この度、知人から6年ものノートパソコンを譲り受けました。
CPUは第8世代なのでWindows11にも正式に対応しているという品物で、内部が壊れなければあと数年は使えそうな良品です。
しかし久しぶりにパソコンを私用で触ってみると、何をしていいのか全然わからない!普段スマホでやっていることをやろうとするだけでも一苦労。
YouTubeを見ながらSNSサイトを閲覧するという、たったこれだけの事も、自分の狙ってる通りにしたいと思うとなんだかんだ時間かかってびっくりしました。
ピクチャーインピクチャのやり方とか、探さないと分からないっていう。結局、YouTubeはテレビで見たほうが目に良さそうだなということで、YouTubemusicやxを見るくらいに留まりましたが。
lineはスマホで受けたほうが楽というか本来の役割を果たしている気がするので、パソコンには入れませんでした。
kindleもパソコン版を入れて使ってみましたが、目に優しいのは専用端末ですが資料として使ったり読書日記をつけると考えると十分に使いやすくて良かったです。
そして、タッチタイピング!これがもう駄目でした。
譲り受けたパソコンが小さめでキーバードの幅が狭いことを差し引いても、まともに打てていない!
なんだこれっていうくらい間違える。運指とかめちゃくちゃだし……。
ショートカットキーに至っては、ウインドウズキーとエスケープキーしか覚えてなかった(笑)
とりあえず、音量の上げ下げとコピー&ペーストのショートカットだけは覚えなおしました。
30代、オタク丸出しで創作活動やっていた頃の自分はもうどこにもいないって遠い目をしてしまいましたね。
今、この記事はもちろんパソコンで記入している訳ですが、打ち間違いがすごい(笑)
でもやっぱりパソコンの方が訂正も早いし、変換の候補も多くて機種依存文字とかの警告もわかりやすいですね。
手軽で、何も考えていなくても、ある程度以上のことを勝手にやってくれるスマホに慣れきってしまうと、自分で設定を探したり使いやすいようにカスタマイズしたりする事が面倒に感じてしまうものだなと実感しました。
同時に自分は何も分かっていないのに色んなアプリやサイトを使っていたのかも?と思うと、ちょっと怖くなってしまったり。
50歳を超えてまたパソコンを私用で触る機会が持てたのはラッキーと考えて、スマホ依存気味の自分を変えたいなあと思います。
SNSサイトとスマホの親和性って、完全に中毒になるように作られているなあってしみじみ思いました。
まずは、電子書籍の利便性を知るためにも読書日記を真面目につけることからかな。
アマプラで見た映画やドラマも、手軽に見れるようになった分、人と一緒に見ることがなくなったので、作品に関することを話すこともなくなりましたし感想を書いておくのは大事かもしれないなと改めて思ったり。
人間、一人では生きていけないってこういうことを指してるんですよね。
自分だけで完結してしまうのは、沢山の可能性を閉じてしまっている気がします。
とはいえ、恋人探すとかたとえ友達でも新しく関係を築くのは、というのはとても難しいし疲れることだとも分かっています。
変に張り切って事件を起こすような真似は避けたいですし。
自分はあんな間抜けなことにならないといえるのは、外から結果を見てるからであって、いざ当事者になってしまうと、必要以上の焦りを覚えて迷走してしまうのかもしれないですしね。
生きていくって、驚くほど気力体力を使うことばかりですよねえ。