先日、私の長年の友人のご長男さんが急死しました。


工場で機械に挟まれるという事故でした。


若干26歳。



その工場は、以前当社で働いていてくれてたTさんの会社でした。


それを知って私はなんということなんだと、重い気持ちになって通夜の


会場に向かいました。



お通夜にいきましたが、友人は突然の訃報に茫然自失で声のかけようが


ありません。


大切な跡継ぎを失った友人の気持ちを思うと同じ子を持つ親としても、


その無念さは察してあまりあります。


一方、Tさんも当然ながらお通夜の席に来ていましたが、こちらもどう


声をかけたらいいものやら、辛い思いはよくわかります。


Tさんは、退社後も会社の経営の相談で何度か私の所へ来られたことが


あります。



友人のご子息がどういう経緯でTさんの工場で働き、事故にあったのか


は、私にはわかりませんが、どちらも知っている人だけに何故こんなこ


とに・・との思いだけが募りました。



「常なるものは無し」


お釈迦様はそう看破され、無常という言葉を残されましたが、お通夜の


席で私は無常としか言いようがないと思っていました。


私達もいつこのような立場に立つかわかりません。


当社は工場ではないのでそのような危険な作業はないと思いますが、


通勤や帰宅の中、あるいは業務中の車の運転等、私達は常に危険との


背中あわせにあります。



まさに有意注意。


何があるかわからないという覚悟を常に持って私達は行動することが


必要です。


どんなものでも永遠に存在し続けることはありません。


この地球すら寿命があり、いずれは宇宙のちりとなる運命だと言われ


ています。


常にあるものなど何もないのです。


その厳しい現実を私達は受け入れながらどんな試練にも前向きに生き


て行くしかないのだと、思い知らされたお通夜の席でした。




先週の金曜日の朝の話です。


金曜日は毎週午前7時半から早朝の営業会議を実施していることは皆さん


ご存知と思いますが、私は金曜日はだいたい7時には会社に来ます。


会議の前に、新聞とメールのチェックをすませておきたいからなのですが。


会社に来るとすでにFさんとAさんが来ていました。


どうやらAさんが鍵を忘れたらしく私を待っていたようです。


それはいいのですが、二人ともほうきとちりとりを持っています。


どうやら私を待っている間に、会社の玄関先と勝手口の通路の掃除を2人


でしていたようです。



数日前からの強風で会社の周辺はかなり散らかっていました。


見るに見かねて、ちょっと時間を利用して掃除をしてくれていました。


しかも落ち葉が溜まっていた側溝まで、ザラメをはずして落ち葉を取り除


いてくれました。



私は毎朝、外掃除をしているのでわかるのですが、側溝の落ち葉を取って


おかないと落ち葉が取水口を塞ぎ、ちょっと雨が降るとあふれ出てしまう


のです。


今日あたり、側溝の掃除をしておかないといけないかな~と、思っていた


ところでした。


でもそれは結構大変で、最後は冷たい水に手を入れ、取水口の落ち葉を手


で取り除かないといけないのです。


ですから二人の行為は非常にありがたかったです。



その日は朝から冷え込み、寒い朝でした。


逆に私だったら、車の中で暖を取りながら、「早く誰か来んかな~」とた


だ待っていただけだったような気がします。


他の皆さんはどうでしょうか?



