こんにちは、田中孝一ですアップ



前回の続きです。


a ( b + c ) =    2 ( 3 + 5 )


         =  2×3 + 2×5


         =   6  +  10


         =      16



つまり 


a が b と c に2列に分かれて、

最後に合わさる


ということでもあります。



   a

 ↓  ↓

( b + c )


これって

理科の電気で習った並列回路と似てませんか?



中学校までに、

直列回路と並列回路を習うのですが、


直列回路は一本の輪になっていて

並列回路は途中で2列に分かれ、また合流します。


2列に分かれる、ということは、

1車線の道路が、

途中から2車線になり、

また1車線になるということです。


高速道路の料金所もそうですが、

いくつかのレーンに分かれて

混雑を緩和していますよね。


コンビニのレジもそうです。

もしレジが1台しかなかったら、

たぶん時間帯によっては、かなり混むと思うんです。


並列にすると、混雑を回避できるんですね。


家の電気配線も、並列になっています。



人間の思考にも当てはめられるんじゃないか?と

考えています。


抽象レベルの話でいうと、


     犬


   ↓   ↓

  柴犬  チワワ


というように使えそうですし。




        シンプルに考える方法
       ↓        ↓
     因数分解 ???

  ↓  ↓  ↓  ↓

  英語  国語  理科  レジなど

このように、物事を体系化するときに

使えそうだなぁと思いますニコニコ



こんにちは、田中孝一です☆


お昼が少しあたたかくなってきたので、
アイスアイスクリームの食べ時ですよ。(←夜ではなく、昼アイスも良いですよねアップ


今回は、


英語を因数分解して、

そのあと、同じやり方を使って、
映画も因数分解したいと思います。


と言っても些細なことです。


聞いてしまえば、「あぁそうか」という話かもしれません。



ここで大事なのは、


シンプルにして、ムダを省くという観点から
見ていきましょう


という内容です。





■国語・英語にも因数分解と同じ考え方がある




まず今回使う因数分解はこれです。


ab + ac  =  a ( b + c )



数字を当てはめると、このようになります。


2×1 + 2×3  = 2×(1+3)


これは、国語や英語の文章を書くとき


自然と使っていることなんです。



ab + ac

というのは、

どちらかというと、小学生の感想文でよく見かける文章の書き方です。



a ( b + c )

というのは、

うまくシンプルにまとめることができている文章です。




それでは、シンプルではない文章の例です。


「私はリンゴを2つ買いました。 そして、私はオレンジを3つ買いました。。」



これはシンプルな文章の例です。


「私はリンゴを2つ、オレンジを3つ買いました。」





英語でこの文章を書く場合でも同じことが言えます。




「 I bought two apples. And I bought three oranges. 」



「 I bought two apples and three oranges.」




つまり


私は買いました ( リンゴ2つ と オレンジ3つ)

   a    ( b    +  c    )


というようにまとめる事ができるのです。




因数分解は、

日常で普通に使っていることを、

記号で式にしてみた、

という側面もあります。


こういう側面があることを生徒に教えると、

単なる作業に、深い意味を見出すようです。

(もちろん、うまく説明できないときもあります。)



■映画に因数分解を使う


例えば、


映画の一場面で、


主人公と相手2人が殴り合いをするというシーン


があったとします。




主人公が2人を倒す場合を考えてみましょう。




シンプルに撮影する手法を知っている人は、


主人公が相手に突撃していくシーンのあとに、


その相手2人が倒れているシーンを映します。



合計2コマのシーンで表現が可能となりますよね。




知らない人は、とにかくバラバラに撮影してしまいます。


まず、主人公が相手に向かっていくシーンを映してから、

1人目の相手を倒すシーン、

2人目を倒すシーン、


というように3コマのシーンが必要になります。




ちなみに


北野武さんの映画は、


シンプルなパターンを取り入れて撮影しております。



北野さんの映画はセリフも少ないですが、


このようにシンプルに撮影することで、芸術性が増していると思います。




そして、シンプルだと、抽象的になります。


抽象レベルをあげると、説明が省かれるので、


観ている人は、頭の中で想像して補わないといけないので、


「少し難しい映画だった。」と思われることもあります。


(さらに時間の順序をバラバラにしても難しくなります。 )



これは、


授業で、


先生の説明が分かりづらい原因にもなっていますよ☆




さて、


こういった事を知らない人が撮った映画を観てみると、


この2つの手法を意識せずに、


ただダラダラと撮っているときがあります。


(逆にストーリーを長引かせたいときは、


わざとシンプルではない手法を使うときもありますよ。)




いかがでしたか?

