【Wahoo!スポーツ】2つの祖国 | 欧州野球狂の詩

欧州野球狂の詩

日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪

【管理人注】

 この記事は、管理人自身の頭の中にあるものをそのまま文章にした、完全な創作です。急になんだか書きたくなったので、文章を書く練習も兼ねて、SLUGGERあたりで執筆している、スポーツライターになったつもりでやってみました。実在の人物や団体などとは、一切関係ありません。あらかじめご了承ください。以下のような設定や世界観を前提に、読んでいただければ幸いです。


・舞台は2041年のヨーロッパとトルコ

・オランダ・イタリア・サンマリノ・ドイツ・スペイン・イギリス・フランス・チェコ・スウェーデンの9か国32球団からなる、ヨーロッパトップリーグとしてのEUBL(European United Baseball League)が成立している

・トルコ代表は長らく活動そのものが下火になっていたが、この年のヨーロッパ選手権予選に久々に参加することが発表された


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 野球トルコ代表が久々に国際大会に、それもヨーロッパ選手権の予選ラウンドに顔を出すことが決まったというニュースは、ここ最近の国際球界の中でも特に驚きと注目を以て迎えられたものの1つと言えるかもしれない。ヨーロッパと中東のちょうど境目に位置するこの国は、確かにイスラエルと同様中東の国家でありながら欧州野球連盟(CEB)に加盟してはいたが、国際球界において存在感を発揮することはこれまで皆無と言ってよかった。無理もない、代表の活動自体がほぼないに等しかったのだから。この国におけるスポーツ関連の話題と言えば、これまではサッカーとバレーボールとヤールギュレシ(全身に油を塗って闘うオイルレスリングで、同国においては国技に指定されている)が占めるのが通例だった。


 しかし、ベースボールというスポーツがそれらと同じように、巨大な富を成功者に対してもたらすことがここ10年ほどのうちに知られるようになると、この国においても野球に力を入れようという動きが出てくるようになった。中東野球リーグにおける一大勢力としてシリアが台頭し、またギリシャもヨーロッパ球界の中で上位をうかがう地位を占めるようになるなど、周辺国が野球界において影響力を持ち始めたことも、トルコの熱狂的なスポーツファンの心に火をつけた重要な要素だ。


 当初はごく一部の狂信者たちのスポーツに過ぎなかった野球は、やがて一般にも少しずつ広まるようになり、子供たちの間でもじわじわと選択肢の1つとして広まりを見せ始めた。これまでは表立った活動がなかったトルコ代表の復活は、そうした変化の象徴の1つと言っても決して過言ではないだろう。もっとも、今回産声を上げることとなったトルコ代表のロースターには、トルコの野球少年たちが目標とする選手はいても、彼らと同じ国で生まれ育ったプレーヤーはほとんどいないのだが。


 トルコ代表の中で最も人気や期待度が高く、チームにおいても先発投手陣の柱としての役割を期待されているジェマル・アルカンは、自身がトルコ代表に招集されたと聞いた時に抱いた感情を、「喜びとともに少々複雑な思い」であったと率直に打ち明ける。「正直、トルコ代表がユーロに参加すると聞いた時は驚いた。自分がチームに招集されることが決まった時もね。もちろん、代表のユニフォームを着られることはとても名誉なことだと感じている。ただ、自分がトルコ代表のそれに袖を通すにふさわしいプレーヤーなのか、自問自答を繰り返した時期があったことも事実だ」


 現在27歳で、昨年はパダーボーン・アンタッチャブルズのエースとして30試合に登板。15勝7敗、防御率3.22という成績を残し、EUBLでの1年目を充実したものとした彼は、実はトルコの生まれではない。首都イスタンブールから西に遠く離れたドイツ・マインツにおいて、ジェマルは2015年3月28日にトルコ移民の両親のもとで生を受けた。トルコを訪れた経験は「過去に2度、両親と一緒に旅行したことがあるだけ」。今回発表されたトルコ代表のロースター28名のうち、実に23人が彼と同じトルコ系ドイツ人のプレーヤーだ。彼らはいずれもトルコ人風の風貌と苗字を持ち、トルコの国籍やパスポートを保有し、また流ちょうにトルコ語を操るが、一方でドイツの地で生まれ、ドイツ語を生活言語とし、ドイツ社会の中でドイツ文化の影響を受けて育った。もちろん、彼らはトルコのそれと同時にドイツの国籍やパスポートも持っている。ただ、彼らの民族的アイデンティティを複雑なものにしているものは、単にそれだけではない。


 ドイツ社会において、トルコ系移民とその子孫は「最も規模の大きなマイノリティ」としての地位を確固たるものとしている。彼らの祖先は第2次世界大戦以後、敗戦国となったドイツの復興を支えるための外国人労働者(ガストアルバイター)としてドイツに迎え入れられたが、安い賃金で働かされることが半ば暗黙の前提となっていた彼らにとって、言語も文化も異なる異国での生活は決して楽なものではなかった。ドイツの音楽シーンに、トルコ系を筆頭に移民の血を引くヒップホップミュージシャンが多数存在していることは、そうした事情と決して無縁ではない。