ちょっとした時間を会社のため、これから出社してくる仲間のために掃除


をした二人の行為は本当にありがたいなと思いました。


利他の心というのはそんな大げさなものではなくこんな小さな行為の積上


げなのではないでしょうか。


改めて社員二人に教えていただきました。


寒い朝でしたが、私にはすがすがしい朝でした。

先日、市内の中学校の生徒会長さん達を集めた研修会・中学生サミット


という催しが開催されました。


私の所属する福井北ロータリークラブが共催したこともあり、私も参加


してきました。


その際、同クラブから中学生の皆さんにプレゼントした本があります。


「自分を育てるのは自分」という本で、兵庫県で中学校の校長をされてい


た東井義雄さんという方が書かれた本で、東井さんはすでに亡くなって


おられるのですが、東井さんが長年、校長先生として語られたことを本


にまとめたのがこの本です。


話をされた時期は随分以前なのですが、内容が素晴らしということで、


最近になってこの本が出版されました。


その一節を紹介します。


少し長くなりますが我慢して聞いてください。



     **************



去年の夏休み、私の知っている校長先生がやってこられました。


何か心配そうな顔をしてらっしゃる。どういうことかなと思っておりま


したら、そこのお嬢さんがね、大学に行っているんだそうですが、赤ん


坊の頃から肌にアザがあって、どの病院に連れて行っても治らん。どの


医者にかかっても治らん。だんだん性格が暗くなり、家でものを言わな


くなってしまった。



お母さんが心配して、こっそり日記を読んで見られたのです。すると、


「お父さん、お母さんは、なぜ私を生んだのか。私を苦しめるために生


んだのか」



そんなことが毎日日記に書いてある。びっくりしてどうしたらいいでし


ょうかとやってこられたのです。


私はねこの本の話をいたしました。これは、薄っぺらい本ですがね。山


口県の木村ひろ子さんという女の方が、左足でお書きになった本です。


左手ではないのです。左足です。私の書いた本はみんなね、私が手で書


いた本ですが、これは木村さんが左足でお書きになった。



木村さんは生まれて間もなく、脳性マヒという病気にかかられ、両手両


足が動かんようになってしまった。ものを言えんようになった。左の足


がすこし動くんだそうです。


その上、三つになった時、お父さんが死んでいかれました。十三になっ


た時、お母さんが死んでいかれました。両手両足が動かない。お父さん、


お母さんもいない。



想像できますか、何が一番辛いでしょう。女の方想像できますか。同じ


ね脳性マヒの十七歳のきみちゃんというお嬢さんがこんな日記を書いて


います。



     ひとつの願い


 お便所へ一人でいけるようになりたいです
 
 それが私の願いです


 たった一つの願いです


 神様、神様がいらっしゃるなら


 私の願いを聞いてください


 あるけないこと


 口がきけないこともがまんします


 たった一つ お便所に


 一人で


 一人で行けるようになりたいのです


 お願いします




真剣な願いでしょうね。誰か親切な人が連れて行ったとしても、手が動


かんのですから、自分で後始末ができません。辛かったでしょうね。木


村さんも、「手洗いに、人のお世話にならずに行けるようになるまでは、


飲まないぞ、食べないぞと頑張ってきました」とお書きになっています。


お友達が小学校に行くようになると、私も学校へ行って賢こうなりたい


な、手や足が動かんでも賢こうなりたいなと、どんなに願ってみても


手や足が動かんもんが学校へは行けません。



その時、お母さんを先生に、わずかに動く左足に鉛筆をはさんで字を習


った。その字がここに書いてあるんです。お友達が中学校へ行くように


なると私も中学校へ行って、賢こうなりたいな。どんなに願ってみても、


学校へは行けません。考えれば考えるほど、自分がみじめになってきま


す。だから決心しました。「二度と再び学校に行けないことを悔やまん


ぞ」と心に決めて、



*不就学 なげかず左足に 辞書めくり 漢字暗記す 雨の一日を*



こんな歌が書いてあります。わずかに動く左足で字引をめくって覚えた


漢字がここに書いてあるんです。



*左足に 米とぎかしぎ 墨をすり 絵をかきて生く ひとすじの道*



左足でお米を洗って、左足でご飯炊いて、左足に墨をはさんで墨をすり


左足に筆をはさんで絵を画いて、その絵を売って生きていらっしゃるん


です。しかもこれだけなら自分のために生きとるにすぎないじゃないか。


自分のために生きとるというなら、毛虫だって自分のために一生懸命生


きとるやないか。せっかく人間に生まれさせていただきながら、毛虫と


一緒では申し訳ないじゃないかというので、この左足でお画きになった


絵の収入の中から、毎月、体の不自由なみなさんのために出していらっ


しゃるんです。そして、



「わたしのような女は、脳性マヒにかからなかったら、生きるというこ


とのただごとでない尊さを知らずにすごしたであろうに、脳性マヒにか


かったおかげさまで、生きるということが、どんなにすばらしいことか


を、知らしていただきました。脳性マヒにかかったおかげさまで」



       **************


以上です。何も言うことはありません。おかげさまでと感謝しなければ


いけないのは、誰よりも私達自身だと思わざるを得ません。

私は特別の大相撲ファンというわけではありませんが、好きな力士は


白鵬、稀勢ノ里、鶴竜です。


その白鵬、鶴竜が今回の大阪場所で優勝を争い、日曜日は大相撲を観


戦していました。


鶴竜は優勝決定戦で惜しくも白鵬に敗れ、優勝こそ逃しましたが、本


場所は、白鵬以下1横綱4大関を破る活躍で大関昇進を決定しました。


その鶴竜を日経新聞が次のように紹介しています。


        *************  

    

