ていう感情ありますよね。
これと反対のつまらない。
興味もなければ、関心もない。
状況改善のためには、まず、
この状態させ抜けだせば、心理学の6ステップを一段一段クリアして、上昇すればいい。
最終的にフロー状態に行けばよい。
この部分は、鋭い読者の方ならすぐにわかっていただけると思います。
さてこれだけの話ならよいのですが、これだけの話で終わるつもりはないです。
原因は特定できたとして、その後ですね。
勉強にそんなにフロー状態になったってなんの意味があんの?
って思うでしょう。
楽しいからそうなってしまえばいいのですが、集中状態も永続するわけではないですし、もう少し長期的に考えて取り組めるようなことや方法のことも考えたいよと思われると思います。
さて、ここで欲求というものを考えます。
欲求もいろいろあります。
あえてその欲求を一つ一つ例をあげて説明しませんが、
今までに欲求と勉強を結び付けられましたか?
そういう(欲求と勉強を結びつける仕方で)風に教わったりしたことはありましたか?
そういう(欲求と勉強を結びつける仕方での)授業はありましたか?
なかったですよね。
だからつまんなかったんです。
どういうことか?
燃えるような内容や強い必要性がないと勉強なんてしないんですよね。
あんまり端的にいってしまうとわかりにくいですか?
特に女子が宿題をよくやってくるコツコツ型の勉強が有利になっているのは、いい加減変えたほうがいいような気がします。それほど苦にはならなかったですが、男子は基本的にこの手の学習方法を好まないと思います。
その点を教えてくれたのは、この動画でした。
The game that can give you 10 extra years of life
http://on.ted.com/McGonigal字幕を日本語にすれば、理解できると思うのでよければ見てみてください。
この動画を見るだけで、寿命が7分半伸びるといっています。面白いですよね。
話している内容とはちょっとズレますが、男子の学習はこのゲームデザイナーの女性の言うようなミッションとか秘密のなんとかという感じで楽しんでクリアしていくのが好きなのですね。
それを教育に例えば落とし込むと、
「義務教育」というソフトを開発すべきです。
もちろん、このネーミングでのリリースは最悪ですが...(笑)
開発段階の仮名です。
WiiでもPlaystationでも、Xboxでもプレイできるようにしてもらって...
クリアしたら卒業です。
学校に来ても来なくてもいい。
部活でも、バイトでも、旅行でも、趣味でもなんでもしたらいい。
そしたら、男子は小一から中三まで、ほぼ自由に勉強に時間をコントロールできると思いませんか。
オプションとして通信教育があるなら、ゲーム教育も選択肢に入れてあげて欲しいです。
ゲーム文化がこれだけ育っており、かつ交通のVR(バーチャル・リアリティー)等の技術が発展しているのに、実際の教育に応用しているのがシステム的に限られているのは、日本らしくないことですね。
オタク文化、ゲームを世界に輸出し、アニメを世界に輸出しているのに、その実用的な使い方においては遅れをとっている。保守的な文化と新規性の文化をいかに融合させていくかはこれからのテーマでもあり、逆にどんどんこれからまたまさに今進んでいく今日的なテーマなのではないかと思います。
男女を分けた教育というのは北欧のほうで実際に実施されています。おそらく発達の方法やスピードが男女で異なる以上、育成方法も異なるので別クラスでということなのでしょう。だけれども、コミュニケーションや共同の活動をするという意味では、男女一緒のほうがいいわけなので、理想は講座ごとに別ということになると思います。
さらにいうとカリキュラムや進度、取り組み方はベースはあっても個人個人ですから、システム的に多様性を許容する教育システム、強みを子供の時から伸ばすシステムの開発も必要なのではないかと思います。
学校法人の運営もぜひやってみたいと思っているので、いろいろな開発を含めてトライしていきたいと思います。
少し、横道にそれてしまいましたが、今回取り上げたかった内容は、心理的に集中できるようになるノウハウ以上に、おもしろいと思えないものを面白くするというか。おもしろいものを見つけていく方法論というものです...
横道にそれたので、本論に戻ります。
おもしろいか、おもしろくないかを決めるのに関係するのは、
欲求と結びついているかいないかだと言いました。
欲求とは、人間の根幹だということをここで、割と強めに行っておかなくてはならないです。
欲求の否定とは、人間の否定とも言えます。
さて、あえて欲求の詳細を避けましたが、ここでやはり考えられる欲求を総体として考えてみましょう。
マズローというアメリカの学者は次のような仮説を唱えました。
欲求には段階があってそれは5段階あり、低次のものが満たされていくことでより高次のものが満たしたいという欲求がある。
それには、1:「生理的欲求」2:「安全への欲求」3:「社会的欲求」4:「自我欲求」5:「自己実現欲求」といっています。
それぞれが何を表すのかは興味のある方に調べていただくとして...
