NHK騒動とは裏腹に、やっぱりNHK番組の一部にはとてもすぐれた番組が多い。
取材力から演出・構成や編集、そして最新技術にいたって作品と呼べるにふさわしいものが多いと思う。

そんなスタッフの技術や努力を裏切る一部の幹部や組織ルールがとても残念。

なぜかあまりテレビを見ないのであるが、NHK受信料を支払っている。それも一年分一括引き落としで。まぁ、これは契約解除を怠っているからなんだけど、時々NHKスペシャルなんかでいい気分にしてもらった時に、別に支払ってても悪くないとかも思うこともある。

結局支払いシステムに不公平感があるので、皆支払いたくないという感情があるので、支払い拒否にはいいタイミングだったりするわけで、そんな風潮を作った幹部の責任は非常に重いと思う。

受信料支払ってなくていい番組を見たときのお得感を味わうのも、実際いいもんなんだと思うし。
 「電子自治体」を目指して大阪市が2001年から18億円をかけた庁内IT(情報技術)化で、配備したパソコン約1万5000台の約半分が庁内ネットワークに接続できない設定になっていることが5日、わかった。

僕は大阪出身で大阪でもIT関係の仕事を多くしてきた。
でもいつも思うのは、大阪の人は本当はコンピュータとかITとか嫌いなんじゃないかなということ。もち個人差はあるだろうけど。
苦手という以前に嫌いである気質が感じられる。めんどくさいのか、なんなのかわからない。
大阪の企業やお得意さんとも付き合ってきてはいるけれど、ITに関してはそれをよりよく活用しようという意気込みをもっている人は少数だ。

だから上の記事のようなことを書かれても、「やっぱりそんなもんだろう」って普通に思ってしまう。

もともと僕が東京に出てきた理由もそこにある。
興味ない人に売り込んでも高いと思われるだけ。


でも、実は東京で活躍している人には大阪人は少なくない。有名なコンテンツも大阪発のものも少なくないし、いろいろ会議してても大阪弁はめずらしくない。

つまり、もうIT系はみんな脱出してしまったのか。
東京の会社はみんな第2の都会だから自然と大阪営業をする。しかしどこもうまくいかないので撤退する話を聞く。

しかし家電メーカーの強い大阪ではそういった組織内ではうまく機能しているのだろうか。ただコンテンツ系や広告系は、大阪本社ではなく、東京支社で仕事しているのが普通のようだ。

でも楽しめるのは大阪の方が、かなり上だ。だから時々帰るわけで、、、
自分の経験から気が付いたことを他人に伝えるのは難しい。
それがその社会の道徳や価値観に反していることであればなおさら。
ではどうすればいいのか。

同じ経験をしてもらうのがいいだろう。

だからどうやってそれに気付いたかのシナリオを緻密に伝えるのである。

答えを教えないことが一番の教育だと誰かが言ってたけど、その答えを見聞で伝えるのにはやっぱり限界があるんだと思う。
でもお互いに共感できたときが幸せだとか思う。

違う価値観を受け入れられると時に幸せになれる。
違う道徳を受け入れられると時に成長する。
教えることはできないけど、気付くシナリオは伝えられる。
今日は14時間くらい寝てしまった。ついでに寝すぎで頭いたい。
最近ちょっと睡眠時間が少なかったので、休みである本日は歯止めが利かなかった。

数年前はフリーランスで仕事をしていた時期があり、自宅で仕事をしていた。
こうなると仕事を生活の見境がつかなくなり、結構良く寝ていたものである。
逆に自然な睡眠サイクルを得られたので、一見健康的であるかにも思えた。

しかし、睡眠時間が長くなると何事も行動力が抑えられ、悪循環に陥る危険もある。そこでそのときとった施策は、布団、いわゆる寝床を寝心地を悪くするということだった。

せんべい布団はおろか、敷き布団無しで枕とかけ布団だけで寝ていた時期もあった。しかしその床で寝る感覚の心地よさを発見したりとどこまで効果的だったのかは不明である。

しかし最近、自宅にお客様用に買ってある寝心地のよい布団を出してきてしまった。ふわふわで敷き布団も2枚重ねで適度な弾力。そして暖かい。
これが災いして、本日の14時間睡眠とあいなったのだろう。