「体は小さいし、最初は床山かと思った。三段目に上がれるかどうか」


2001年、モンゴルからやってきた細身で優しい顔立ちの16歳を


見た井筒親方の正直な感想だ。


後に鶴竜というしこ名をもらう少年は、入門時、全く期待されていなか


った。


親方がそう思うのも無理はない。


モンゴル相撲は遊びでやった程度。


日本からやって来た親方による選抜大会でも落選した。


それでも相撲への情熱は負けなかった。


テレビで放送される日本の大相撲中継を見て、モンゴル人力士の先駆者


である旭鷲山らにあこがれた。


「自分もやってみたいな」。角界入りを希望する手紙を日本語に翻訳し


て郵送した。


それが回り回って井筒部屋に手紙が届き、ついに入門がかなった。


来る日も来る日も稽古に明け暮れた。


「ただただ一生懸命上を目指して必死にやった。どんなことに対しても


負けたくないという気持ちがあった」


(中略)


父は大学教授。


モンゴル相撲の大横綱を父に持つ白鵬、同じく父が活躍した朝青龍、日


馬富士とは異なり、親戚にはモンゴル相撲で実績を残した人はいない。


「モンゴル相撲で強かった親戚の遺伝子がないと大成しない」との母国


からの声にも、鶴竜は意に介さず「遺伝がないと強くならないというこ


とはない。その人の頑張り次第。努力して一生懸命頑張れば出来るんだ


というのを見せたい」


順風満帆の出世街道ではなかった。


体を大きくするのに苦労し、三段目で2年間足踏みした。


横綱戦では初戦から27連敗も経験した。


(中略)


胸に刻んでいたのは師匠から教えられた「努力なしでは成功しない」


という言葉。


地方巡業の朝稽古では土俵を独占し、土俵の外ではビデオを見て研究を


重ね、最近では体重を小まめに管理し、取組の反省点をノートに記する


ようになった。


「一歩、一歩、経験を積み、精一杯やることをやってきた」


土俵生活も11年目となり26歳となった鶴竜にはコツコツという言葉


がよく似合う。


        *************


以上が記事の内容です。


稲盛さんの仕事の成果の方程式 成果=考え方*熱意*能力にあるよう


に、能力の不足を鶴竜は、努力という熱意と遺伝子がなくても強くなる


という考え方で補ったと言えるのではないでしょうか。


格闘技のような生まれ持った身体能力が優先すると思われる世界でも、


熱意、さらに考え方が大事だということを鶴竜の大関昇進は言い表して


いると思います。


大相撲を見ながら改めて稲盛さんの方程式を思い起した次第です。


我々は生きている限り様々な欲求を抱えます。


それがまた悩みともなるわけですが。


マズローは人間のこうした欲求を5つの階層に分けて解説しました。


有名なマズローの五段階欲求説です。




第一段階は生理的欲求です。食欲とか性欲とか本能的な欲求です。


これが満たされると次は安全の欲求を求めます。


身の安全、健康などです。


これが充足してくると次は所属の欲求が出てきます。


会社や団体や、とにかくなんらかの集団に所属していることで人は安心


を得るわけです。



ここまではいいのですが、四段階目は承認の欲求、五段階目は自己実現


の欲求と続きます。


この二段階をクリアできるかどうかがポイントです。


よく功なり名を遂げた人が最後に名誉欲を求めるなんていうのは他者が


自分を認めてくれるというのは単に金持ちになったから実現するという


ものではありません。


人からの尊敬、そこまでいかなくとも信頼、あるいは認めてくれている


というのは一人ではいきていけない人間ならでは欲求です。



ある意味では三段階までは動物でも当てはまる欲求の成長段階なのです


が、四段階以降は人のみです。



ではどうしたら人からの認めてもらえるかということですが、私が考え


ることは極めて単純です。


人から認めてもらいたいという欲求を実現するにはまず他者を認めるこ


とです。


人を認めず自分だけを認めて欲しいというのは虫のいい話ですね。


認めてもらえたと人が一番感じるのは褒めてもらった時です。


これは幼児から大人まで変わらないと思います。


したがって他者から認められたいという欲求を実現する為には他者を褒


めることが一番ということです。


そうすれば必ず自分に返って来ます。


自分はなにもせずに、誰も自分を褒めてくれない、信頼してくれないと


へそを曲げる考え方を改めてまず自分が動くこと。


これによって四段階目の欲求のクリアが早くなり最終段階の自己実現へ


と向かうことが可能となります。


人が人として動物と違った人間らしい欲求を実現して行く工程は実は自


分の考え方にかかっているのだと思います。