雁の童子 宮沢賢治 | ScrapBook

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宮沢賢治全集〈6〉 (ちくま文庫)/宮沢 賢治

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流沙というところにある泉で私は昼食を食べていた。そこに巡礼のおじいさんが現れる。なにげに老人に話しかけると、彼は雁の童子の話を語り始めた。

むかし、沙車というところに須利耶圭(すりやけい)という人がいた。ある明け方鉄砲を持って、従兄弟と一緒に外を歩いていた。無駄な殺生をする従兄弟を諌める須利耶圭の前で、従兄弟は雁のひと群れを打ち落としてしまう。撃たれた雁たちはいつか人の形に変わり、赤い炎に包まれて嘆き悲しみながら、絶命する。ただ一羽生き残った雁の童子を、撃ち殺された雁から託された須利耶圭は、この子を育てることにする。

童子はすくすくと大きくなり、十二歳を迎えたとき、母が一生懸命機を織ったお金で塾のお金にしてくれていることを気兼ねして自分も母と一緒に働くのだと言い出す。

その冬に、須利耶圭が童子を連れて歩いていると、童子は沈んだ声で、
「お父さん。私はお父さんとはなれてどこへも行きたくありません。」と言う。
そして続けて、
「そして誰もどこへも行かないでいいので しょうか。」という不思議な問いを発した。

その頃、沙車の町はずれにある古い沙車大寺のあとが掘り出され、一つの壁が見つかった。そこに描かれた三人の天童子のうち、一人はまるで生きているようだと町の評判になっていた。須利耶圭と童子とがその壁の前にたどり着くと、突然、童子は笑ったまま倒れかかる。そして、父の腕の中で、前世では自分たちは親子であったことを須利耶圭に伝え、そのまま倒れてしまう。


原稿の表紙には「西域異聞三部作中に属せしむべきか」と書かれた文字が残っている。たぶん、「マグノリアの木」、「インドラの網」、そして本作のことであろう。

父である須利耶圭とともに出家した童子であったが、そのとき自分には恋人があったことを父に告白し、それが彼の罪であった。作者の残された書き込みには、「童子の十六の恋を記せ。天上の恋を記せ。」とあり、童子に自らの過去を物語らせる企図があったことを伺わせる。また、「Episode 間を一の美しい女性に よって連結せしめよ!」とする書き込みもあり、女性を描く考えがあったようである。やはり童子の恋人のことであろうか。

この物語の終わり方は、やや唐突なのである。「童子はも一度、少し唇をうごかして、何かつぶやいたようでございましたが、須利耶さまはもうそれをお聞きとりなさらなかったと申します。」と語る老人の言葉には違和感がある。童子が言おうとしたのは、自分の恋人のことであったか。果たして他のことであろうか。「須利耶さまはもうそれをお聞きとりなさらなかった」というのは、童子が絶命したことを表しているのだろうか。

本作の現存する草稿は、「四百字詰原稿用紙二十一枚、ブルーブラックインクで清書した後、1 同じインク、2 赤いインクで手入れされている」。