さらに言うと、


この因数分解の考え方は、


なんと、


理科の電気の単元や、


スーパー、コンビニのレジにも


当てはまる部分があるのです



なんとなく気づいた方はメッセージ、コメントくださいね~☆


次回はその話をします。


(理科初登場です☆)



PS.どこで教えているんですか?という場所に関するお問い合わせがありました。


   私は、愛知県の名古屋市天白区にいます☆





ご覧いただき、本当に感謝です。

田中孝一です☆



勉強もスポーツも、

慣れることって、技を習得する際、大事です。


その反対に、良くない慣れっていうのもありますよね。

今日は、いつも以上に真面目な話です。




■良い慣れ


慣れることは、要は意識しなくてもできる


ということでもあります。


野球でバットを振るフォームを習い、


「なるほど!このフォームはスゴイ」と納得し、はじめは力の入れ具合なども


意識しながら、


何度も練習する。



初めはツラくても、だんだん体が慣れていくまでやることで


いちいち考えなくても、無意識にできるようになる。


すると、


次の世界が見えてくる。


もっとこうすればいいんじゃないか?と


試してみたくなる。



最初に習ったフォームが悪い場合、


無意識化する前に、


「これってもっとこうした方が良いんじゃないか?」


と疑問に思うことがある。


何度も試しつつ結果をみて改善したあと、


それを無意識でもできるように練習する。


これは、記憶法でいうところの「高速化」するということです。





■突然の出来事



「子供が勉強しないんです!!!」


よくある話でした。


特に問題はなく、


なんだかんだ言いつつも仲良くやっている場合が


ほとんどだと思います。



「私がこんなに一生懸命教えてあげているのに、


 全然頭に入ってないみたいで。


 私の方が詳しくなっちゃって、、、」



お母様は、自分の子供に「勉強しなさい!!!」と怒鳴り、


口ゲンカになりました。



そして、


「うるさい!」




お子様は家を飛び出しました。











そして、事故に遭いました。









家を出る直前に交わしたやりとりが、


「勉強しなさい!!!」でした。







■自分が変わらなければ、相手も変わらない。



どれだけアドバイスしても、


「わかってはいるんですけど、でも、、、」と堂々巡りになることがあります。







「何回も繰り返し言ってるんですけど、変わらなくって、、、」



その言い方では子供は変わらない、ってことを



何回経験すれば気づくのか。

(↑私はこんな事思ったらいけないかな、と感じつつも、

  内心、こう思ってしまいました。)


言った回数が多ければ変わるかというと、


そうではないことは、心のどこかで分かっていると思います。


相手は自分の鏡である


しかし、


たとえ、こちら側が変わったとしても、


相手が変わるという保証もありません。


変わり方が悪ければなおさらです。



愛情とは何かを考えました。



いくら自分が変わっても、


相手にメリットが充分伝わらなければ、


相手は変わりません。


待つことも大事ですし、


いつまで待っても変わらないかもしれません。




「相手が変わらなければ満足できない。」


こういった場合、それがそのまま自分に返ってくるのです。



相手の深いところを変えようとすればするほど、


簡単にはいきません。




このご両親は、


「お子様が自分の身を犠牲にしてまで


忘れかけていた大切なことを気づかせてくれた、、、」


そう思うと、


涙が止まらないようでした。








お子様は助かりました。


そして、「うるさい!」と自分の親に言ってしまったことに、


「ごめんなさい。」と謝ったのです。



「私の思ったとおりに変わらなくてもいい。生きていることが私の望みです。


 そして、その望みはもう叶っています。これ以上望むことはありません。」




産まれるときは、


「この子が元気でいてくれさえすれば、それで良い。」


そう言われて、抱きしめられたことでしょう。



しかし、成長するとどうでしょうか?






本当に大切なものは何か。


とても考えさせられます。




PS. 上記の話は、少しでも多くの方に考えるきっかけにしてほしいとのことで、

   掲載許可を得ております。