東京・銀座の高級ショッピングエリアでは、アップルストアは人でいっぱいだが、
すぐ近くにあるソニーのショールームは墓場のように閑散としている。
日本の最大手クラスの電機メーカーはここ数日間で、2011年度に合わせて170億ドルの赤字になるとの見通しを発表した。
パナソニック1社だけで100億ドルの赤字を予想している。一方、韓国のサムスンは150億ドルの黒字を謳歌し、
米国のアップルは220億ドルの利益を稼いでいる。
日本の5大電機メーカーは2000年以降、企業価値(株式時価総額)を3分の2も失った(図参照)。
一体何が各社を苦しめているのだろうか? 高コストと円高は不利に働く。
これらのメーカーが当てにしていた税控除を請求できなくする最近の法改正も同様だ。だが、病気の根はもっと深い。
何しろ、あまりにも多くの日本企業が同じような製品を生産している。少なくとも8社が携帯電話を量産している。
10社を超えるメーカーが炊飯器を生産し、6社がテレビを生産している。
このような重複は非効率だ。そのため研究開発が重なり、スケールメリットが低下し、価格決定力が破壊されている。
日本企業は他社と競争できない市場にとどまることが多い。これは莫大な資本の浪費だ。
各社は最も得意とする分野に専念する代わりに、負け組の部門を養うために強い部門からカネを搾り取る。こうした状況は持続し得ない。
格付け機関のフィッチ・レーティングスは最近、パナソニックとソニーの債券をジャンク(投機的)等級まで
あと1段階というレベルに格下げする一方、シャープの格付け見通しをネガティブにした。
かつて強大だった日本の電機産業がなぜこれほど弱くなってしまったのかを理解するためには、NECの物語を考えてみるといいだろう。
NECはかつて、世界有数の大手IT(情報技術)・通信機器メーカーだったが、時代の変化に適応できなかった。
同社の株価は過去10年間で90%、この1年だけでも40%下落した。
NECはふてくされたように、次から次へとリストラ計画を実施してきた。
最新のリストラ計画は1月26日に発表され、同社はその際、今期の最終損益の予想を150億円の黒字から
1000億円の赤字に下方修正し、全従業員の約9%に当たる1万人を削減しなければならないと述べた。
1899年に設立されて以来、大半の期間を通じて、NECの主な顧客は政府だった。
そのため、NEC自身の文化も長年、官僚的だった。日本の通信市場が1990年代に自由化された時、
それまで独占通信事業者だったNTTは競争せざるを得なくなった。だが、NECはそうではなかった。むしろ、全く逆だった。
NTTは供給業者に極めて特殊な技術仕様を要求した。巨大な顧客が実質的に研究開発費を
全額賄えるような利益率で巨額の売り上げを保証してくれたため、NECは喜んでNTT向けに、
風変わりな無線標準や難解な信号プロトコルを作った。
そのうえ、NTTの技術的な要求は、国内外の競合企業に対する参入障壁としての役目も果たした。
それは快適な取り決めだったが、長期的には危険なものだった。
NECにとっては、NTTに販売していた複雑な技術を別の顧客向けに手直しするのは容易ではなかった。
実際、NTTは、国内の競合企業への販売を背信行為と見なし、NECが過度に他社向けの生産を増やすなら、
発注を減らすぞと言って脅した。こうした古い絆は依然として強い。NECは今でも、26億円相当のNTT株を保有している。
NTTのために仕事をしていたNECは、生きた通信網の中で自社の機器を運用する方法について、ほとんど経験を積めなかった。
そのため、通信事業者が納入業者に機器の運用支援を求めるのが当たり前の海外で、NECが事業を行うのが難しくなった。
このようなサービスは、利益率の高い継続収入を生む。NECには、急速に薄利の汎用事業と化しつつあるハードウエアしか残されていないわけだ。
NECは、NTTから分離された携帯電話事業者、NTTドコモとも取引がある。この関係も、やはり内輪的だ。
NTTドコモは、メーカー各社がそれぞれ独自の製品を開発して互いに競争することを許さない。
代わりに、各メーカーに特定の機能を要求し、すべてのメーカーが破綻せずに操業を続けられるようにしている。
例えば、あるメーカーが、簡単なカメラを搭載した超薄型携帯電話を作るよう指示される一方で、
別のメーカーは、高級カメラを搭載した箱型携帯電話を作るように言われている。
このことは、日本の携帯電話市場が「ガラパゴス現象」に苦しんでいる理由を説明する助けになる。
日本の技術は世界から隔離された形で進化しており、他国ではなかなか成功できない。
日本は年間3000万台近い携帯電話を生産しているが、海外ではほとんど売っていない。
自由化の後、NTTはコストを削減しなければならなかった。NECは減益に見舞われたが、生活はまだ快適だった。
そのためNECは、他国の通信機器メーカーが取り組んだ抜本的な改革で頭を悩ますことはなかった。
実際に多角化しようとした時には、苦境に陥った。1990年代に行った米国のパソコンメーカー、パッカードベルの買収は失敗に終わった。
このため、NECは概ね、日本国内に引きこもることになった。
経営陣の動きが遅いにもかかわらず、NECは多くの場合、技術的には卓越していた。かつては世界最速のスーパーコンピューターの
製造でクレイやIBMと張り合っていた。NECのノウハウは、日本の人工衛星計画の成功にとって欠かせないものだった。
だが、これらは小さな市場だ。NECの研究所は世界最高の部類に入るかもしれないが、
今年は研究開発予算を2008年実績の半分まで削減せざるを得なくなっている。
問題がどんどん積み上がっていくと、NECは、LCD(液晶ディスプレイ)事業や携帯電話事業、
パソコン事業の持ち株などの資産の売却に踏み切った。だが、ぐずぐずしたせいで、売却金額は減ってしまった。
しかも、こうした合弁事業とはきっぱりと決別しておらず、少数株主として残っている。
NECは現在、他社が生産していないものはほとんど生産していない。だが日本にとっては残念なことに、
こうした状況に置かれているのは決してNECだけではない。
シャープの携帯電話とLCDテレビは、パナソニック、ソニー、東芝、
日立製作所の競合製品と戦わなければならない。しかも各社は皆、サムスンとアップルに市場シェアを奪われている。
「他の日本企業がNECを見る時、それがNECだけの問題だと考えることはできない」と、ある大手電機メーカーの元幹部は言う。
日本企業は、こうした現状について何か手は打つのだろうか? この元幹部は、視線をそらして溜息をつき、
「変わらなければならないことは誰もが分かっているのに、誰もその変化を起こせない」と言う。