大人たちの過ぎゆく日々 -3ページ目

大人たちの過ぎゆく日々

身近な家庭菜園/現代小説

  (45)生春巻きは、弘美が30個近く綺麗に包み込んで水菜を挟んでいた。先生と涼子は、やっと半分包み込むのが精一杯でカイワレ・レタスを挟み込んで生春巻きを完成とした。

 

新井先生はレタスで、涼子はピリリと辛いカイワレ、4つの大皿に振り分けてバイキング方式にすると「生春巻き出来ましたので、食べに来てください」


すると松田が作る餃子も焼ける音がして食欲も増してくる。

 

カウンターに置かれた料理、まるで立食パーティーのように、貸しきり場所は自由に動き回る。

 

松田くんの助手として厨房に入る弘美は、もう夫婦のようにも思えた。

 

「ひろみ」・・松田くんが弘美を呼び捨てしてるのを聞いた。

 

男が女が呼び捨てを許し許される関係は、25年前のあの時、あの時間の青春に戻っていた?あの汚れなき時代の中に急速に接近したのだろうか。それとも、もう深い関係になったのだろうか。


(タチアオイ)

・・

渡辺くんは、一人離れた場所で会費の集計をノートに書き込んでいる。会ってみたいあの時、あの時間、廊下ですれ違った時のドキドキ感をもう一度、取り戻したい。渡辺くんが "涼子" と呼んでくれたら嬉しい。あの時の人生の曲がり角で、聞きたかった言葉が過ぎ去った青春・・、言葉だけでも、叶うなら好きでしたと言ってほしい。

 

涼子は、カイワレ大根を挟んだ生春巻きを「お疲れ様です。どうぞ」と、差し出した。


すると渡辺が立ち上がる恰好をして「ありがとうございます。これ誰が作ったんですか ?」

 

「私です・・涼子です」

 

「涼子・・さんですか」

 

「それ聞いたら、もう一つ食べたい」

 

「どうぞ」

 

「ありがとう、新鮮な言葉だな」

 

「なにが?」

 

「名前呼んだの初めてかも、25年前から鈴木さんだったからね」学生時代は "涼子" でも良かったが、今言われたら違う響きに聞こえてしまうのは分かっていた。 つづく

 (44)二階から下りてきた幹事の渡辺が、会費を集め始めると「そうだ、先月は払ってなかった」と、涼子は気が付いて立ち上がる。

 

「女性は無料です。今回、制服着てくれる鈴木さんに感謝してます」渡辺は、声を出して場の気分を盛り上げてくれる。


この飲み会を始めたのは元々は松田のラーメン店、開業で立ち上げ部員が集まったと聞いている。

 

その店主の松田が「今月は一品増えます」と、バイトの滝口弘美を紹介していた。ここで料理を作る出発点になるとは、まだ弘美には思いも寄らなかった。


「女性の方お手伝いお願いします」それが新井先生にも伝わったようで「じゃ、私も手伝わせて」


先生は腕まくりを始めると、弾みが付いたように「松田くん、私も女でいいのかしら ? 」アピールしている姿は、以前の先生に戻っていた。

 

「お願いします」

 

涼子は先回りして厨房に入っていたので、女三人料理場は賑やか。生春巻きを作るらしく買い物を済ませていた「私は何すればいいかな ?」新井先生がやる気を見せると「私の作ったのは監督に食べてもらおうかな」  


(サンパラソル)

「え ?」今、泣かされた相手に?女心は変わりやすいというが、まるで子供のような先生。

 

じゃ私は渡辺くんに食べてもらおう・・なんて考えながらは楽しい時間が過ぎる。

 

もちろん、松田くんのは弘美が作るのだろうから「ねー、男子には内緒にして、誰が作った生春巻きかを印しておかない?」

 

想いは同じなのだろう「それいいね」とすぐ賛成する。水菜・カイワレ・レタスを巻き終わる前に巻き込んで生春巻きから飛び出させる案で決まる。

 

松田は離れた場所で無心で餃子を作っているし、店内は貸し切りで缶ビールや乾きものなど好みのものを持ってきて飲み食いしていた。

 

渡辺くんの声が聞こえてくる「これからもOBのみなさん、そして先生、さらにラーメン店の繁栄と健康に感謝、で・・理解ある皆さんの奥さんと理解ある旦那さんに感謝してかんぱーい」

 

旦那に感謝か・・涼子は生春巻きなんて作ったことが無かった「これ美味しそうね、監督に早く食べさせたいわ」そういう新井先生の名前は江梨子と言った。

 

監督は何て呼んでるのかなと気になる。エリ、えり子?涼子は名前を呼び捨てで呼んでくれる男など居なかった。夫でも呼ばない!「おい」「ちょっと」「あのさぁ」そんなもんだ。


渡辺くんとは五郎と呼び捨て出来るくらい仲良くなりたい

 

・・渡辺くん、大好きだったよ。何であの時、言ってくれなかったの?夫と結婚する前に言って欲しかった。監督に無理やり言わされた「鈴木」って私の事でしょ。今ではラーメン店だけで唯一の出会いの場は、私を25年前に戻してくれる時間。五郎が野球をしていた時、私もその同じ次元にいたんだよ・・と、精いっぱい当時を思い出していた。つづく

 (43)監督と新井先生は、いつから知り合っているのだろうか ? 体育系の真っ黒だった監督が、今は長髪で白髪交じり。OBたちに話し掛けられ移動する後ろ姿は若い。

 

そのころ、今来たかのように新井先生が皆の前で「こんにちは」と挨拶を終えている。やはり監督と拗れたようで監督には直接には話し掛けない。


私たちに「この前はどうも、楽しいお話ありがとう」と近寄ってくる。

 

楽しい話し・・何、話したか忘れている・・私なんか結婚も出来ないダメ人間だから羨ましい・・と先生らしくない発言は心に残っているのだが


(オリヅルラン)


あれは本音なのだろうか。学生の前では立派な先生でありたい、監督の前では可愛い女でありたい。そして隠しきれない寂しさが、女同士の時に出た言葉だったのだろうか、それを言葉にした先生は楽しい話と言い換えた・・本当は寂しいよと訴えたのか ?

 

そんな事を考えていたら監督が再び近寄ってきて「この間はゴメン」


新井先生に謝ると、いきなり大粒の涙を流した。なんかあった?私たちが、そばにいるのに再び謝っている。周りが見えないほどに・・

 

その話を聞くでもなく聞いていると、彼女の気持ちなど考えない正統派ぶった言葉を何度も聞かされたらしい。堪らなくなって彼女は居酒屋を出て、そのまま帰ってしまったと聞こえた。悲しくて悲しくて涙か止まらなかったので外に出たというのだ。

 

優しくて信頼できる監督は、彼女の真っ直ぐな気持ちをふみにじってしまった?どんな言葉だったのだろうか。それを知っても、私たちには多分理解出来ないだろう。女と男の間には無限に近い誤解を生じ、無限に理解できない行違いを起こすのだ。つづく