そのお客様用布団を今後どうするのかは、ちょっと悩むところである。
さすがに冬は床で寝るのは風邪をひいてしまうので却下だが、睡眠をコントロールすることが自分の仕事にも影響するという、ちょっとした悩みごとです。

自宅では快適に仕事ができない環境にしてある。仕事は仕事場でするから。
しかし快適にまったりできるようにはしてあるのである。仕事場ではまったりできない。
このバランス感覚が絶妙だと最近思っているんだけど。


意外と効果的だった。

まず食欲を満たしたまま、体重が減るという現象を見た。
しかし大好きなお米を食べれないという我慢はあったけど、豚肉や鶏肉、野菜や豆なんかは一日3食おなかいっぱい食べていた。量をセーブしたらもう少し効果的だろうけど。

意外とお通じがいい。普段も便秘ではないけれど、量が多いのだ!つまり食ったもんがちゃんと外部に出て行っていると実感する。

コストがかさむ。
お米や麺類、パスタ、パン等を食べれないので、どうしてもおかず系を中心に単品発注や単品惣菜を買い重ねる必要があるので、通常の食費の1.5倍のコスト高。

で、結局1ヶ月で4kg減った。今は約2ヶ月くらいたつけど6kgは減っているようだ。ただ最近はちょっとなんとか丼とか、チャーハンラーメンとか、食べてしまっている。ので横ばい状態が続いている。今日もお客さんがケーキを持ってきてくれたT_T

自炊をしていないので、食物が偏る傾向がある。なかなか低炭水化物な食料ってないのだ。一番お世話になっているのは、新宿通りの新宿一丁目食堂。
ここで肉系と野菜系のおかずのみを毎回食べている。
あとはモスのなつみバーガーとか、スーパーの魚系惣菜を買っている。

とりあえず、オススメしておきます。



炭水化物系、特にお米を食べないとなんだかお通じが良くなるような気がする。でかいのである。このあたりにヒントがあるのではないだろうか。
ちなみにブラン系シリアルを併用すると、怒涛のようであった。
なにごともやる気があって集中力さえ維持できれば、
なにかしらの形になって、それが積もって
なにかしらの結果が出る。

失敗はなく、経験が残る。

で、このやる気の維持方法だけど、おいらの方法は部屋の模様替え。
机の向きや位置を変えたりするだけだけど、結構効果的です。

こっち向いてやってたことを、あっち向きでやるだけで、
新鮮になるんですかねぇ、ちゃっちゃとやったりします。

もしモチベーションダウンしているんだったら、
掃除してプチ模様替えをしてみることをオススメします。
限りなく快適なポジションを形成するように。。
アメブロランキングが復活している。
しかも以前よりなぜか高い。

いつのまに。

あのDOWNという青いGIFが目に入ると、なぜかしょげちゃうよね。
だからなんかえーこと書いたろうとか思ってしまうよね。
それってえーことなのか踊らされてる○○なのか、どっちだ。

でもblogを書いているのは、日課っぽいので、いっか。

毎日メールもたくさん書くし、
blogも5つくらいあるし(営業用も込みで)
メルマガも2本あるし、
結構、文字打ってるなぁ。いつからそんな商売やってるのか。
ライターでもないのに。
少しは文章うまくなっていくのであればいいんだけど、そうでもないかも。
口語体とか文章とか基本をもう一度教わらないことには、いい加減妙な記事を読ませているようで申し訳けないようにも思う。

最近本業!?のマインドリゾートの調子がいい。まだまだだけど衰退の気配は無いようだ。
もう少しいい感じに確証が得られたら、もっとキレイな文章で、もっとキチンとしたデザインで、もっとすばらしい感動を提供できるようにしたい。

寒い季節だけど年度末前に、来年度への希望を整理してみるのはいかがですか?
なんとなく自然に過ごしていた時期もある。
受託仕事が暇になり、自社仕事だけになるとある程度時間の使いかたは自由が利いてくる。
そもそも昼も夜もなく、休日も平日もなくなり、行動の計画そのものがx時間単位で計画される。

