遠野放浪記 2012.12.30.-10 そして遠野の年が暮れる | 真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

俺は2年前の9月以来、実に久し振りに寿司しゅん平に足を運んだ。

茅ヶ崎のローカルトークで盛り上がり、2年前の冬は体調不良により会うことが出来なかった大将は元気にしているだろうか。


真・遠野物語2-1


店の様子は、以前の大将健在時と変わっていなかった。凄く久し振りなのに、ついこの間立ち寄ったばかりのような懐かしい感覚に襲われる。

大将は元気にカウンターに立っていた。久し振りなので一瞬、俺のことを思い出そうとしている感じだったが、俺が「茅ヶ崎の……」と言うとすぐに思い出してくれた。


俺は上にぎりを発注し、ゆっくりつまみながら大将との他愛無い話に花を咲かせた。

真・遠野物語2-2


俺はまず、2年前に大将が倒れたことを聞いて心配していたと伝えたのだが、腰を痛めてその手術をしていただけとのことだった。勿論それも当人からすれば大変なことなのだが、何か重い病気などではなくて安心した。

それから互いの近況などを伝え合い、俺が遠野にも事業所がある会社に入って何とか頑張っていることを話すと、自分のことのように喜び、応援してくれた。飾り気はないがそのぶん重く響く大将のひと言ひと言を聞くにつけ、久し振りに彼に会うことが出来て良かったと感じた。

これでまたひとつ、遠野への小さな望みが叶った。


楽しい時間はあっという間に過ぎていく。ふたりとも当然、ずっと喋り続けているわけではなく、その中でふと互いの間に沈黙が訪れる時間がある。その間がやけに心地良いと感じるあたり、俺も少しは人付き合いにおいて大人になれているということなのだろうか。

寿司を平らげのんびり過ごしていると、いつの間にか閉店の時間。当初は歩いて光興寺まで帰ろうと思っていたが、外を見るとまた雨足が強くなっていた。高清水山に挑んで体力も底を尽きかけているし、無理せず大将にタクシーを呼んで貰おう……。


10分ほどでタクシーは到着し――運転手は大将の顔見知りらしい――俺は大将にまた近いうちに伺うことを約束して店を後にした。

到着までの間、タクシーの運転手とも少し雑談を交わしたのだが、やはり彼もこの雨をはっきりおかしいと感じており、あの出来事以来少しずつ自然が狂っていっているような気がする、と警戒していた。自然の出来事に対して人間が出来ることはそう多くないが、この美しい遠野を変わらない姿で守り続けるために、我々が出来ることは何か……数分間の会話だったが、考えることは山のようにあった。



タクシーは特にトラブルもなく、光興寺に到着。またいつか会えたら良いですね、と別れの挨拶を交わし、タクシーは街へ帰って行った。


くら乃屋さん夫妻は既に眠っているようだった。俺も山にいる間はアドレナリン出まくりで幾らでも歩けるという感じだったが、里山とはいえ雪深い中を数時間歩き続けて疲れないわけがない。部屋に入って横になると、すぐに深い眠りに堕ちてしまった。

終わる一日に思いを馳せる余裕すら残っていなかったが、これが2012年、遠野で過ごす最後の夜の一部始終であった。