今回のテーマにはさらにいうと、
面白くないものを面白くする、必要に感じないものを本当に必要だと思うようになるという、
欲望と活動を結びつけるためのテーマが隠されています。
欲望と欲求は違うとされていることもありますが、ここではあまりその点は掘り下げないことにします。あくまで、漢字的な説明に止めておくと、求めて満たされれば終わる欲求と、望みが満たされれば終わる欲望という風に分けて考えられます。そうすると求めるものと望みという言葉の定義の違いを考えればなんとなく区別がつくかなと思います。マズローの5段階で変わっていくとした場合、1-3が欲求、4-5が欲望という風にしてもよいかもしれませんし、あえて分けなくてもよいのかもしれません。言葉の定義は、言語と同じように移り変わりがあるものとも言えます。
そして、学習という活動を例として取り上げているのですが、学習と自分の欲求を結びつけることこれを教わる必要があるのではないかと思うわけです。「生理的欲求」に関して考えると、食事、性、睡眠やトイレなどがありますが、“どこで、どのように、なにをだれと”というような5W1Hの基本情報・条件が満たされて欲求を満たすことが可能になりますが、それを知ることを学習といいましょう。そうすると人間の本来の生存に対する学習という姿が見えてきます。
もちろんこれは、マズローの仮説をもとに第一段階の学習ですので、欲望と学習という活動を結びつけるものとしては第一段階です。
心理や社会的な欲求として、高次に位置するだろうとする欲求にもこれだけの種類があると言われています。これらの欲求と欲求を満たす方法という学習であるならば人間は本能的に納得したやる気(モチベーション)を示すことができるというわけです。
獲得:財物を得ようとする欲求。
保存:財物を収集し、修理し、補完する欲求。
秩序:整理整頓、系統化、片付けを行う欲求。
保持:財物を持ち続ける、貯蔵する、消費を最小化する欲求。
構成:組織化し、構築する欲求。
優越:優位に立つ欲求。達成と承認の合成。
達成:困難を効果的・効率的・速やかに成し遂げる欲求。
承認:賞賛されたい、尊敬を得たい、社会的に認められたい欲求。
顕示:自己演出・扇動を行う、はらはらさせる欲求。
保身:社会的な評判・自尊心を維持する欲求。
劣等感の回避:屈辱・嘲笑・非難を回避する欲求。
防衛:非難・軽視から自己を守る、また自己正当化を行う欲求。
反発:二度目の困難に対して再び努力し、克服・報復する欲求。
支配:他人を統率する欲求。
恭順:進んで他人(優越な人間)に積極的に従う欲求。
模倣:他人の行動やあり方を真似する欲求。
自律:他人の影響・支配に抵抗し、独立する欲求。
対立:他人と異なる行動・反対の行動をとる欲求。
攻撃:他人に対して軽視・嘲笑・傷害・攻撃する欲求。
屈従:罪悪の承服・自己卑下の欲求。
非難の回避:処罰・非難を恐れて法・規範に進んで従う欲求。
親和:他人と仲良くなる欲求。
拒絶:他人を差別・無視・排斥する欲求。
養護:他人を守り、助ける欲求。
救援:他人に同情を求め、依存する欲求。
遊戯:娯楽などで楽しみ、緊張を解す欲求。
求知:好奇心を満たす欲求。
解明:事柄を解釈・説明・講釈する欲求。
こうした欲望や欲求を活動と結びつけるだけでなく、結びつけそれに道筋をつける活動を促すということをしている人たちがいます。
マーケティングの話をしましたが、マーケティングそのもののことではなく、マーケティングをしている人との中に欲望と欲求と活動を結びつけ、促すことを職能とするひとがいるということです。
その職能をなんというか知っていますか?
こうした欲望や欲求を活動と結びつけるだけでなく、結びつけそれに道筋をつける活動を促すということをしている人たちがいます。
マーケティングの話をしましたが、マーケティングそのもののことではなく、マーケティングをしている人との中に欲望と欲求と活動を結びつけ、促すことを職能とするひとがいるということです。
その職能をなんというか知っていますか?