水 | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

水。

それは、全てと言っても良いようです。

キリスト教でも聖水、ユダヤも洗礼は水、インドも聖水、もちろん、日本でも伊邪那岐命は水で汚れを清められました。

イエス師は、川に入り身を清められました。

これは、肉の体に入ったら、まずは水で清めよとの約束があるからです。

肉を着てしまえば、霊的達人であるイエス師ですら、水で清めないと精霊と交流が出来なかったようなのです。

肉の体に入れば水で清めよということは、人類が地上に降りた時からの新しい契約だったようです。


修行会員の方が運営されているサイトに禊とは何か? という記事があります。この箇所を読んで頂けるとよく分かると思うのですが、禊とは、霊的な汚れを落とし、己の高貴なるものを現す技法です。

そして、何よりも最初に水の禊なのです。


伊邪那岐命は肉の身体を持っておられません。

しかし、なぜ、水の禊をされなければならなかったのでしょうか。

どうやら、お手本をお見せになったようです。

霊魂が、人として地上に降りたら、まずは水で清めよ、初めに水ありきということを示されておられるようです。


さて、いつものようにこのブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐ始められる霊的トレーニング を実践して頂き、わかりやすい霊魂学 龍の正義 弁慶と弟子 霊魂イエス 契山館 が管理するサイトである霊を知るために などをご覧になって頂ければと存じます。


人が生まれてきた意味を知るには、最初に水を知らなければならないのでした。

そして、水の禊は、神伝禊法の初伝であるとともに、霊的修行者が地上でどれほどの段階を上っても、最も重要な霊的トレーニング の一つだと僕は思っています。

霊的修行者として、禊法や鎮魂法の段階が少し進むと、どんどん先に、先にと進みたくなる方がおられるようです。

恥ずかしながら、僕などは、入会した時点で、一日も早く奥伝まで行きたい、そこが本当のスタートだなどと、馬鹿げたことを考えていました。

今、奥伝まで出て思うことは、禊法も鎮魂法も、まずは初伝ありきです。

基礎ができていなければ、中伝、奥伝といった地上の人間には不必要とも思われるような高度な技法をこなすことなどできないと考えるからです。

特に、不出来な僕としては、とにかく、初伝のレベルを奥伝にふさわしいところまで引き上げなければ、奥伝などという気が遠くなるような高度な技法は、ほとんど効果が出ないのではないかとさえ思っています。


全ての基本は水。最初の約束は水。どこまでいっても水。

今こそ、人は水を知るべきでしょう。

想像できないようなカオス(混沌)が待ち受けていると思われるこの時代、この瞬間にこそ、あらゆる人に水を知ってもらいたいと思います。


人々が水を知ろうとしなければ、霊的カルマの清算のために、いつか誰もがわかる形で水が地上に示されることになるかも知れません。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。


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