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大人たちの過ぎゆく日々

身近な家庭菜園/現代小説

 (44)二階から下りてきた幹事の渡辺が、会費を集め始めると「そうだ、先月は払ってなかった」と、涼子は気が付いて立ち上がる。

 

「女性は無料です。今回、制服着てくれる鈴木さんに感謝してます」渡辺は、声を出して場の気分を盛り上げてくれる。


この飲み会を始めたのは元々は松田のラーメン店、開業で立ち上げ部員が集まったと聞いている。

 

その店主の松田が「今月は一品増えます」と、バイトの滝口弘美を紹介していた。ここで料理を作る出発点になるとは、まだ弘美には思いも寄らなかった。


「女性の方お手伝いお願いします」それが新井先生にも伝わったようで「じゃ、私も手伝わせて」


先生は腕まくりを始めると、弾みが付いたように「松田くん、私も女でいいのかしら ? 」アピールしている姿は、以前の先生に戻っていた。

 

「お願いします」

 

涼子は先回りして厨房に入っていたので、女三人料理場は賑やか。生春巻きを作るらしく買い物を済ませていた「私は何すればいいかな ?」新井先生がやる気を見せると「私の作ったのは監督に食べてもらおうかな」  


(サンパラソル)

「え ?」今、泣かされた相手に?女心は変わりやすいというが、まるで子供のような先生。

 

じゃ私は渡辺くんに食べてもらおう・・なんて考えながらは楽しい時間が過ぎる。

 

もちろん、松田くんのは弘美が作るのだろうから「ねー、男子には内緒にして、誰が作った生春巻きかを印しておかない?」

 

想いは同じなのだろう「それいいね」とすぐ賛成する。水菜・カイワレ・レタスを巻き終わる前に巻き込んで生春巻きから飛び出させる案で決まる。

 

松田は離れた場所で無心で餃子を作っているし、店内は貸し切りで缶ビールや乾きものなど好みのものを持ってきて飲み食いしていた。

 

渡辺くんの声が聞こえてくる「これからもOBのみなさん、そして先生、さらにラーメン店の繁栄と健康に感謝、で・・理解ある皆さんの奥さんと理解ある旦那さんに感謝してかんぱーい」

 

旦那に感謝か・・涼子は生春巻きなんて作ったことが無かった「これ美味しそうね、監督に早く食べさせたいわ」そういう新井先生の名前は江梨子と言った。

 

監督は何て呼んでるのかなと気になる。エリ、えり子?涼子は名前を呼び捨てで呼んでくれる男など居なかった。夫でも呼ばない!「おい」「ちょっと」「あのさぁ」そんなもんだ。


渡辺くんとは五郎と呼び捨て出来るくらい仲良くなりたい

 

・・渡辺くん、大好きだったよ。何であの時、言ってくれなかったの?夫と結婚する前に言って欲しかった。監督に無理やり言わされた「鈴木」って私の事でしょ。今ではラーメン店だけで唯一の出会いの場は、私を25年前に戻してくれる時間。五郎が野球をしていた時、私もその同じ次元にいたんだよ・・と、精いっぱい当時を思い出していた。つづく

 (43)監督と新井先生は、いつから知り合っているのだろうか ? 体育系の真っ黒だった監督が、今は長髪で白髪交じり。OBたちに話し掛けられ移動する後ろ姿は若い。

 

そのころ、今来たかのように新井先生が皆の前で「こんにちは」と挨拶を終えている。やはり監督と拗れたようで監督には直接には話し掛けない。


私たちに「この前はどうも、楽しいお話ありがとう」と近寄ってくる。

 

楽しい話し・・何、話したか忘れている・・私なんか結婚も出来ないダメ人間だから羨ましい・・と先生らしくない発言は心に残っているのだが


(オリヅルラン)


あれは本音なのだろうか。学生の前では立派な先生でありたい、監督の前では可愛い女でありたい。そして隠しきれない寂しさが、女同士の時に出た言葉だったのだろうか、それを言葉にした先生は楽しい話と言い換えた・・本当は寂しいよと訴えたのか ?

 

そんな事を考えていたら監督が再び近寄ってきて「この間はゴメン」


新井先生に謝ると、いきなり大粒の涙を流した。なんかあった?私たちが、そばにいるのに再び謝っている。周りが見えないほどに・・

 

その話を聞くでもなく聞いていると、彼女の気持ちなど考えない正統派ぶった言葉を何度も聞かされたらしい。堪らなくなって彼女は居酒屋を出て、そのまま帰ってしまったと聞こえた。悲しくて悲しくて涙か止まらなかったので外に出たというのだ。

 

優しくて信頼できる監督は、彼女の真っ直ぐな気持ちをふみにじってしまった?どんな言葉だったのだろうか。それを知っても、私たちには多分理解出来ないだろう。女と男の間には無限に近い誤解を生じ、無限に理解できない行違いを起こすのだ。つづく

(42)そして迎えた土曜日、野球部OBの集まりが三時から始まろうとしていた。涼子も早めに弘美と共に店にいた。 


忙しそうに動き回る中、予定時間より前に何人かの野球部員が集まってくる。一年後輩の長田くんも「いつまでも後輩扱いですよ」と、誰にとは言わず愚痴るが楽しそうだ。学年が一つ下なので涼子のことはよく知らない。今では会社の幹部らしいが、いつも補欠でボール拾いだったと記憶している。


監督も遅れて来てくれた。新井先生が一緒に居ないのは喧嘩でもしたのかと思ってしまう「ほう、懐かしい、我が校の制服だね」


さきほど店の奥で制服に穿き替えていた涼子を見つけて近寄ってきたのである。涼子も制服には抵抗も無く同窓会には必要なアイテムと思い履き替えていたのだ「お久しぶりです。安川監督ですよね」

 

「君は当時の生徒さんかい?一瞬、現役の生徒が来てるのかと勘違いしたよ」

 

大きな声で笑うと「当時の同窓の旧姓鈴木です」

 

周りの部員たちも「我らの野球部のアイドル 鈴木さんですよ」と分かっていたらしく、初めて言葉にして感激していた。

 

「ああ!噂の鈴木さんか!渡辺が好きだと言った人かな?でも当時は鈴木って何人か居たから、違ったら申し訳ない」

 

鈴木と言う姓は、確かに何人か居たのを覚えていた。

 

思い出したのだろうか「主将である渡辺がスランプになっていた時、『お前には、頑張る根性、やる気にさせる女子は居ないのかとか』そんな激を飛ばしたことがあったなぁ・・その時、聞いた名前が鈴木だった」

 

監督は生徒っぽく見える涼子本人より、制服を懐かしがって話してくるのだ。まだ来ない新井先生が気になっているのか、時計を見て心ここにあらずでいる。

 

(紫蘇の花)

「あ、そうか!、君か、野球部で話題にしてた女子だったか!すまん、思い出したよ」と、少し反応が遅い。

 

「いいえ昔の事ですから。向こうに居るのが滝口さんです」

 

「滝口弘美さん?あの松田が奮起した人!。知ってるよ、松田の "想い出の君" だからな、いろんな伝説がある。それで再会してるのかね。それは素晴らしい運命だね。ただ出会うのが遅かったかな」監督はまだ知らない・・弘美が自由の身になることを・・つづく