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T-1コンディショニング院長のブログ

日吉にある鍼灸整体マッサージ治療院 T-1コンディショニング院長のひとりごとブログです。


昨日の朝

歩くとなんとなく左足首が痛いなー

と思っていました。


左足首は

3ヶ月くらい前に捻挫していましたが

痛みはかなり前におさまってたんです。


ただ

痛みを感じたのはその時だけで

その後は何もなく一日を終えました。


ところが家に帰ると

娘が幼稚園で左足を捻挫したそうで

少し腫れてました。


こういうことって

あると思うんですよね。


ほとんどは

関連づけせずに終わると思うので

あまり意識しませんが。


伝染するのは

病気だけじゃないんですよね。

怪我も伝染することがあると思います。


正確にいえば

怪我をするような心理状態は

近くの人に伝染するように感じます。


それが

同じ部位の痛みかどうかは別として。


というより

「我」を「怪しむ」と書いて怪我。

我を怪しんでいる時点で

「氣」は「病んで」ます。


だから結局

怪我が伝染するというよりも

病気が伝染してるってことなんでしようね。


逆にいい状態が伝染することも

あると思いますし。


今回のパターンはおそらく

僕の状態がよくなかったかなー?


親の在り方

氣をつけなくては

と思いました。





息を吐いて吸う。


この単純な行為を

意識して追っていくだけで

多くのことに気づきます。


私たちはいかに普段

雑に呼吸をしているのか。


吐いて吸うことを

初めから最後まで意識して

丁寧に行ってみる。


それだけ。


本当はそれだけでいいのに

私たちはそれ以外のことに

気をとられすぎなのかもしれません。


丁寧に最後まで吐き

丁寧に最初から吸う。


それだけできっと

ものすごくいろいろな問題が

解決しますよ。





直感的に「ここかな?」

と思ったところへのアプローチで

改善する方が増えてきました。


症状が改善し

動作や姿勢の問題も変わるので

施術としてはオッケーなんですが


なぜそこで変わったのか?

理論づけしておくことが

人を見させていただく上では

必要だと感じております。





友人のKくんから

北海道土産をいただきました。

{CBC0CE60-21C8-430C-81CC-7DFC3A05AB7F}

夕張メロンゼリー!


スゴイこれ

本当にメロン食べてるみたいな味です!


Kくん

いつもありがとう!

ご馳走さまでした!





身体の中に主役をつくらず

主張する部位をつくらず動く

動きとはパーツではなく全身で行うもの。


全体があっての部分。


これは自分の中だけのものでは

なさそうです。


自分と自分以外

すべて含めて全体。


自分があるから

自分の外も存在し

自分以外があるから

自分の中も存在する。


すべて含めて全体と捉える

自分と自分以外をひとつにする感覚。


それは大事なんだけど

それだけだとなんかふわふわして

地に足が着かないので

やはり自分は自分で大事。


要はどちらかに偏らないこと。

個と全体

バランスをとる

中庸でいる

ってことですね。





最近上の娘(6歳)が

トランプのババ抜きを覚え


この年末年始も

お互いの実家で盛り上がりました。


だけどどうもウチの娘は

勝ち負けへのこだわりが強く

勝ったときは相手をこき下ろすほど喜び

負けたときは泣きだすという

最悪なメンタリズムの持ち主です 笑


「勝ち負けはもちろん大事だけど

ババ抜きというゲームを

みんなで遊べたことを

もっと楽しんだ方がいいよ」


と娘に話していたら…


待てよ

これはもしかして

自分に向けられてるメッセージ?

と感じました。


私も人生において

つい勝ち負けに

こだわってしまうところがあります。


白黒はっきりつけるとか

優劣をつけるとか

ジャッジしてしまうんですよね。


勝ちだと認識したときは

確かに嬉しさはあります。

だけど後々

それが幸せかというと

そうではなかったりします。


むしろ虚しかったり。


それよりもまず

そういった勝負ができること

もっと言えば

そういった存在であることに

幸せを感じた方がいいのかな

と。


その上で

勝ち負けもあるかもしれないけど

それって実はどうでもいいこと

なのかな

と。


そんなことを

娘に教えてもらった正月でした。




http://toyokeizai.net/articles/photo/202761?pn=1



結局は


シューズの機能を活かすも殺すも


履く人次第だと思います。



あくまでも


走りがあってのシューズなわけで


モノが走らせてくれる


わけではありませんから。






あけましておめでとうございます。


2018年がスタートしました。

皆さま方にとって

輝ける一年になりますように!


私は恒例の朝ランからスタート

{8C53DD36-89A6-4E71-BEE1-7A3AAED32A9B}

初日の出が拝めました。

{113E0DE5-1E58-420E-8922-E35B2873862B}

富士山も綺麗でした。


最近走るのサボってたので

キツかったけど

スッキリしましたしん


本年もよろしくお願いいたします!





2017年も終わろうとしています。


今年もいろいろなことがありました。

楽しいことや嬉しいことばかりでは

決してありませんでしたが

それらすべてが糧になり

結果良い一年が過ごせました。


これもひとえに

私という存在に関わってくださった

すべての方のおかげです。

本当にありがとうございました!


この一年は

なんとなく世の中が

変化していることを感じました。


具体的に何が変化したのか

説明はできませんが

この変化はまだ続くように思います。


来年も気を緩めず

変化の波を楽しみたいと思います。


皆さま方にとりましても

新しい年が健康で

ますます幸福な一年になりますことを

心より祈念いたしております。


一年間ありがとうございました。

また来年も

どうぞよろしくお願いいたします。


2017年12月31日

田口裕之





良くしてやろう

とか

変えてやろう

とか思っていると

人は変えられない。


最近痛感しています。


人を変えたければ

まず自分の立ち位置

自分のあり方を見つめなければ。


これは別に

自分のことで精一杯とか

自己中とかではなくて


自分と相手

自分と自分以外を区別しないこと。


これをワンネスというのか

わかりませんが

すべてがひとつになってはじめて

お互いが影響し合えるようです。


息を合わせるって

こういうことなのかもしれません。


呼吸は

感覚的な世界と

物質的な世界とを

結んでくれてる気がします。


なぜ呼吸が自律神経に支配されながら

自分でコントロールもできるのか?


単なる生命維持のためだけ

ではないんじゃないかな?


昔の人は

なぜ「自分」の「心」と書いて

「息」という文字をつくったのか。


きっとそんなようなことに

気づいていたんだと思います。