1563th  正しさの理由 | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

地上の人間は、あまりにも不完全で未熟なので、何が正しいかは分かりません。

もちろん、霊的トレーニングを作法通りに行うことやトオゥライシェイに参加すること自体は正しいと言えるでしょう。

しかし、毎日、きちんと霊的トレーニングを行い、本部主催の霊的集会や支部集会に皆勤で参加したとしても、それを実践している人の考えや言動が正しいとは限りません。

例え、いろいろな形で霊的活動を熱心にやっていたとしても、その活動内容が正しいとか判断が正しいとは限らないのです。

霊的活動を一生懸命やり続けておられる方からすれば、なにも霊的活動をせず、トオゥライシェイにもほとんど参加せず、霊的トレーニングをまともにやっているのかやっていないのか分からないような方に対して、残念だという気持ちを超えて、「何をやっているんだ。守護霊や指導霊に方々は泣いているぞ。神霊との契約を軽んじているのか。」などという憤りを覚える方もいらっしゃるようです。

人間には感情があるので、憤りを感じること自体はしょうがいないことですが、一線を越えて、具体的にそのような方を批判したり、罵ったり、陰で悪口を言ったりすることは非常にまずいことだと思います。

人には自由意思があり、霊的活動をするかしないかなど完全に個人の自由の問題であり、霊的トレーニングを行わない自由さえ認められているのですから、そのようなことを批判する理由などどこにもないのです。

結果として、ご本人と守護霊や指導霊、あるいはキリストや神霊との関係がどうなるかは知りませんが、それはご本人の問題であり、他者がどうこう口出しする話ではありません。

まして、口出しをした熱心な水波霊魂学徒の方の考えや判断や言動は、しょせん肉の脳で考えていることなので、それ自体が正しいとは限らないのです。

そんなことを言われたらとてもじゃないけれども霊的活動など出来ないと仰る方がいらっしゃるでしょう。

そう感じられるのは当然のことですが、もし、本気で霊的活動をされたというのであれば、これまで何度も書いてきたように、普通の社会の普通の人間として、常識や礼儀をわきまえた上で、行動されれば良いだけだと申し上げることが出来ます。

要するに、自分が熱心に霊的活動をしているとか、奥伝だとか、霊的トレーニングをずっとまじめにやり続けているということと、人としての正しさや霊的修行者としての正しさがイコールにはならないという極めて当たり前のことを常に、常に、常に意識していれば、なんの問題も起きないと思います。

そして、失敗したら、反省して、改善していけば良いのです。

日本人と言うのは一般的kに失敗を許さない風潮がありますが、失敗するからこそ、次へのステップへ進めるのです。

失敗もしないで、次のステップへ進めるなどと言うことは何ごとにおいても絶対にあり得ません。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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