ONESTAR8~「優しいなら言って。」
最初、俺は、リュージがリホコを好きなんだと聞き間違えたんだと思った。
なのに、イチムラは言い募る。
「だからあたし、リュージとつきあってんの。」
キュっと唇を引き結び、イチムラは俺を睨みすえた。
「あんたにとってリホちゃんはただの隠れ蓑なんだろうけど、リホちゃんにとってもそうなのよ。
リホちゃんはこんなにきれいな自分があんな男にホレてるのが許せないのよ。
だから素直になれないの。
ねえ、大笑いよね。
だからあたし、リュージにモーションかけたの。
「リホちゃんはあんたに何の興味もないし、どう考えたって高嶺の花だからあたしにしときなさい」って。
時間はかかったけど簡単だったわ。
最近リホちゃんが情緒不安定であんたにべったりなのはそのせいよ。」
そうだ。
リホコは俺が約束をすっぽかそうと連絡さえ入れておけば怒ったり拗ねたりするような女じゃなかった。
喜怒哀楽が抜け落ちたような、リホコの中にある感情の目盛りには100と言う数値が存在しないような、
そんな女だった。
なのに、電話をかけてくる回数が増えた。
向こうからキャンセルすることもしょっちゅうだったデートの約束を頻繁に入れられるようになった。
あれは……いつからだ?
そう、確か6月に入った頃くらい、リホコも来てたライブの打ち上げで、イチムラとリュージが交際宣言して以来じゃなかったか?
「思い当たるでしょ?」
言いたいことを洗いざらい吐き出したイチムラは、すっきりした顔で立ち上がり、俺にとびきりの笑顔を見せた。
「あれ、お姉さんなんだって?」
振り向きざまにそう言ったイチムラのとびきりの笑顔が勝ち誇った笑みに変わる。
今、なんと言った?
「さっきお母さんに聞いたら教えてくれたの。ヨッシーが3日前に駅前のスーパーで髪の長い女の人と買い物してたの見たんですけど彼女ですか?って。」
その時の、お袋の顔を見てみたかったと俺は思った。
そう、何気なさを装って無邪気な質問をしたふりをしたイチムラに、お袋はどんな作り笑いで答えたのだろう。
「ああ、それはきっとあの子の姉ですわ。」とでも?
「やん、恐い顔。」
からかうようにそう言い、イチムラはカバンを持つ。
勝ち逃げをしようって腹だ。
イチムラは見抜いてるだろう。
俺の気持ちを。
ねーちゃんと一緒の時にだけ見せる俺の顔を見て、一瞬にして見抜いてるだろう。
誰にも隠し通してきた俺の気持ちを。
「あたしね。」
俺に背を向けたまま、イチムラは言う。
きれいな幼馴染に復讐するために、好きでもない男とつきあってる女が、カバンを胸に抱き締めながら、呟くように言う。
「あたし、誰にも言うつもりなんてなかった。でも、あんたのあんな顔見てあたし、黙ってられなかった。」
「俺のどんな顔だって?」
「あんたはいつだって人を見下したような顔をしてる。授業なんてまともに聞いてた事もないのにテストは学年でトップクラスだし、そのくせ毎日がかったくるくて仕方がないって顔してる。
頭がよくてカッコよくて望むものすべてを持って生れて来たから、毎日が退屈で仕方ないって顔してる。つまんないヤツだってそう思ってた。だから、リホちゃんとつきあってるのだって許せたの。
何の感情もないカッコいいだけの人形のあんただからあたし、笑って見ていられたのに。」
「どういう……」
「だけど、あの時、あんたがお姉さんと買い物してるの見た時、初めてあんたが人間に見えた。
あんたは、あんなに愛しげに切なげに笑うことが出来るんだって知った。だからここに来たの。
あたしもう、どうにかなっちゃいそうで、恐くて仕方なかったから。」
振り向いたイチムラは目を細め、柔らかい笑顔を見せる。
その唇がずっと震えているのに。
「あんたがもし、リホちゃんを本気で好きになったらどうしよう。」
「イチムラ?」
「そんなに神様からニ物を与えてもらったあんたが、リホちゃんを好きになったらどうしたらいいの?
