大人たちの過ぎゆく日々 -2ページ目

大人たちの過ぎゆく日々

身近な家庭菜園/現代小説

 (47)「渡辺先輩はパンドラを開けなかったですね」

 

「・・」

 

「さっき鈴木さんを、好きだと言わなかったでしょ ? 言えばお互いの心に支障が起こりますから」それは理解していたが、長田くんは涼子の過去を知っているような?そう思うと、何をしている人なのか気になってくる。

 

長田くんは涼子もよく知らない下級生。彼は上級生とは話が合わないからと二次会には行かないらしい。皿洗いも終わらずにいると、店主の松田くんは仕込みの準備に入っていた。

 

渡辺くんら、他のOBたちも二次会に流れ、もちろん新井江梨子先生は監督と何処かに消えていく。

 

涼子も「終わったので、そろそろ帰ります」

 

「ありがとうございました」


店主の松田が礼を言うと「もうすぐ私も帰るわ」

 

(サンパラソル)


弘美が言ってくるが5時過ぎでは、まだ帰らないだろう。涼子が帰る時は、長田くんと一緒だったので「お疲れ様です。今日は鈴木さんが居たので早く終わりました」と言ってくれる。

 

「え? ・・いつも集まりは、長田くんが皿洗いなの?」と、笑いを堪えた。

 

「そうなんですよ、当たり前のように僕がやるんです、皆はウロウロするだけなので手際よくパッパと片付けちゃいます」

 

そういうと「じゃ帰ります」と出ていってしまった。

 

涼子は慌てて「じゃ私も帰るね」

 

「あ、今日はありがとう、今度家に行くね」

 

「うん、連絡する」別れたと同時に長田くんを追った。駅まで真っ直ぐだから、早足で「待って」呼び止めた。

 

「慌ててどうしたんですか?それに制服姿ですよ。これで帰るんですか」と、気にしてくれる。

 

「あ、着替え忘れた」外はまだ明るいし、ラーメン店はお邪魔のようだしと困った顔をした。

 

「あ、そこのカフェのトイレで着替えたらいいですよ。僕も珈琲が飲みたかったし、一緒していいですか ?」涼子はあのコンビニの広いトイレでいいと思ったけど、長田くんの事も知りたかったので頷いた。

 

手際良く入店すると着替えの為に持ってきていた大きめのショルダーバッグを下ろす・・注文を終えて長田「着替えないんですか?」

 

「え? 安心したので珈琲飲んでからする、少しこのままで・・」

 

「そうですか、僕としたら嬉しいですけどね」長田くんは中年のパンドラの扉を開けたのだ。つづく

 (46)渡辺くんとは皆が集まる店内で話しているだけで、夫には「女子会よ」と、自信を持って言えるのだが外出が多くなっている。それは可愛がっていた猫が死んでしまったことも影響していると思う。

 

涼子の予定表には夫のような疚しい予定はないが、想いを抑えることも出来ず「もし、あの時に戻れたら何を伝えたい?」と、渡辺くんに聞いていた。


 

「地区大会で優勝したかったなぁ。自分には何か欠けていた・・」

 

「何が?」

 

「チームの主将として、積極的な行動かな?」

 

「泥と汗の野球根性?」

 

「いや、それはどのチームもやってたけど。そうじゃなくて・・監督に『おまえには好きな女子は居ないのか』と苛ついてた。好きな人は居ますと言ったら、じゃ彼女の前で好きですって言ってこいってね」

 

「へー・・」

 

「恥ずかしくて言えなかった。自信が無かった・・それがチームを引っ張って行けなかった気がする。多分監督は、それくらいの気持ちで戦えと言いたかったんだろうね。松田は好きな人が来ていると知って、打ったって凄いと思うよ。あの時、松田の打ったホームランがまさにそれだった」

 

「それで、渡辺くんは誰に言いたかったの、冬子?」

 

「いや、違う」

 

狭い店内は酒と生春巻きが美味いと騒がしくなってきていた。涼子は、このままだと渡辺くんと二次会に着いて行ってしまいそうであった。


専業主婦としては夜遅く帰宅するのは言い訳出来ない。二次会に誘われる前に「ねー、冬子は?どうしてる?今度、私の家で飲みましょうと伝えてくれない?」


それが弘美に伝わり「楽しみね 私も参加したいわ」と応えてくれる。新井先生も「私も・・」

 

「ぜひ」我が家に冬子が来ることを願った。


(萩の花)

その後、松田の夕方からの仕込みを考えてだろう「そろそろお開きにします。飲み足りない人、話したりない人は二次会へ」


渡辺が締めると、それぞれが片付けに参加してくる。ボール拾いだった長田くんが皿洗いを始め「あの時の癖ですかね、先輩たちに会うと今でもこれですよ」


率先して片付けてくれる。涼子の制服を「お似合いです。当時の純粋な気持ちに戻ったようで心が洗われます。好きだと告白も出来ない青春時代は宝物ですよ」渡辺くんは間違ってないと、聞いていたような言葉を返した。

 

そして「ここで集まっている旧友たちは、パンドラの箱を開けて昔の想いをぶつけたがっている。40代は過去を開けたがっているかもね」と笑わす。この人・・長田くんは今でも正直な人だと思えた。つづく

  (45)生春巻きは、弘美が30個近く綺麗に包み込んで水菜を挟んでいた。先生と涼子は、やっと半分包み込むのが精一杯でカイワレ・レタスを挟み込んで生春巻きを完成とした。

 

新井先生はレタスで、涼子はピリリと辛いカイワレ、4つの大皿に振り分けてバイキング方式にすると「生春巻き出来ましたので、食べに来てください」


すると松田が作る餃子も焼ける音がして食欲も増してくる。

 

カウンターに置かれた料理、まるで立食パーティーのように、貸しきり場所は自由に動き回る。

 

松田くんの助手として厨房に入る弘美は、もう夫婦のようにも思えた。

 

「ひろみ」・・松田くんが弘美を呼び捨てしてるのを聞いた。

 

男が女が呼び捨てを許し許される関係は、25年前のあの時、あの時間の青春に戻っていた?あの汚れなき時代の中に急速に接近したのだろうか。それとも、もう深い関係になったのだろうか。


(タチアオイ)

・・

渡辺くんは、一人離れた場所で会費の集計をノートに書き込んでいる。会ってみたいあの時、あの時間、廊下ですれ違った時のドキドキ感をもう一度、取り戻したい。渡辺くんが "涼子" と呼んでくれたら嬉しい。あの時の人生の曲がり角で、聞きたかった言葉が過ぎ去った青春・・、言葉だけでも、叶うなら好きでしたと言ってほしい。

 

涼子は、カイワレ大根を挟んだ生春巻きを「お疲れ様です。どうぞ」と、差し出した。


すると渡辺が立ち上がる恰好をして「ありがとうございます。これ誰が作ったんですか ?」

 

「私です・・涼子です」

 

「涼子・・さんですか」

 

「それ聞いたら、もう一つ食べたい」

 

「どうぞ」

 

「ありがとう、新鮮な言葉だな」

 

「なにが?」

 

「名前呼んだの初めてかも、25年前から鈴木さんだったからね」学生時代は "涼子" でも良かったが、今言われたら違う響きに聞こえてしまうのは分かっていた。 つづく