通常組織内では、この仕事をするのに3日でやりますとか、今週中にはとか、日単位で会話することが多い。3週間でできますとか、やりますとか。しかし3週間というと24時間x21で単純に504時間にもなる。しかし仕事内容にもよるけど10時間もかければ非常に立派な仕事に仕上がったりする。
だから時間単位で仕事を計画できれば実は非常に多くの余剰時間が生まれることになる。

それを組織的にタイムマネジメントするといいんだと思われるけど、組織構成員にその意識が無いと全体がそうでなくなるので、これは一種の理想論ということになる。
もともと雇用人としての線引きがきつい人と、自分の仕事として取り組む意識の強い人でこのタイムマネジメントの感覚も違ってくるので、ひとつのタイムマネジメントの世界で組織が動くのは本当は不可能ではないかと思えてくる。

ま、しかし個人的な仕事の場合は、時間単位で動くことにより、非常に効率的にToDoを消化できたりする。

これは一種の固定観念の壁を乗り越える必要もある。日にち単位で仕事をしてきている人にとって時間単位に計画し実践することのキモチ悪さもあると思うし、組織として拘束されている時間内に余剰時間を生み出しても、いささか特にならないという現実がある。早く帰れるのであれば別だけどね。

しかし8時間睡眠、一日3食という規則は実は人間のバイオリズムに一致しておらず、それを毎日虐げられているだけでストレスが生じることになるという。

つまり一回の睡眠時間の最長は3~4時間で充分であり、それに加え1日に時々数10分のシエスタ(仮眠)を組み合わせると非常に快適になる。
またおなかの具合も、おなかいっぱいに食べることに関しては健康上、精神的上に関しても良くないらしい。本当はおなか半分を1日5食くらいにわけて食べるのが効果的だとか。これは自分のバイオリズムと相談して本当のリズムを突き詰める必要もあるとか。。

これを実践していた有名人は、ナポレオンとエジソンであることがわかっている。と、思えば自分も同じようなリズムを維持できると非常に効率的であるということは体験を持ってオススメできる。仕事をうまく進めるには、如何に自分自身に時間をコントロールする権限を維持しておくかが必要であり、そのことが関係者にとってもよい結果を提供できるということを理解してもらう必要もあるだろう。

ただし、日本は戦後に際しても、軍国主義的理論をベースにした、工場労働者を育てる教育方針を打ち出してきたので、始業時間や就業時間、休憩時間等を足ふみ揃えることが組織としてあたりまえであると思い込んでいるので、その組織に時間をコントロールされている状態では、自分のバイオリズムなど、わがままであると一蹴りされてしまうことだろう。


長くて面白くない日記になったけど、タイムマネジメントとは最終的に自分を一番発揮できなければ意味はないのではないかということでした。
自分には2つの時間の流れかたが存在している。

ひとつは組織にあわせた時間の流れかた。通常朝起きて夜帰るとか。次の日のために夜の過ごしかたは考慮しなくてはならない。

もうひとつは、仕事(やるべきこと、やりたいこと)を軸に体を合わせる。こちらはカレンダーとか午前午後とかあまり関係無く、モチベーションに素直にあわせる。


あまり意識していなかったんだけど、わたしが、土日に仕事をすると言うと、驚かれる方が意外と多いので、こちらが反対に「なんで?」となった。



人は本来なまけたくなる。だから月金で仕事して土日のような休めるときには休む。となる。実はこのシステムこそが元凶ではないかと思われる。何の元凶かって?それはニューエコノミーのサービス企業にとってだ。
組織を維持するためのルールつくりにおいては、もっとその最善の方法を模索する時期に来ているのではないかと思われる。

24時間営業店のバイトのシフト制が、なぜサービス企業にも当てはめられないのかと思うときがある。
やる気と眠気をうまくコントロールして相互に組み合わせられる個人の波をマネジメントするシフト制があったら、組織はどのように業績が変化するのだろうか。

やる気と眠気。仕事モードと遊びモード。
やるべきこととやる気のシンクロ。無駄な仕事時間を遊びモードに交換。
この時間的波を、カレンダーや時計に左右されないマネジメントができれば無理のない理想的サービス生産にならないだろうか。

と、ちょっと思ってみただけです。