習慣化コンサルタントの古川です。
「天職を探求すること」
これは、非常に難問であり、
困難な旅でもありますが、ロマンがある冒険。
これは、私が、
習慣化の学校で天職のコーチングをしていて
いつも思うことです。
天職を探求することは、
ロマンがある旅だから、その途中で一緒にもがき、
試行錯誤するプロセスも楽しめます。
さて、
天職とは何だろうか?
私なりの定義はこれです。
天職とは魂が震える活動であり、
それは「自分自身が何者である」か、
「誰に貢献したいかという使命」を表現するものである。
今日はこの事について
書きたいと思います。
先日、ある人に「天職」についてこのようなコメントをいただきました。
結局、天職って何か分からないものですよね。
歌舞伎の市川海老蔵さんも子供の頃は歌舞伎が嫌だったけど
大人になって使命感を持ってやっている。
意図して天職は見つかるというより、組織から振られる仕事やタイミング
に左右されるのではないでしょうか?
確かに、1つ素晴らしい見解だと思います。
同じ仕事でも、以前は「嫌」だったものが
実は天職だったということは確かにあります。
また、天職については
偶然の出会いという側面は絶対に無視できません。
天職そのものは、大きな計らいを超えた力が
その人に与えてくれるものという不思議な側面もありますね。
しかし、それでも
今の仕事・人間関係が嫌で
自分の心からやりたいことを仕事にして
生きがい・やりがいを追求したい!
という人の心の叫びを
私は今すぐに何とかしてあげたい
と思います。
なぜならば、
タイミングと不思議な力だけを
言われても結局、状況はいつ変わるのか?
と思っているうちにどんどんその人自身が苦しみに
ハマっていくからです。
さて、ここで誤解を受けるのは、
好きな仕事=楽な仕事
と思われることです。
シンドイ仕事の中から、
自分が見つかったり、成長が生まれるのだから、
好きな仕事とか言っている奴はダメだ!
という意見。
天職は、好きなことを仕事にすることという
定義をすると必ず上記のような反論が生まれ、
何か本質を外してしまいます。
私は今やっていることは、
天職だと思っていますが、
好きな仕事ですが、シンドイ側面はたくさんあります。
執筆をすると、
当然膨大なエネルギーがかかります。書いているプロセスが
100%快感で満たされるかというと、そうではなく
唸りながら、辟易となる膨大な文字チェックに途方も無い気持ちになることも
多々あります。
それでも、自分の魂でチェックして、1文字ずつ赤字を入れて直していきます。
そうやって生み出した本が貢献していくと
心の底からやってくる「充足感」が表面的なシンドさなんて
全部消えて無くなります。
それは、
一時的な気持ち的なシンドさと
魂のレベルで感じる快感とでは
心に与えるインパクトが違うからです。
私が「人生が変わったという感動を共に味わう」
という使命、習慣化の専門家というアイデンティティから
書く本は、深い魂のレベルで心が喜んでくれます。
本を書き、
1年間の学校をやり、
企業で講演や研修を行い、
サービスも多岐に渡ります。
しかし、全ての根源は、
私自身が何者で、何に貢献するのか?
という次元では根は同じ。
このアイデンティティと貢献軸から
行う活動こそ、天職だと私は考えています。
この次元には、
もはや、好きな仕事、嫌いな仕事
という浅いレベルの基準はなく、
魂が震える仕事と魂が拒絶する仕事が
あるだけです。
単に全ての活動を
魂が震える仕事で満たしていく、
その基準だけで選んでいくことこそ、
天職と言えるのではないかと思っています。
市川海老蔵さんが
同じ歌舞伎の活動の中に天職を見出しているのは、
自分が何者であるか、歌舞伎を通じて貢献したい軸が
ハッキリしたからこそ、同じ仕事が天職になったのだと私は解釈しています。
では、どうすれば天職は見つかるのか?
こそ最大のミステリーですよね。
これは、そろそろ公開を予定している
「習慣化の学校無料WEB教室」でもお話していきます。