学童のバッティング練習。

恐らく大概のチームがバッティング投手を大人がつとめていると思います。


ここで一考したいと思います。

よく言われることですが大人が打撃投手を勤めるのには弊害がありますね。

元巨人のコーチで少年野球指導法の著書もある江藤省三さんは


「小学生のピッチャーと違いすぎて練習にならない」


とまで言い切ります。


では何が違うのでしょうか?

簡単なことですね。

背の高さが違うからボールの角度が違うということです。











これではレベルスイングが非常にやりにくいですね。

ボールを線で捉えることができず点になってしまい空振りするケースが多くなり、初めから視線が上を向いていますからどうしてもヘッドアップになりがちでもあります。


学童指導者なら誰でもこのことは気がついておられると思います。

では、それでも何故大人が打撃投手をするのかといえば子供に投げさせれば中々ストライクが入りませんし、それによって練習時間にロスが生じるからでしょう。

対応策として膝をついて投げる・・・

でもこれは投げる方が大変です。

私なら5球も投げればギブアップです(笑)。


私は元々、学童野球は守備走塁8割の打撃が2割という考えですが、そもそも素振りが満足にできない状態から投手が投げた球を打つバッティング練習は必要だとは思いませんし、反って打撃フォームの確立へ悪影響さえあると考えています。


兎にか角、素振りに重点を置き、

まず徹底した打撃フォームのチェック、

そしてそれに及第点を取った選手だけを打撃練習のバッターボックスに立たせる、それでいいと思います。


最近の少年野球はどうも素振りを軽視する傾向にあるようですが私はそれに異議を唱えます。

打撃は守備練習とは違い、何はともあれ反復練習・・・というわけにはいきません。

「打撃」だけは土日の練習だけではどうにもならんのです。

常日頃、素振りをしてくれていないと練習日の打撃練習は無駄となります。




そしてバッティング投手はひょっとして子供でいいかもしれません。

投手は投手で良い練習になりますし。

時間のロスが問題なら一人1打席だけでもいいでしょう。

そしてバントはバント、打撃は打撃と明確に色分けするのが良いでしょうね。

一緒くたにするとバントは打撃前のおまけ的感覚で臨んでしまう子供もいるでしょうから。





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若い人はあまり知らないでしょうが…



ドラマ『最後のストライク』のモデル

津田恒美。

広島カープの守護神。愛称、ツネゴン。

そのストレートでファールした原辰徳の左手を折った男…

常に強気一辺倒のピッチングで剛速球を投げ込む。
しかし、本当は高校時代から極度なメンタルの弱さも持った選手でした。
『弱気は最大の敵』『一球入魂』と書き込んだボールを常に携帯し、その気の弱さを奮い立たせて自分の心の内とは正反対の投球を貫き通し、その弱い部分を立派に克服した投手でした。


1993年7月20日、

華やかにオールスター戦が開催されていた日

32歳の若さでこの世を去りました。




『炎のストッパー1』



『炎のストッパー2』



『炎のストッパー3』



『炎のストッパー4』



『炎のストッパー5』



『炎のストッパー6』





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95年日本シリーズ ヤクルトVSオリックス
オリックスの3連敗で迎えた第4戦。


以前にも取り上げた『小林宏の14球』。



↓3月21日の記事
小林の14球



瞬間視聴率、脅威の55.9%…

やっと動画を見つけました。



凄いです。

これぞ野球です。

この年はあの阪神大震災がありました。

『がんばろうKOBE』


「小林宏の14球、
      そしてそれはおそらく被災地神戸の14球だった」


森本レオのナレーションが光ります。












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6日に行われた、シニアBチーム・公式戦のおさらいです。

ポイントはいろいろありましたがここで挙げるのは以下の3つ。



真裕、2塁からのホーム突入アウト。


前回、智也が同じ失敗をしています。

積極性は買い。判断ミスは課題。

ではどのタイミングだとセーフになるのか?

練習しましょう。



優佑、レフトフライの落球。


打球に追いついたうえでの後逸。

捕球ポイントに入れたのは買い。後逸は課題。

原因はメンタル面。

練習しましょう。



有心、最終回2死満塁からの牽制死。


一塁ランナーのとき、捕手からの牽制死でした。

これは完全な状況判断ミス。

同点や1,2点差であればキャッチャーは絶対に牽制しません。

満塁ですから牽制した時点で1点は覚悟のはずです。

点差が大きかったから牽制したわけです。

何も考えず調子に乗ってアホみたいなリードをするからです。

で、何故挟まれなかったのか?

もうダメなら2塁へ向かって走るくらいできたでしょうに。

君はずっとグランド走ってなさい。

 




それとシニアBチーム諸君

担当外ですからあまり口出しはしない方が良いのかも知れませんが・・・


Bチームで試合に勝とうなんて目標に置かないことです。

あなたがたが今目指すのはシニアAのレギュラーのはず。

『Bチームの練習』などする必要はまったくありません。

総監督の親心を勘違いしないように。



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「ノビノビ野球をさせてやりましょう」

「子供を叱ってはいけません」




今、私の目の前の書棚にあるだけで15冊ほどの少年野球の指導本がありますが、

どれもこれも


「怒鳴れば子供は萎縮します」

「野球が嫌いになってしまいます」


いつからでしょうか?

