フランス代表のカギ握る「飛び道具たち」 | 欧州野球狂の詩

欧州野球狂の詩

日本生まれイギリス育ちの野球マニアが、第2の故郷ヨーロッパの野球や自分の好きな音楽などについて、ざっくばらんな口調で熱く語ります♪

 国際野球を追いかけていると、時折聞き慣れない言葉に遭遇することがある。そうした言葉は、俺たち日本人の頭の中には存在しないか、存在しても非常に理解するのが困難なものばかりだ。これでも、最近は何度も聞いているおかげで、何とか理解できるようにはなっているけれど、それでも同じようなものが日本に存在しない以上、自分自身が理解することも、他の日本人に説明して理解してもらうことも、いずれも簡単ではないんだろうな、という感じがする。


 そうした言葉の代表格として挙げたいのが、「海外領土」だ。一言で言うなら、「本国とは通常離れた地域に存在しながら、その国の領土として支配が及んでいる場所」といった感じだろうか。本国とは属する大陸も、そこに住む人々の人種も(大抵の場合)違うけれど、そこで公用語として使われる言語や住民の国籍、国家元首は本国とまったく同じだ。日本でいうなら、第2次大戦あたりの台湾がそれにあたるだろうか。台湾は日本列島には属していないし、人種も大和民族じゃない。でも、俺たちの祖先と同じように日本の国籍を与えられ、日本語教育を受けて日本人として育てられた。今はもちろん別の国になっているけれど、日本人にとっては一番分かりやすい例であることは確かだろう。


 海外領土といえば、国際野球ファンにとって一番有名なのは、ベネズエラ沖に浮かぶオランダ領の島々、キュラソーやアルバだろう。一昨日執筆した、キュラソーの記事のコメント欄でも説明したとおり、オランダの海外領土は昨年の10月10日まで、オランダ領アンティルの名称で呼ばれていた。キュラソーからはアンドリュー・ジョーンズ、ジャイアー・ジャージェンス、ケンリー・ヤンセンなど。アルバからはシドニー・ポンソンやユージーン・キングセールらが、それぞれ大リーガーとして著名な存在(ここで挙げたキュラソー勢は、ジョーンズも含めて全員がMLBで現役)だ。これらの島々は、今やオランダ野球にとって欠かせない存在。先のW杯でも、10名が代表に選出されたカリビアンダッチ勢が、チームの優勝に大きく貢献していたことは記憶に新しい。


 このアルバとキュラソー、ボネールも加えて俗に「ABC諸島」と呼ばれている。そしてもう1組、6つの島からなる旧アンティルを構成していたのが、SSS諸島。うち2つのSは、シントユースタティウスとサバという。そして残る1つのSが、今回の記事における主役だ。英語読みでセントマーチン、オランダ語読みでシントマールテン、そしてフランス語読みではサンマルタン(この呼び名が、世間的には一番有名かもしれない)。今回は、このサンマルタンとフランス本国の、野球を通じた関係について考えてみたい。


 サンマルタン/シントマールテンは非常に小さな島だが、世界的には非常に特異な特徴を持っている。北半分はフランス領で、南半分はオランダ領。世界で唯一、オランダとフランス両国の領土が接する場所なんだ(本国同士はベルギーを間に挟んでいるので、国境線が接することはない)。もともと、この島には1630年にフランス人とオランダ人が相次いでやってきて、海賊の隠れ家として使っていたそうだ。翌年、島への入植を目論んだスペイン人入植者と戦うため、フランスとオランダは連合軍を組んでスペインを撃退。その縁で、島の南北を両国で仲良く分けあい、一緒に統治することにしたんだそうだ。かつては、境界線をどこにするかで16回も揉めたそうだが、今では両者の関係は至って良好で、相互行き来の際のパスポートも不要になっている。


