ロシア文学 戦争と平和 その十五 | ScrapBook

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読んだ本についての感想文と日々の雑感、時々音楽のお話を

その十五 ②34〜69

昨朝、出勤前に第一部第三篇2を、今朝は続きの3を読んだ。

 

ここ最近、仕事と私用とで、凹むことが連続して発生した。老いや病、死ということに関係している仕事柄、気分がすぐれないことは、自分の場合、珍しいことではない。普段は、読書か音楽に耳を傾けることで心を整え、日々の日課をこなしているわけである。

 

だが、火曜日からトラブルの対処に追われたり、考え込んだりしてしまい、読書や音楽鑑賞で日常を取り戻す気持ちが起こらず、先日から書き始めた「戦争と平和」の読後感想も書く気持ちが湧かないどころか、出勤前の読書にもどこか身が入らない(就寝前に「カミュの手帖」を数ページ目を通す程度でもすっかり疲れてしまった)。しかも、昨朝、今朝と読んだ「戦争と平和」の内容は、平和な日常が激変してしまう小さな事件を扱ったもの。2節ではピエールがエレンとの結婚に巻き込まれていく様が、次節ではアンドレイの妹マリアの単調な日常が乱される様子がそれぞれ描かれているのだから。

 

ワシーリー公爵の本能的な策略により、エレンに近づけられていくピエール。エレンが何者なのかもわからず、ワシーリー公爵をはじめとする周囲の人たちの、エレンと結婚しなければならないという重圧を感じるピエールは、なぜ自分がこのような状況に置かれてしまったか理解も納得もできないでいた。自分が苦しい状況にある原因は、自分の決断力の欠如であると考えるようになっていた。エレンに対する「欲情」が彼の「決断力を麻痺させていた」。こんな状態の中で、ひと月半も堂々巡りをしていたのだから、ピエールという人物はたいそう優柔不断か、お人好しか、はたまた、エレンがあまりに妖艶であったか。

 

二人の関係が進展しないことに業を煮やしたワシーリー公爵は、エレンの名の日の祝いの席で、ピエールがエレンに求婚する場を仕立て上げる。「いったどうしてこんなことになったんだ? こんなに早く! もう今となったらわかっている、彼女だけのためじゃない、自分だけのためじゃない、みんなのために、どうしても、そうならなくちゃならないんだ②43」。「どうしても踏み越えなくちゃいかん。でも、できない、おれはできない②48」と煩悶するピエールを尻目に、公爵は、さもピエールがエレンに求婚したかのように見せかけてふたりを強引に結びつけてしまったのだった。

 

この後、エレンは、「素早く、荒っぽく頭を動かして、彼の唇をとらえ、それを自分の唇に重ねた。その顔は変わってしまって、感じの悪い、放心したような表情」を浮かべていた。エレンの正体が暴かれた描写であるだけでなく、彼らの結婚生活が瓦解するだろうことがすでにこの時点から暗示されている。

 

3節では、アンドレイの妹マリアが主人公である。ワシーリー公爵はここでも策略を巡らせる。経済的な目的から(エレンをピエールに近づけたのと同じ理由からだ)、次男であるアナトールをマリアに近づけるため、はるばるルイスイエ・ゴールイまで乗り込んでくる。

 

アナトールについては、すでに①において、その快楽児ぶりの片鱗が描かれていた。「自分の人生全体を彼は、楽しみの連続と見ていた。そしてだれかがなぜか義務として、彼のためにその楽しみをお膳立てしてくれるはずだった②59」と考えている。今回の、父に命じられた旅自体を「意地悪な老人と、裕福でおそろしく不器量な跡取り娘②59」にあうことを楽しみにしていたのだから。

 

堅物と思われていたマリアの結婚話にうかれているのは、当事者ではなく、単調で平凡な日常に飽き飽きしているリーザとブリエンヌであった。「マリアを美しくしようと、本当に心から気を遣っ」ていた彼女たちは、マリアの服装、メイク、髪型をすべてにあれやこれやと口を出すのだったが、「どんなにこの顔の枠や飾りを変えても、顔そのものはやはりみじめで、醜いままなのだ、ということを二人は忘れていた②64」(それにしても、マリアの容姿に対するトルストイの言葉は厳しい!)。

 

勿論、不器量であると自身認めていたマリアであっても、口にこそ出さないが、理想とする男性像を胸に秘めていた。ふとその理想の「男」が「夫」が胸の中にふつふつと浮かんでくる。いつか自分も、理想とする男の妻となり「自分の赤ん坊」を授かるのだという夢である。

 

その甘い夢に揺蕩うのも束の間、悩ましいまでの懐疑の念が沸き起こるのだった。果たして自分には男性に対する現世の愛のよろこびなどあるのだろうか?

「何ひとつ自分のために望んではならぬ。求めるな、心を乱すな、羨むな。人間の未来とおまえの運命はおまえにはわからぬはずだ。だが、どんなことにも覚悟ができているように生きよ。もし結婚の義務のなかでおまえを試すことを神がよしとすれば、神の心を果たす覚悟ができているようにするがよい②68」。

 

快楽児のアナトールと、現世の夢と神への愛との葛藤にあるマリア。最初から、うまくいかぬ二人が出会うことになる。