江戸時代の市井人情話が得意な宇江佐真理の長編歴史ミステリー。
華美な風俗と奢侈を取り締まった「寛政の改革」に反発した板元(出版社)の蔦屋重三郎が、新たに売りだそうとして発掘してきた謎の絵師・東洲斎写楽を巡る物語です。
物語の相関関係を図にするとこんな感じです。
東洲斎写楽=江戸時代中期の浮世絵師。10か月間に、TSUTAYA・・・じゃなかった、蔦屋から、140点ほどの特異な浮世絵を発表し、その後、忽然と姿を消した謎の浮世絵師です。
研究が進んで、現在では、阿波徳島藩の能楽者・斉藤十郎兵衛という人物が写楽ではないかという説が有力となっています。
画集や教科書などでもおなじみの「大首絵」と言われる歌舞伎役者の肖像画を得意としていました。
↓ 市川鰕蔵(えびぞう)。
↓ 市川高麗蔵
どちらも、当時の人気歌舞伎役者です。ブロマイドですね。
「寛政の改革」で、お上から会社の財産を半分にされた蔦屋重三郎という出版社の社長さんが、起死回生のため、無名だった写楽に人気歌舞伎役者の大首絵(肖像画)を描かせて売り上げを伸ばそうとし、写楽が描いた下絵に山東京伝や葛飾北斎や十返舎一九が、細かい描写や衣装などを描き加え、絵を完成させていきます。京伝、北斎、一九・・・今では考えられないような豪華布陣ですね。
しかし、その作風が、役者の顔をあまりにもデフォルメして描いていたことから、世間の評判も、絵の売れ行きもさっぱり。起死回生を狙った蔦屋の社長さんは、気力を失くし、失意のうちに亡くなってしまいます。
そういった写楽騒動が終わった後、写楽の下請けをしていた京伝や北斎、十返舎一九は、その経験をバネに大きくなっていくというお話です。
話の内容は、おおよそそんなんですが、ひとつおもしろいことが書いてありました。
↓ この絵、見たことがありますよね。じろりと睨んだ目とギュッと結んだ口。さらに、この絵に強烈なインパクトを与えるのが、顔に比べて小さすぎる手と、前かがみになった体。バッと開いた手が、いまにも襲いかかってくるようで、後ずさりしたくなるような怖さがあります。プラスして滑稽さも。
「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」という、写楽の代表作のひとつです。
ところが、奇妙なことに、その手をよく見てみると、右手の指が6本あるように見えるのです。
小指が襦袢の胸元に入っているように見えませんか?
小説によると・・・。
この絵は、写楽がスケッチしてきた顔に、十返舎一九が体の部分を描いたもの。急いで描いたものだから、筆がすべって指を6本描いたらしい。版木に彫る際に、彫師がそれに気づき、たまたまそこにいた北斎に相談したら、「描きなおす時間はないから、その指は襦袢の中に隠してくれい」と言われてこのような絵になったのだとか。
ホント?
・・・小説家 見てきたような ホラを吹き(笑)。