ある時、肉の脳と言うのは本当に霊的なことを分かってないなあと強く感じたことがあります。
以前、日常生活で身も心もボロボロ状態で、この先どうなることかと思っている時がありました。
僕は、健康診断的な意味合いで、定期的に霊的状態をチェックするために霊査を受けていましたので、その際にそのことも合わせてアドバイスをお願いしました。
こんな状態では、霊的にもボロボロなのではないかと予想していたのですが、結果は全く違っていました。
日常生活においては全く問題がないとのことだったのです。
霊的な状態も健全で、他者からの念も受けておらず、未熟な霊魂や邪霊の関与もなく、幽体も幽気も間気も特に問題がないとのことでした。
僕は、これほどのストレスを感じていても、霊的には全く関係ないのだろうかと一瞬思いましたが、。実は、恐らく自分が考えていたほど強いストレスにはなっていなかったのでしょう。
地上での生活での精神的なストレスが霊的な事実とどのような関係があるのか、僕は全く分かりませんが、少なくてもこの時には僕個人には影響はなかったようです。
いずれにしても、肉の脳が考えること、肉体の心が感じることは、霊的なこととは全く違うのだと改めて思い知らされたわけです。
そして、その後、僕の霊的修行者としての姿勢が変化すると、物質的な状況は全く変わっていないのに、少なくても精神的な問題については、いつしかほぼ解決してしまいました。
霊査の正確さを改めて思い知らされたわけです。
さて、本日のブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、わかりやすい霊魂学 、霊魂通信(「霊魂イエス」「ムーの大神人」) 、霊を知るために 、弁慶と弟子 などをご覧になって頂ければと存じます。
過去においても、核心をつかれたなあと思った霊査もあれば、ちょっとピンとこないなと感じた霊査もありました。
ところが、ピンとこなかった霊査も後になると、そのものズバリだったと強く感じるものばかりでした。
肉の脳の能力は本当に低いと思ってしまいます。
自分でも気がついていないということは、よくあることですが、これが霊的なこととなると余計にそう感じてしまうことがあるのかも知れません。
しかし、僕個人の経験では、例えそのような感覚を持ったとしても、後にはそのものズバリだったと思えることばかりでした。
もちろん、日々の霊的トレーニング の積み重ねによって、霊的な感性が磨かれれば、何となく分かるようになることも増えるのではないかと思います。
やはり、霊的なことは、世間で知られている霊能力によって見たり聞いたりするのではなく、己の霊的感性によって何となく感じたり、場合によっては確信したりする方が本当の意味で正確なのでしょう。
大切なことは唯ひとつ・・・・・。
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