観光列車、車掌&駅員の意識の共有 | 車内販売でございます。

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車内販売を15年半で11000回を利用してきた「車内販売大好きな乗客」が書くブログです。 多数の観光列車に乗り鉄しています。

今回は、観光列車の車掌・駅員の意識の話。

【1】照れる車掌・駅員がいた

観光列車が、各地で年々増えている。

ごく一部の鉄道ファンを除けば、列車に乗ることは、「移動のための手段」だった。それが、「列車に乗ること自体が目的」という列車が登場したわけだ。

 

10年20年と乗務してきた車掌さんにとっては、常識が変わるような大きな変化だったと思う。

このブログ「車内販売でございます。」がスタートした2013年、つまり5年ほど前は、観光列車がまだ一般的でなかった。

当時の駅員や車掌の中には、観光列車に理解がない人も目立った。

代表的な場面は、観光列車の乗客に手を振る場面だ。

(「ろくもん」に笑顔で手を振る しなの鉄道本社の人たち。気持ちが伝わってくる)

 

4~5年前は、駅員や車掌が、客に手を振る場面では、今とは大きく違っていた。

当時は、駅員さんが観光列車に手を振る際は、やる気がなく、仕方なく振っていることが多かった。

「面倒くさい」というよりは、「照れ」が表情に表れていた。

駅員という仕事は、乗客相手に手を振るなんてしたことがないハズ。照れてしまうのも、無理はない。

直接観光列車に乗務している車掌は別として、手振りに「動員」された一般の駅員は、近くの他の駅員をキョロキョロ見て、照れながら手を振っていた。

(越乃シュークラに手を振る駅員。2014年は照れていた駅員がいたが、今は自然な笑顔で振ってくれる)

 

現在は、観光列車が全国に広がり、市民権を得た。このため、駅員さんは、積極的に手を振ってくれるようになった。

それに対して、乗客は笑顔で手を振り返してくれる。

観光列車が好きな者にとっては、この魅力はたまらない。

 

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【2】我が道を行く車掌

観光列車が定着して、駅員・車掌の間で理解が深まってきたが、数か月前に乗った、ある観光列車で、がっかりした出来事があった。

観光列車が、多くの乗客が下りる駅まであと5分ほどの地点を走っていた。

アテンダントが、「本日はご乗車いただきありがとうございました。お楽しみいただけましたでしょうか。またお会いできれば幸いです」というような内容の、最後の挨拶をマイクを使って放送していた。

ところが、車掌がアテンダントのアナウンスのマイクの元のスイッチを、突然遮断して、車掌自ら放送を始めた。

「次は〇〇駅です。お乗り換えをご案内します。××方面は、〇〇時〇〇分発、普通列車△△行きは×番線・・・」

車掌には、アテンダントのアナウンスは、聞こえていたはずだ。私は車掌室から2mの場所という状況を確認しやすい場所にいたから、間違いないだろう。

接続列車のアナウンスの後、アテンダントさんのマイクに切り替わった。声からは焦りの表情が読み取れたが、「大変失礼いたしましたしました」と言って、乗車のお礼を続けたのだった。大変失礼したのは、アテンダントさんでなくて、車掌なのだけど。

 

車掌はいつもの癖で、接続列車を案内してしまったのかもしれない。

アテンダントからのお礼のアナウンスがやや長く、車掌の仕事(接続のアナウンス)がしたかったのかもしれない。

でも、いくら立派な車両やキレイな景色があっても、応対に問題があると、気分が台無しになってしまう。

 

【3】理解がある車掌の例

反対に、非常にうれしかった例もある。

私は2016年のクリスマスイブに、JR四国の観光列車「伊予灘ものがたり」に乗りに行った。今まで32回乗車した大ファンだ。(ゴールデンウイークにも乗りに行くことになっている)

この日、五郎駅をはじめ沿線の多くの人に手を振ってもらったので、乗るだけでなくて、最後の松山行き(道後編)には、私も沿線から手を振りたくなった。

面白そうな場所ということで、喜多灘駅で手を振ることにした。この時の話はこちら

伊予市と大洲市の境界の喜多灘駅では、アテンダントの看板を見られるようにするため1分ほど停まる。ここで、私はサンタクロースの格好をして、「伊予灘ものがたり」に手を振った。乗客やアテンダントさんから、手を振り返してくれて、うれしかった。

この時、最後まで手を振ってくれたのは、実は車掌さんだった。運転室から手を出して、100m以上先に進んでも、私に手を振り続けてくれた。車掌は、指定券の拝見はするものの、直接観光客に笑顔を振りまく役割は無いと思う。観光列車の裏方ともいえる。

裏方ではあるが、沿線で手を振る地元の人に、振り返すのは大事な仕事だろう。天候によっては、光の加減で車内から観光客が手を振っていると気づきにくいこともあるのだが、唯一窓を開けて手を出せる車掌が手を振れば、気づいてもらえるのである。

なお、「伊予灘ものがたり」には、特殊事情もあって、アテンダントさんの何人かは元車掌だったのである。JR四国の方針で、車掌からアテンダントになった経過がある。何年も前から一緒に車掌をしていた「後輩」がアテンダントとして頑張っているのだから、先輩車掌も支えたくなるのだと想像する。

 

 

全員が、意識を共有するのが、観光列車で大切なことだと思う。