少年野球がおかしくなってきたのは。

ゆとり教育のころからだと思いますが・・・





私にはある思い出があります。



中学校1年生になった私は迷わず中学生チームに入りました。

メンバーは100人以上いました。

野球は相当強かったですね。


1年生などボールも握らせてもらえません。

毎日毎日シゴキの連続で夏には1年生メンバーは三分の一にまで減りました。

そのころには、上手で体も大きくて目立つ1年生が3名ほどシートノックに加わらせてもらい上級生の守備練習に参加していましたが、私はそれを横目にいつも「ケっ」と思っていました。

自分では1年生どころか全学年の中で一番上手いのは「この俺」だと思っていましたから(笑)。


そのころの私は背が低く、クラスでも前から2番目。

自分の技術を見せるにも誰も注目してくれず、その機会がないわけです。

ある日の練習で、レギュラーノックに1年生がランナーで走ることになりました。

それまでシゴキか球拾いばかりだったので初めて自分をアピールできるチャンスです。

当時の私は守備と走塁にかけては絶対的な自信があったので、もう走る前から顔がニヤけてニヤけてそれを隠すのに必死でした(笑)。


設定はランナー2塁からレフト前ヒットで本塁突入です。


しばらくして自分の番がきました。嬉しくて嬉しくてルンルン気分です。

最高のスタートを切って3塁を回り、加速を増して本塁突入の華麗なスライディング!  

のはずが・・・、足がもつれヘロヘロでの滑り込み・・・、

あちゃあっと思った瞬間、周りの上級生から


「なにやっとんじゃい!この1年が!」

「足からなんか10年早いんじゃボケ!グランド10週走ってこい!」


そうです。

当時は1年生は足からのスライディングなど一切やらせてもらえませんでした。

すべてヘッドスライディングです。

浮かれすぎた私はすっかりそれを忘れていました。


「あつかましい1年やのう」

「こいつなんちゅう名前や?」


など罵詈雑言の嵐でしたが、そんなもの学童で散々泣いてきましたから屁でもありません。

それでもやはり、ガッガリはしながら、罰のランニングに行こうとすると、


「もう一回やれ」

監督の一言。


「はい!ありがとうございます!」

まわりがびっくりするほどの大声で返事をした私は全力疾走で2塁ベースへ向かいました。


監督が打ったノックの打球はレフトへ・・・

私は無我夢中でホームへ突入します。



3塁を回った私は・・・

キャッチャーのかまえを確認して、

キャッチャーの足の向きと位置、

キャッチャーのミットの動き、

キャッチャーの目の動きを見て

その目から一番遠いホームベースへ腹で氷の上を滑るが如く・・・

砂塵を巻き上げておもいきり本塁へ頭から突っ込みました。



アウトかセーフかは忘れましたが、さっき一番ボロカスに言っていた3年生のキャプテンが大声で「ナイススラ!」と言ってくれました。

他の先輩たちも口々に

「ナイススラ!」「こいつなんでこんなに上手いねん!」



すべて学童で習ったことです。

だから私にすれば簡単なことでした。

同じ学童チームの奴も1年生に二人いましたが彼らも当然簡単にできたはずです。


監督が

「お前、今度代走でつこたるからな」

「はい!」


うれしかったなあ。



さっきのキャプテンがその時監督に言ってくれました。

「こいつ、ちっこいけど1年生で一番挨拶がええんですよ」

「うん、知っとる。お前学童はどこのチームにおったんや?ええチームみたいやなあ」



でも・・・


私は学童の時の監督が大嫌いでした(笑)。

偉そうにいつも怒ってばっかり、怒鳴ってばっかり。

口癖は

「死ねボケ!」「野球やめカス!」「帰れダボ!」「明日から来るなヘタコ!」

これを大声で怒鳴り散らします。


で、挨拶挨拶、返事返事・・・

やれ整列が遅いだの歪んでるだの手が伸びてないだの・・・

練習も単調なことばかり、同じことばかり。

今では考えられませんがよく殴られもしました。

ですから監督の休みのときはとても嬉しかった記憶があります。

優しいいコーチばかり(監督に比べれば)でうるさいことも言われません(笑)。


でも考えてみれば、そのおかげでグランド整備や道具の準備、先輩へのお茶出しなどは誰よりも速くこなしました。

中学の監督は「そんなんができん奴はグランドでも何もできん」と。

以来、私を重宝してくれるようになりました。


その時に私のスライディングが上手くいったのも学童で徹底的に厳しく教えられたからです。

ですから当時は何回やっても同じことができましたし、守備にしてもエラーなんかほとんどありませんでした。

だってエラーをしなくなるまで練習しましたから。

怒鳴られて泣きながら(笑)。


だから卒団してからですね、学童監督の指導方針を理解し、それに心から感謝したのは。

在団中はただ「大嫌いな、怒鳴ってばかりのうっとおしいおっさん」だけでしたから(笑)。




その教えは、中学だけでなく、その後いろんなところで本当に役立ちました。

もう鬼籍に入られたその「大嫌いな学童監督」に今は絶対的な信頼を置いています。




以来、私は断固怒号系です。







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