お金に関する見方がゆがんでいませんか? | ほぼゼロから「新世界事業モデル」を創っている田園都市に住む35歳のフツーのブログ

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全てはアイデアから始まる、ゼロからはじめ、ゼロからでも生み出せる時代がやってきた。

それは様々な知識やアイデア、人を巻き込む力。

世界はだんだんと一つになりつつある。

少しずつ変わっていく、一コマを共有できればと思う。

を今回のテーマにしました。

「お金は身の守り」ということばもあり、もっていることで食べていくことができたり、生活をしけます。

しかし、実はお金が全くなくても、国からお金をもらって食べていっているひともいます。しかし、それは働くということができないひとということになっているはずです。

労働という義務があると言われています。

しかし、労働だけが、労働こそがお金につながるという刷り込みがなされている場合があります。
実はそうではありません。労働でないお金を得る方法、合法的に、他のひとからも喜ばれる方法というのは実在するのです。

それが、前回取り上げたいろいろなタイプのワークスタイルとなって現在現れてきています。
勤勉であるのは美徳であるといえますが、労働によって対価を得るということだけに勤勉である必要はないといえます。

企業家精神の記事でもとりあげましたが、人間活動のあらゆる部分に適応可能な変化を起こす能力に勤勉であることも正しいことなのです。

そして、与える精神の回の記事を思い出してみてください。
与える:受けとるベスト比率は90:10~60:40という、与える過半数の原則を考えました。

お金になるといざ変わってしまうひとがいますが、お金を与えるということと受けとるということも同じ原則が適応できます。

つまり、金銭的な価値においてです。

もちろん、すべてのお金を使い切っていたら貯まりませんし、浪費家になってしまうから実際にお金を誰かに与えるという意味ではありません。もちろんそうすることもできますが...
そのような意味であたえるということでなく、金銭的な価値を与えるということにフィーチャーして(特徴づけて)与えるということもできるということについてまずは考えてみましょう。

相手に余分のサービスをし、相手を富ませることができますか?
あなたのリスクなしに、あなたの大きな出費なしにも相手を大きく富ませることができる分野があるはずです。

それが、強みの記事で書いた内容になってきます。

強みとはなんだったでしょうか。
自分にとっての当たり前のことですね。
そして、相手を喜ばせることのできる分野です。

つまりこの記事は、これまで書いてきたものを金銭的な立場で置き換えてあらためて書いているという文章になるのですが、それは置いておいて...

ここで質問があります。

Q1: お金のために犠牲にしていることはありますか?

お金のために犠牲にしていることはありますか?

なければ、お金は犠牲になっていません。
もしあれば、お金の犠牲になっています。

どういうことでしょうか。

これは、実は少しずるい引っ掛けの質問なのですが、
こういうことです。

お金のために何か犠牲にしているものがある。
ということは、お金のために何かをしているという目的意識、
もしくは、お金のために何かを(恐らく多くは自分を)犠牲にしているという意識のあるひとです。
ということは、どういうことかというとお金そのものがいつも頭の中にいるということです。
簡単にいうとですね。

それといつもいろいろな物事を換算しようとしているというわけです。
そして、そうすることでお金を自分の人生の主人公にしてしまっています。

戻って考えますと、人生の主人公は...

そうです。

与える精神に満ち溢れた、企業家精神に富む、フロー状態あなた自身です。

あなたは、あなた自身に集中している必要があります。

あなた自身がたくさんの人を喜ばせているか、
喜ばせる方法を考えているかに集中している必要があり、
それ以外は実は余分のことになってしまうのですね。

Q2: お金を犠牲にして何を得ますか?

それが二つ目の質問です。
実は一つ目の質問の答えが、ちょっとわかりにくいことばでした。

お金のために犠牲にしていることがなければ、お金を犠牲にはしていない。
・・・
どいうこと?

