正確に言えば、今日の真夜中2時頃、仕事の関係でひょんなことから名古屋市の天白区内を車でうろうろしていました。
うろうろと言っても仕事の下見なのですが、最後に行った場所が野並でした。
その時、僕が生まれた緑区の鳴子団地は、車でほんの数分のところだと思ったら、懐かしくて行ってみたくなりました。
僕が生まれてから小学校三年生まで過ごした鳴子団地は非常に広いエリアに100棟以上の公団住宅が並ぶ高度成長期の産物なのですが、驚いたことにまだそれらの建物は全部残っていました。
と言っても築50年はゆうに過ぎているので、新規の入居はかなり前から行っていないようで、全体の2割にも満たない方しかおられないようで、半ば廃墟に近い状態になっていました。
僕が住んでいた66号棟の404号室には誰も住んでおられませんでした。
前にも書きましたが、幼稚園の頃ベッドに寝ながら、窓から見た野並の風景が今も忘れられません。
僕は幼稚園の頃の記憶は3、4個しかないのですが、一番強烈に残っているのが窓の外を見ながら、遠い遠い昔の記憶が蘇るようなそんな不思議な思い出です。
あの時、僕は確かに今ここで生きているけれども、今とは異なる人生もあり、その時も同じように暗闇のかなたにある光をずっと見ていたような気がしたのです。
それは夢でも想像でもなく、自分にしか分からない確かな実感でした。
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あの時、僕は間違いなく霊的な何かを感じていたような気がします。
オカルトとか霊能力とかそんなものではなく、今回の人生とは違う人生に対する独特の感覚です。
なんとなくですが、あの時に守護霊や指導霊の方々が、肉を持ってしまって忘れている霊魂の存在を信じるようになる布石を打って下さっていたような気がします。
苦しみから逃れたわけではなく、霊能力でもなく、ご利益を求めたわけでもなく、強い信仰心でもなく、ただ、本来知っていることを少し思い出したような不思議な感覚でした。
「生まれ変わったら偉大な宗教家に出会い、その活動のお手伝いをさせて下さい。」と願った過去世のことをふと思い出しました。
大切なことは唯ひとつ・・・・・。
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