「ノビノビ野球をさせてやりましょう」
「子供を叱ってはいけません」
今、私の目の前の書棚にあるだけで15冊ほどの少年野球の指導本がありますが、
どれもこれも
「怒鳴れば子供は萎縮します」
「野球が嫌いになってしまいます」
いつからでしょうか?
少年野球がおかしくなってきたのは。
ゆとり教育のころからだと思いますが・・・
私にはある思い出があります。
中学校1年生になった私は迷わず中学生チームに入りました。
メンバーは100人以上いました。
野球は相当強かったですね。
1年生などボールも握らせてもらえません。
毎日毎日シゴキの連続で夏には1年生メンバーは三分の一にまで減りました。
そのころには、上手で体も大きくて目立つ1年生が3名ほどシートノックに加わらせてもらい上級生の守備練習に参加していましたが、私はそれを横目にいつも「ケっ」と思っていました。
自分では1年生どころか全学年の中で一番上手いのは「この俺」だと思っていましたから(笑)。
そのころの私は背が低く、クラスでも前から2番目。
自分の技術を見せるにも誰も注目してくれず、その機会がないわけです。
ある日の練習で、レギュラーノックに1年生がランナーで走ることになりました。
それまでシゴキか球拾いばかりだったので初めて自分をアピールできるチャンスです。
当時の私は守備と走塁にかけては絶対的な自信があったので、もう走る前から顔がニヤけてニヤけてそれを隠すのに必死でした(笑)。
設定はランナー2塁からレフト前ヒットで本塁突入です。
しばらくして自分の番がきました。嬉しくて嬉しくてルンルン気分です。
最高のスタートを切って3塁を回り、加速を増して本塁突入の華麗なスライディング!
のはずが・・・、足がもつれヘロヘロでの滑り込み・・・、
あちゃあっと思った瞬間、周りの上級生から
「なにやっとんじゃい!この1年が!」
「足からなんか10年早いんじゃボケ!グランド10週走ってこい!」
そうです。
当時は1年生は足からのスライディングなど一切やらせてもらえませんでした。
すべてヘッドスライディングです。
浮かれすぎた私はすっかりそれを忘れていました。
「あつかましい1年やのう」
「こいつなんちゅう名前や?」
など罵詈雑言の嵐でしたが、そんなもの学童で散々泣いてきましたから屁でもありません。
それでもやはり、ガッガリはしながら、罰のランニングに行こうとすると、
「もう一回やれ」
監督の一言。
「はい!ありがとうございます!」
まわりがびっくりするほどの大声で返事をした私は全力疾走で2塁ベースへ向かいました。
監督が打ったノックの打球はレフトへ・・・
私は無我夢中でホームへ突入します。
3塁を回った私は・・・
キャッチャーのかまえを確認して、
キャッチャーの足の向きと位置、
キャッチャーのミットの動き、
キャッチャーの目の動きを見て
その目から一番遠いホームベースへ腹で氷の上を滑るが如く・・・
砂塵を巻き上げておもいきり本塁へ頭から突っ込みました。
アウトかセーフかは忘れましたが、さっき一番ボロカスに言っていた3年生のキャプテンが大声で「ナイススラ!」と言ってくれました。
他の先輩たちも口々に
「ナイススラ!」「こいつなんでこんなに上手いねん!」
すべて学童で習ったことです。
だから私にすれば簡単なことでした。
同じ学童チームの奴も1年生に二人いましたが彼らも当然簡単にできたはずです。
監督が
「お前、今度代走でつこたるからな」
「はい!」
うれしかったなあ。
さっきのキャプテンがその時監督に言ってくれました。
「こいつ、ちっこいけど1年生で一番挨拶がええんですよ」
「うん、知っとる。お前学童はどこのチームにおったんや?ええチームみたいやなあ」
でも・・・
私は学童の時の監督が大嫌いでした(笑)。
偉そうにいつも怒ってばっかり、怒鳴ってばっかり。
口癖は
「死ねボケ!」「野球やめカス!」「帰れダボ!」「明日から来るなヘタコ!」
これを大声で怒鳴り散らします。
で、挨拶挨拶、返事返事・・・
やれ整列が遅いだの歪んでるだの手が伸びてないだの・・・
練習も単調なことばかり、同じことばかり。
今では考えられませんがよく殴られもしました。
ですから監督の休みのときはとても嬉しかった記憶があります。
優しいいコーチばかり(監督に比べれば)でうるさいことも言われません(笑)。
でも考えてみれば、そのおかげでグランド整備や道具の準備、先輩へのお茶出しなどは誰よりも速くこなしました。
中学の監督は「そんなんができん奴はグランドでも何もできん」と。
以来、私を重宝してくれるようになりました。
その時に私のスライディングが上手くいったのも学童で徹底的に厳しく教えられたからです。
ですから当時は何回やっても同じことができましたし、守備にしてもエラーなんかほとんどありませんでした。
だってエラーをしなくなるまで練習しましたから。
怒鳴られて泣きながら(笑)。
だから卒団してからですね、学童監督の指導方針を理解し、それに心から感謝したのは。
在団中はただ「大嫌いな、怒鳴ってばかりのうっとおしいおっさん」だけでしたから(笑)。
その教えは、中学だけでなく、その後いろんなところで本当に役立ちました。
もう鬼籍に入られたその「大嫌いな学童監督」に今は絶対的な信頼を置いています。
以来、私は断固怒号系です。