学生時代、個人営業の精肉店でアルバイトをしていました。その時に、店の大将から包丁使いを教えてもらいました。包丁自体がプロ仕様で、キンキンに砥いでいますから、ものすごい切れ味なんです。
あるとき、大将が、「○○くん、おもしろいの見せてやろうか」と言いいます。
「なんですか?」とわたし。
そしたら、大将が、包丁で、自分の腕の毛を剃り出したのです。
それくらいすごい切れ味。
その時教えてもらった食材の切り方。
野菜や肉、魚など、食材によって、いろんな包丁の使い方があるそうですが、家庭料理でいちばん使うのは、野菜を切る場合の包丁使いですよね。
わたしも、サバくらいの魚はさばけますが、面倒なことはもうやりません。切り身を買ってきます。プロの料理人や漁師じゃないなら、魚をさばく人なんて、もうほとんどいませんよね。でも、料理の本やネットを見ると、よく、魚の三枚おろしのやり方なんか載ってます。いまあんなことをやる主婦(主夫)は絶滅危惧種。それより、野菜をちゃんと切るほうがだいじです。
料理本には、包丁の持ち方や砥ぎ方、輪切りとかイチョウ切りなどの切り方は載っているのですが、肝心な「食材に対する包丁の入射角の重要性」は載ってないのです。
「入射角」。これ、重要。試験にでます。
では初めに、包丁の基礎の基礎。
まな板との立ち位置。
包丁を持って、まな板の前に立ったら、こんな感じに立ちます。
食材を切る場合、包丁を持った腕は、まな板に対して直角。包丁は、まっすぐ前後に動かします。長時間作業しても疲れません。
テレビの料理番組の先生方を観察してみてください。包丁を使うときは、みんなこのようにして立っています。こうして立ってない先生は、あまり信用しないほうがいいかも(笑)。
さて、本題の「食材に対する包丁の入射角」。
包丁の入射角?
食材への刃の入れる角度のことです。
料理本やネットなどでは、あまり紹介されていません。
包丁の動かし方のイメージとしては、↓ こんな感じです。
斜め下前方に、まっすぐに、ぶれずに、包丁を突き出す感じです。
包丁を斜め下30度にして、刃先から4分の1くらいの位置から、食材の上に刃を滑らせるようにして、前に突き出していきます。ぎゅっと力を入れなくても、すーっと刃先が切れ込んでいく感覚です。抵抗が少なければいい切り方です。
柔らかい食材なら、切り終わりに、包丁がまな板に当たっても「トン」という音はほとんどしません。
包丁を水平にしたまま、真上から真下に切り降ろすのは、あまりよくありません。テレビドラマなどで、朝、「トントントントン」というまな板の音をさせて、味噌汁の実を刻むシーンが出てきますよね。「じょうずやなぁ」と思う人もいるかもしれませんが、あれは、あまりよくない切り方です。不必要な力も入りますし、食材に力が加わると、食材の細胞が壊れてしまいます。
上の切り方を覚えたら、青ネギを切っても、丸くなったままつぶれません。細胞がつぶれないので、切った断面から余分な水分が出てきません。料理の味も違うんです。野菜炒めが水っぽくなりにくい。
時代劇で、侍が、刀で人を斬るシーンがありますよね。体に刃があたった瞬間にズバッと刀を手前に引きます。あれでちゃんと刀の性能が発揮できるんです。当てただけでは、相手に深手は負わせられない。包丁使いも同じ。押したり引いたりしないと、刃物はちゃんと性能を発揮できないんです。
硬いかぼちゃも、スパッ、スパッと切れます。
かぼちゃを切ってみました。
撮影してると思ったら、ちょっと緊張しました。
ふだんはもっとじょうずなんです(笑)。
隠居と刃物は使いよう。
(追記)
紹介した「まな板に対して45度で立つ」というのは、どんな料理本にも紹介されている基本動作ですが、入射角30度で切るという方法を紹介した本はほとんどありません。わたしはたまたま、若いころバイト先の肉屋の大将から教えてもらいましたが、食材加工の現場では、昔から当たり前にやられていた方法だそうです。以前紹介したことのある弱火調理の料理人・水島弘史さんも著書の中で同じような方法を紹介されていました。
どんな食材でも、というわけではありません。魚を3枚おろしにするときや刺身を引くとき、大きな肉の塊をカットするときは、包丁を手前に引いて切るのが基本です。ただ、いまは、そういう食材はスーパーでやってくれますから、できなくてもいい。
入射角30度切りは、根菜類やイモや葉物など、家庭で野菜料理をするときにいちばん多用する切り方だと思います。じゃがいもを、上から垂直に押し切った方法と、入射角30度で切った方法で切り、切り口をしばらくそのままにしておいたら違いがわかります。
こういう手技は、一度身につけておけば一生ものですから、おヒマな方は練習をしてみてください。