 一方で、もともとドイツに定住していたアーリア系ドイツ人たちにとっては、外からやってきて自分たちの食い扶持や住処を奪っていくよそ者は、招かれざる客人以外の何物でもない事もまた事実。自らの文化であるトルコ式の生活様式を頑なに守り、ドイツという国に積極的になじもうとしない者たちが少なくないことも、旧来からの住民たちからは少なからず反感を買っている。ドイツにおいて、アーリア系とトルコ系の両者の間にいまだ深い葛藤が残っていることには、そうした根深い背景があるのだ。


 そのような特有の事情は、トルコ代表の選手たちの意識にも微妙な影響を及ぼしているとジェマルは言う。「僕自身は、ドイツという国を嫌いになったことは一度もないよ。たとえどんな事情があれ、自分が生まれ育った国を嫌いになれるわけがない。むしろ、自分がドイツ人であることに誇りを持っているんだ。ただ一方で、自分が祖先から受け継いだトルコ人としての血も、かけがえのないものだと感じている」 彼は自分にとっての2つの祖国について熱く語る一方で、こうも漏らしている。


 「正直に言えば、ドイツ代表のユニフォームを着ることへの憧れはあるよ。自分が生まれた国の代表として、国際大会でプレーしたいと思うのはアスリートとして自然な感情だと思う。それだけの価値がある選手になりたいとも思っている。ただ、一方では恐怖感もあるんだ。果たして、自分がドイツ代表の一員として国際大会でプレーすることが、母国ですんなりと受け入れられるだろうかというね。当事者の1人として、トルコ系ドイツ人が抱えている葛藤は理解しているつもりだから。だからといって、トルコ代表にある意味逃げたと思われるのは心外だ。自分が生まれた国であるドイツも、自分のルーツがあるトルコも、僕にとっては同じくらい大きな存在なんだからね」


 奇しくも、ヨーロッパ選手権予選に久しぶりに挑むトルコが、その最初の強化試合の相手として指名したのはドイツだった。5月16日、首都イスタンブールに欧州四天王の一角を迎えたトルコは、世界レベルの強豪相手に序盤は予想外とも言える善戦ぶりを披露したものの、中盤以降地力の差を露呈して3-11の大差で敗れた。この試合に先発登板したジェマルは試合後、決勝点となる勝ち越し3ランを自身から放ったドイツの主砲、ミヒャエル・マリク・シュミットが仲間とグラウンドで喜びを分かち合う姿を、一塁側ベンチからじっと見つめていた。同じドイツ南部のレーゲンスブルグで、サウジアラビア系ドイツ人として生まれたミヒャエルは、ジェマルにとって最大の友人かつライバルの1人だ。


 「僕もミヒャエルも同じドイツ人でありながら、国際大会では同じドイツ代表でプレーしていないということには、なんだか複雑な思いもあるよ。ただドイツ代表でプレーすることを選んだ彼も、移民の子供としての苦悩をずっと抱えながら生きてきた。結局、ドイツとトルコどちらの代表チームでプレーするのかということに関しては、正解なんてないのかもしれない。自分が求められた場所で全力を尽くすこと、それが自分の果たすべき責任なんだと思う」


 ドイツとの一戦からおよそ2か月後に控えるヨーロッパ選手権予選の場で、ジェマルが目指すのはチームの勝利だけではない。自分たち代表選手たちの戦いを目にすることになるであろう、トルコ人やトルコ系移民たちにとってのロールモデルとなることだ。「トルコの人々の中に、自分たちのプレーに注目し声援を送ろうとしてくれている人たちが少なからずいることは知っている。その中に、多くの子供たちがいることもね。アスリートとして、彼らの期待に応えたいと心から思っているし、彼らがこの先の人生の中で手本にするような人物になりたいと思うよ」


 「一方で、自分たちと同じくドイツをはじめとするヨーロッパ諸国で暮らす、トルコ系移民に対しても何らかのメッセージを発信できるような存在になりたい。自分の友人たちの中にも、社会の下層での生活への不満から堅気での生活を捨てて、不良グループやギャングの一員になった奴らが少なからずいるんだ。悲しいことだけど、実際に犯罪に手を染めてしまった者たちもいる。そういう人々に対して、『僕たちが生きる道はそれだけじゃないんだ』ということを伝えたい。自分たちにも輝ける道がきっとあるんだとね。もちろん茨の道であることは間違いないけど、何かを感じ取ってもらえるような投球を見せたいと思っているよ」


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 はい、ずいぶん久々の掲載となったWahoo!スポーツでございます。今回は野球の話というより、むしろ移民についての話がメインと言えるかもしれません。ちなみに、このカテゴリーでドイツ野球を取り扱うのは、今回のストーリーにも登場するミヒャエルが主人公となっているこちらの記事(http://ameblo.jp/systemr1851/entry-11152395142.html )以来2度目。その時も主題となっていたのは移民についての話でした。ドイツという国は、実はアメリカに負けず劣らずの移民大国なので、結構この手のテーマは絡めやすいのは確かなんですよね。


 ミヒャエルと同じ移民の息子でありながら、野球の代表選手としてのキャリアは好対照な道を選んだジェマル。前回の記事とは似たようなテーマながらも、また違った角度で切り込んだストーリーとしてお楽しみいただければ幸いです。