880th  尼崎事件 | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

連日ワイドショーで取り上げられている事件ですが、次々と明らかになっていく内容には戦慄を隠せません。

被害者の方々の思いを考えると何とも表現出来ない気持ちになります。

霊的な視点で考えてもぞっとするような恐ろしい事件だろうと思ってもいます。

霊的なことについては僕には分かりようもありませんが、非常に心配していることがあります。

このような事件が世間を騒がせるようになると、加害者に対して異常なほどの憎悪を感じてしまう方がおられるからです。

被害者やそのご家族の思いはいかんともし難いと思いますが、自分自身とは全く関係がないにも関わらず、強い憎悪の感情を示す方が少なくないのです。

これは、恐らく、過去世の影響で、このような事件を知ることによって、大昔に親兄弟や子供を殺されたというような霊的カルマが浮き上がってしまう場合が少なくないと思うのです。

そうなると、何らかの抑え難い衝動が沸き起こって思わぬことをしてしまうこともあるでしょう。

また、それが加害者に対する憎悪となって念が飛ぶと、霊によって未熟な霊魂や邪霊に利用されかねません。

いろいろな意味でいやな事件だなあと思っていますが、恐らく、表に出ていない似たような事件はいっぱいあると思われます。

完全犯罪とは実は非常に単純なもので、殺人事件であれば、死体が発見されない、殺されたことすら分からないという状態が一番多いのです。

地上の価値観では、犯罪は立証されない限り犯罪ではないからです。


さて、今日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、水波霊魂学 早わかり わかりやすい霊魂学 霊魂通信(「霊魂イエス」「ムーの大神人」) 霊をさぐる 弁慶と弟子 体験ー死後の世界 などをご覧になって頂ければと存じます。


霊的に考えれば、殺人者が相手を殺す時に被害者から強い念を発せられていれば、幽体はかなり損傷するでしょうし、そのようなことをする方が他の方々からも恨まれていれば、まず間違いなく下の世界に行くことになるでしょう。

ところが、今の地上の状況を考えれば、殺人などいう恐ろしいことをしなくても、いくらでも人から恨まれますし、場合によっては呪われますし、自分自身も他者に憎悪の念を発することによって、邪霊とお友達になってしまう可能性があります。

地上の価値観において、まじめで誠実な人生を貫き通した方と多くの方々の命を奪った殺人者でその犯罪がばれていないような人が、死後は同じ世界に入ると言うことも珍しくないのです。

単に幽体の状態で入る世界が決まるからですが、地上の価値観で考えれば誰もが納得出来ないと考えるでしょう。

だからこそ、人は地上にいる間に、霊的な世界、特に幽質界のことをよく理解して、長い長いあの世での人生に対する対策を考えて、準備し、実行すべきなのです。

幽体を成長させ、霊的カルマが解消されていれば、そのような理不尽なことにはなりません。

全ての判断は自由意思ですが、いずれ考えればいいだろうと言っていられる状況ではないことだけは確かです。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。

霊魂学をより多くの方々に知って頂くために、是非一日一回のクリックでのご協力をお願い致します。

  

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ
にほんブログ村


yahoo

google