八専三郎

文:児玉 宗栄 絵:渡辺 吉丸




むかし、

赤泊の村に、

八専三郎という大そう力持ちの若者がおった。

毎日山へ入って竹を切るのをなりわいとしておったが、

相撲が好きで、

方々の草相撲に出ては勝ってばかりおった。

 

そのころ、

海を挟んだ越後の寺泊に、

土用五郎というこれまたたいそうな力持ちの男が住んでおった。

 

三郎は、

この越後一の相撲取りと、

どうしても一度勝負をしてみたくてたまらなかった。

 

母親は、

三郎に力がつくように赤飯を食べさせて、

まさかの時のためにナタを持たせてやった。

 

舟をこいで寺泊に着いた三郎が五郎の家へ行くと、

母親が餅を焼いておった。

「五郎は今、

山へ土方仕事に行って留守だけど、

昼めしには帰って来るさけん、

この力餅でも食うて待っとってくれ」。

 

三郎が力餅をごちそうになっていると、

スシーン・ズシーンという大きな地響きがした。

三郎がびっくりして聞くと、

「あれは五郎が帰って来る足音じゃ。

力があまるもんだから、

山から帰る時はいつも大きな石をかついで来るんじゃ」

と、

母親が言った。

 

そんな怪力を相手にしちゃあ、

とっても勝ち目がねえと思った三郎は、

一目散に逃げだした。

「佐渡の三郎逃げるとは卑怯だぞ!」

と叫びながら、

五郎が浜まで追いかけて来た。

 

小舟に飛び乗って逃げようとしたら、

五郎が長い竹竿でトモを押さえたので、

いっくらこいでも舟は動かなかった。

とっさに三郎は腰のナタを抜いて、

きっと竹竿を切って逃げた。

やがて夏になった。

ある日三郎が井戸替えをしているところへ、

村人があわてて走ってきた。

「三郎どん多変だ。

土用五郎が勝負をつけると言ってきたぞ」。

「なに、

土用五郎が来たか。

こりゃ大変だ。

あいつには尋常な手段じゃ勝てっこねえ。

よし、

いい考えがある。

うまく言ってあいつをここへ連れて来てくれ。

落とし穴を作っておくから」

 

勝手のわからない五郎が案内されるまま来てみたら、

井戸の落とし穴にずどーんと落ちて、

足を折ってしまった。

「ちくしょう。

せっかく来たのに今日はだめだ」

五郎はくやしがって帰っていった。

 

卑怯なやり方を母親にたしなめられた三郎は、

さめざめと泣いて心を入れ替えた。

 

それから、

毎年春の八専になると、

三郎は越後へ相撲を取りに行くようになった。

そして夏の土用の日には、

五郎が舟に乗って佐渡に来るようになった。

 

そのため佐渡では、

三郎の留守の八専の時に竹を切ると虫が付くと言って、

その間は竹を切らなくなった。

そして越後では、

土用の日に井戸替えをするとけがをするといって、

その日は土方仕事を休むようになった。

 

今日、

砂浜のなくなった赤泊では、

海上で桶樽を土俵にして相撲をしている。

三郎が勝てば、

その年の柿や米が豊作、

五郎が勝てば、

カニ漁や海の幸が大きいという。

 



 

「佐渡山野植物ノート:伊藤邦男」

(2000)

引用させていただきました