あたしは、何にも持っていないのに!」
震える唇から、ほとばしる言葉。
俺がリホコを好きになったら、だと?
「あたし、リホちゃんが好きなの。ずっとずっと小さい頃から、リュージなんかよりずっと前からリホちゃんが好きなの。でも、手に入らないの。」
だから?
だからリュージとつきあってるってのか?
リュージにリホコを盗られない為に?
「おんなじだね、ヨッシー。」
「イチムラ、俺は、」
「バカなリュージなんてこれっぽっちも好きじゃない。だけど、どうしようもないの。
リュージが好きなリホちゃんなんて見てられなかった。」
イチムラの瞳から堪えきれずに涙が溢れた。
「あたしはおかしいの。小さい頃からずっとずっと女の子のリホちゃんが好きで、
どうしようもないのがわかっててリホちゃんが好きな男とつきあってるの。
でも、でも、止められないの。あたしの気持ちなのに、
あたし、止めることが出来ない。」
一筋零れ落ちてしまった涙は、それを合図にただ止め処なくイチムラの頬を流れ続けた。
何だか放っておけなくて、
俺は、イチムラの腰を左手で抱き寄せ、右手で髪を撫でてやった。
イチムラは俺の肩にこつんと額を乗せ、「どうしたの?優しいね。」と言った。
「俺、優しいぜ。」
「ウソばっかり。こないだ校門の出待ち告白、目の前でラブレター燃やしたって聞いたよ。」
「燃やしてねーよ、破っただけだって。」
「変わんないわ。ひっどいことするのね。」
「そーか?」
イチムラが顔を上げ、俺を見つめる。
……ああ、そうか。
「……優しいなら、言って。おまえは間違ってるって。」
縋るような濡れた瞳が俺を見つめてる。
「おかしいって言って、そうしたら止めるから。」
イチムラは俺の胸にそっと手を置き、身体を離す。
「・・・・・・・イチムラは間違ってる。だけど、それがどうした?」
それがどうしたよ、イチムラ。
あんたは女の子なのに、おんなじ女の子のリホコが好きで、
俺は弟なのに、血のつながったねーちゃんが好きだ。
イチムラは泣き笑いのように顔を歪め、何も言わずに部屋を出て行く。
さっきまで泣いてたって言うのに、俺の部屋まで聞こえるほどの元気な声でお袋に「お邪魔しましたあ!」と言い、帰って行った。
そうして明日、教室で会ったら、いつものように腰に手を当てて言うのだ。
「宿題、やって来たでしょうね?」
イチムラはどことなくねーちゃんに似てる。
だから放っておけないんだとさっき気づいた。
イチムラ、
俺におまえを止める資格なんてない。
半分なんて中途半端な血の絆、
なかったことにしてしまえるなら、
俺はどんなことだってするだろう。
好きでもないヤツと付き合うくらい、
なんてことない。
ねーちゃんから電話があったのはもう寝ようとしてた1時過ぎだった。
親父やお袋に気づかれたくないので、
ねーちゃんは、二人がいない時を見計らってか、こんな遅くにしかかけてこない。
ねーちゃんは3日前にあったばかりなのに、
元気かなどと聞いてくる。
あのね、あの、とためらってから、ねーちゃんは切り出した。
ナツキさんが帰って来たの、と。
迷惑をかけたから、彼氏と一緒に夕食を食べにおいでと店長さんから誘われているのだと。
明日はどうだと言われて、
断る理由が俺にあるだろうか。
ねーちゃんに会えるなら、
火星にだって行くと言ってしまえたら、
俺はどんなに幸せだろう。
ONESTAR~9俺の、唯一の光 に続く
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