まだ18時過ぎだというのに、すっかり暗くなってしまった遠野市街。俺は大工町の踏切を渡り、下早瀬橋を渡ってバイパスへ出る。
橋の上から彼方に見えるのは、上早瀬橋付近――遠野市街地で最も賑やかな場所だ。
目の前にありながら別世界のような光を見遣りつつ、俺は遠野の街外れへと急ぐ。闇に浮かぶ早瀬川は、初めて遠野を訪れたあの日のように、暗黒の口を開いて俺を出迎えていた。
バイパスを横切って松崎町の路地へと入ると、ただでさえ少ない街灯が益々貴重な存在となる。
今回俺が身を寄せることにしているくら乃屋さんは、松崎町は光興寺に居を構えている。
バイパスから諏訪神社、清心尼公の碑といった名所を過ぎると、まさに漆黒の闇が支配する松崎町のメインストリートへ差し掛かる。
広大な田園地帯を挟み、彼方に見えるバイパスの光は遠い世界だ。
あの光に伸ばす手が届きそうで届かない、遠野という街が内包する多面性とノスタルジイがこの道にはある気がした。
諏訪神社から松崎観音へと至るこの道は松崎町の目抜き通りであるが、誇張抜きに街灯などひとつもない。ただでさえ駅から遠く、雪も降り積もるこの道で頼りになるのは己の目のみである。
正直なところ、今回はパティを連れてくるべきだったと少し後悔しつつあった。
ただ、やはり久し振りに歩く松崎町は真っ暗闇の中でも楽しいものである。初めて訪れたのは大学4年次の夏だったか……。思い出はどれだけの時間が経っても色褪せることがない。
くら乃屋さんからは「遠野駅まで迎えに行こうか?」と打診していただいていたのだが、自らの脚で過去の足跡を辿ってみたくもあり、御厚意に対して申し訳ないとは思いつつも敢えて出迎えをお断わりし敢行した強行軍は、俺の記憶を幾度となく擽った。
暗闇に浮かぶ道こそが、このときの俺にとっては開くべき明日への扉だった。
雪の上に一歩一歩足跡を残し、やがて道は阿曽沼公の碑に差し掛かった。
ここから村兵稲荷に上る坂道がラストスパートとなるのだが……コレが徒歩でくら乃屋さんを訪れる宿泊客にとっては最後の関門となるのである。