 今回紹介するサンマルタン/シントマールテンでは、バットアンドボールスポーツも盛んに行われている。南部の蘭領シントマールテンで盛んなのは、野球にとっての異母兄弟であるクリケット。国際大会には、周辺の島国とともに「西インド諸島代表」を組んで出場するそうだ。一方、北部のサンマルタンは近年、野球フランス代表にとっての、非常に重要な人材供給源になっている。その筆頭格といえるのが、フル代表の切り込み隊長を任されているフェリックス・ブラウンだ。


 アメリカの、オハイオドミニカン大学でプレーしていたフェリックス。5ツールを高いレベルで兼ね揃えたアスリートタイプの選手で、特に3年生の時点で打率.403を残すなど、リストの柔らかさを感じさせる巧打が武器だ。まだ22歳の若武者で、代表デビューも昨年と比較的新しい選手ながら、遊撃守備も非常に軽快且つ堅実。フランス代表コーチを務める池永大輔さんいわく「自分が今まで見てきた選手の中でも、ベストなプレーヤーの1人に入る」とのこと。フランスとオランダ両国の二重国籍者で、第一言語は英語。さらにスペイン語、オランダ語、フランス語を巧みに操るという、非常にインターナショナルなバックグラウンドの持ち主でもある。


 池永さんによると、今のフランス代表には、彼をはじめとするカリビアンフレンチの選手たちが、決して少なくないという。身体能力の高さという面では、本国出身の白人選手たちも負けてはいないが、そこに黒人ならではのダイナミックさやバネを備える、サンマルタン出身選手を加えることで、さらに個性的かつ強力な代表チームを作り出すことができる。また(フェリックスはそうしたキャラではないらしいが)、カリビアンフレンチの選手たちは、皆基本的に明るく陽気なので、チームのムードメーカーとしての働きも期待できる。


 しかも、フランス代表が招集できるメンバーはこれだけじゃない。以前お伝えしたパシフィックゲームズで、優勝争いの常連であるニューカレドニアからも、サンマルタンと同様フランスの海外準県(フランスでは海外領土のことをこう呼ぶ)出身者として、選手を代表に加えることができるんだ。さらにWBCでは、出場条件が国籍に限定されなくなることから、フランス系アメリカ人の大リーガーも招集可能。現代表には、キューバ出身でフランスに帰化した、元マイナーリーガーの若き正捕手、アンディ・パズもいる。オランダやイタリア、イギリスなどと比べると目立たないけれど、フランスもまた、代表チームを組むうえで非常に多くの「飛び道具」を持っていると言える。そして強くなるためには、彼らがいかに本国出身の選手たちと、共存できるかも大事になってくるはずだ。


 本国の白人と海外領土の黒人が、同じチームとして戦うスタイルは、まさにオランダとキュラソーの関係に通じるものがある(しかも偶然かもしれないが、どちらも本国とそれ以外の位置関係はほぼ一緒だ)。オランダでは、本国選手の代表格であるシドニー・デヨングと、キュラソー人選手の代表格であるランドール・サイモンが、今の代表チームの在り方の基礎を作った。そのためオランダ代表には、キュラソーとの合同チームであるか否かを問わず、人種間対立のようなものは存在しない。そしてフランス代表にも、外から(断片的にではあるが)見ている限り、そうしたいざこざは今のところないようだ。フランスとサンマルタンも、オランダとキュラソーのような関係を、末永く続けていけたらいいと思う。


 オランダやフランスのように、本国では決して野球がメジャーとはいえない国の場合(オランダでは、マイナースポーツの域を脱する兆候が見えるが)、こうした海外領土出身選手の登用は、強化の上で大きくものを言う。ただし一方で、そこには同じ民族同士で固まることによる、チームの分断という危険性もある(フランスの場合、分断まではまだ行っていないものの、カリブ勢があまりに賑やかすぎるので、首脳陣が苦笑させられてるなんて話もあるらしい)。これから上を目指す中堅国であればこそ、出身は違えど同じ国の国民として、一緒に戦うことこそが最も大事なんだ。フランスは来年、WBC予選に参戦することが決まっている。予選参加国中、4チームのみが本大会進出という厳しい戦いの中で、「合同フランス代表」がどれだけ戦えるか、注目していきたいと思う。