ごした子供たちは、大人になっても大切な何かを心に持っていてくれることだろう。
ちなみに重湍渓は、釜石線の全線開通を記念して一般公募した「釜石線沿線八景」のひとつに選ばれているらしい。でも他の7ヶ所は、調べてみても全然わからないんだけど……。