いやこれ実は当たり前といえば当たり前なのですが、その前にお金のために犠牲なっていないことを確認したかったのです。お金のために何かを犠牲にしていなければ、それで要はクリアという意味でOKです。

もっと簡単にいうと、Q1は、あなたはお金の奴隷ですか?お金はあなたの奴隷ですか?という質問に書き換えられます。

それだからこそ、Q2で、お金をどう犠牲にして何を得ますか?という質問の価値がでてくるんです。お金は使わないと犠牲になりませんし、自分も命を使っていかないと本当の意味で人を喜ばせることもできないし、人を楽しませることもできません。

お金を犠牲にして何を得るのか?
多くの人は、命そのものです。
日々の糧をえるために、お金を犠牲にしています。

そのほかにも楽しみを得るためにお金を使います。

お金で買うとは、等価交換できるものではなく不等価交換するものです。

またわからないことを言い出したと思わないでくださいね。
不等価交換とは...

時間というものはお金より価値が高いといいました。
ですから、労働の成果を時間でもらうのは不等価交換です。

また、製品等もあるときは高く、また同じ製品もあるときは安く手に入ります。
この製品と製品のために払う価格もまた不等価交換なのです。

すべてのお金のやり取りは不等価交換です。

ことばの定義として、もう少しわかりやすく説明すると...
不等価つまり、釣り合っていないという意味です。
この時点ではどちらの方が価値が高く、どちらの方が価値が高くないということを言いたいのではなく、お金のやり取りすべてにはアンフェアな一面があるということです。

ここまで、来ると資本主義や貨幣経済に対して暴挙でも起こすつもりかとか、革命家なんですか?という声が聞こえて来そうですが、そのようなつもりはありません。

もちろん、サービストレードという物々交換にも似た方式の取引を社会で流通させたいなという構想は立ち上げてはいます。とはいうもののすぐにそれが世界を席巻し、資本主義貨幣経済を終わらせたという風にはならないことでしょう。ですから、そういうこともあって、資本主義貨幣経済とはもう少しの間うまくやっていくつもりです。

この感覚でいいんだとおもいます。

お金の重要度が高い今の世の中を、少しだけうまくやっていくためのコツそれを身につければ余分な苦労はしないで済むのではないかなと思っています。

さて、お金についていろいろと考えてきましたが、最期に誰しも収入の額と言うのがあって、支出の額というのがあります。そして、収支のバランスを考えなくてはいかんですね。

減るより増えた方がいいですし、お金を犠牲にして貴重なものを得ることができるためにもストックや投資的な考え方は必要なわけです。

一つの方程式をご紹介しましょう。

 収入-貯蓄=支出

これは、

 収入-支出=貯蓄

と違って貯蓄を優先する考え方なので、貯蓄が必ずあっての支出ということになります。
その意識づけですね。

そして、

 消費:投資:浪費

というバランス感覚を持つことです。

消費は、必要なもののためのお金ですが、コストを低くする努力によって改善できます。
投資は、ここぞというところにお金を使い、将来のためにお金を使う部分です。
浪費とは、特に必要のないことものためのお金を使う部分です。

多くの主婦のあなたは消費コストをには厳しく、投資には全く目を向けてこなかったかもしれません。しかし、お金を今のためだけに犠牲にさせていたら、将来に向かって帰ってはきません。将来のために今のお金を犠牲にすれば、将来のためになるということです。

 アリとキリギリスの例えがよく使われます。

  キリギリスはに働きませんでした。アリはに働きました。
  キリギリスはに困りました。アリはに何もしないでも生きていけました。

今が働き盛りの夏であるなら、将来のためにお金を犠牲にすれば将来の自分から大いに感謝されることでしょう。

だからといって浪費をゼロにするという目標を立てれるかというと人それぞれです。
逆にあまりにもガチガチの予算では生きていくのも楽しくないという人もいそうですからね。

そこは人それぞれとしておきましょう。

では、ご自身の経済がそれぞれ何割になるのか算出してみてください。

 消費:投資:浪費=◯:◯:◯

そしてあなたにとってのベストバランスを見つけましょう<