いよいよサグラダファミリアを見ることになりました。

良くこのような建物をデザインして立てたものだと思います。

非常識的発想で作られたものは、批判されますが、時代とともに尊敬を受けるようです。


サグラダファミリア
池越えのサグラダファミリア

池越えに見る定番のサグラダファミリア全景
現地ガイドのアウロラさん  ガイドの中西さん
現地ガイドのアウロラさん   日本語ガイドの中西さん
 バスは途中、現地ガイドのアウロラさんと中西さんを拾って、サグラダファミリアの近くに到着した。ガイドの中西さんが「皆さんこんにちは、よろしくお願いします。バスはサグラダファミリアのそばに駐車することができませんので、少し離れたところで降りていただきます。写真の撮影スポットにご案内してから、サグラダファミリアの観光をしていきます。イヤホンガイドをお忘れないようにしてください。またスリが多いですから貴重品の管理には十分注意をしてください。」ということで、サグラダファミリアが間近に見えるところでバスを降り、池のある小さな公園に行き、池を背景に写真を撮った。

その後、公園を出て道路を渡り、サグラダファミリアの東のファサード(正面)へ行き、説明を受けたのだが、話しが錯綜して良く整理できない。

その話しを整理すると、この教会は1882年から牧場地帯に作られ始めたが、翌年からアントニオ・ガウディが設計し43年間取り組んだが未完成のままで死んでしまった。細かい設計図は残されていないので、その後の人は想像して建設を続け現在も多くの人が建築と修理を続けている。近年は有名になり観光収入が多いので、建設のスピードが飛躍的に早くなっている。2026年に完成する予定となっている。というものだった。

東ファサード(東正面)

東ファサード 東ファサード 中央下がイエス誕生

東のファサード(正面)は、ほぼ完成している。ファサードを見ると、入り口の上に馬小屋のマリアとイエス、牛、ロバの像がある。牛は鼻息でイエスを暖めた良い動物、ロバは馬小屋の敷き藁をみんな食べてしまった馬鹿な動物とされている。その左右にシュロの柱があり土台は左手が海亀、右手が陸亀になっている。右の柱の内側にはイエスの誕生を祝って捧げものを持ってきた人が、左の柱の内側には東方の三賢人、食べ物やニワトリ・七面鳥などが配置されている。右柱の外にはイエスの父・大工のヨハネ像が、左柱の外にはヘロデ王の残虐や出エジプトなどの聖書の故事が彫られている。

サグラダファミリアを特徴づけている多くの塔は18本あり、中央の高い塔はイエス・キリストを、1本が聖母マリアを、4本が福音者を、12本が12使徒を象徴しているが、まだ全部完成していない。一部の塔内にはエレベーターが設置され上まで上れるが、1人16ユーロで数時間待ちと聞いて、我々にはそんな時間はないからあきらめた。

塔を外から見ると多くの穴があいているが、それはこの塔は鐘楼で、鐘の響きを良くするためであるという。しかし、将来どの様にしてこの高い塔内に鐘を設置するのかが問題となっている。左手に見える塔は比較的最近に作られたもので、その塔の下にある小塔の頂上にはベネチアングラスで作られた果物が飾られている。

この後、東ファサードから協会の内部に入っていきます。


さあ今日から観光開始です。

まずは、サグラダファミリアですが、その前に腹ごしらえと体調管理です。


11月12日(火)


 やはり時差ぼけ。夜の11時過ぎに寝たのだが1時30分と3時に目が覚め、あとはベッドの中でウツラウツラしていたが、5時30分になったので起きてしまった。

昨日の夕食がなかったので、日本から助六寿司を持ってきていた。そのままにしておくと食べられなくなるから、5時45分にそれを食べて腹ごしらえをしてしまった。

これでしばらくお米は食べられない。

振り返ってみたのだが、機内食3回と軽食1回が出た時間を並べてみると、4時間半から5時間半ごとにそれらは規則正しく提供されていた。

時計を見ると6時43分だが、スペインはイギリスより時計を1時間進めて生活している国なので感覚的には、今は5時43分というところだ。だから、ようやく東の空が白くなりはじめたところで、空気はヒンヤリとしている。しかし空を見ると雲はほとんどなく、今日は晴れそうなので、寒さを心配しなくても良さそうだ。

その空を何という名前の海鳥だろうか、数十羽の群れがいくつも南から北の方向へ飛んでいく。

朝食

 7時20分になったので1階のロビーへ朝食に行くことにした。もちろんビュッフェスタイルなので適当に空いている席を確保してから料理を取りに行った。

11日の朝食 助六寿司を食べた後の朝食

メニュー

ハム2種、サラミソーセージ、スライスチーズ、パックチーズ、牛乳、ヨーグルト

ビュッフェスタイルでは野菜サラダや果物やタマゴがあるものだが、ここには全くない。パンはあるが、牛乳もコーンフレークなどのシリアル用に置いてあるだけで、飲料用としては置いてない。やむを得ずそれをコップについで持ってきた。

ハム・ソーセージはドイツなどほど塩辛くないが、旨味には欠けている。パックチーズの味は良いが柔らかくて少しべとついているのに対して、スライスチーズはやや堅くて不味い。全体に寂しい朝食である。パックチーズをいくつかポケットに入れて7時40分に終了。45分に太陽が出てきた。

出発

 部屋に戻って持ち物を確認しているうちに8時30分になったので、ロビーに降りて出発を待つことにした。それにしても今日のフリータイムはどうしよう。

待つほどに山上さんもロビーに来て「おはようございます」と挨拶をしたのだが、まだ初対面のようなものだから、言葉がお互いぎこちない感じがしている。

53分になるとバスが来たので、空いていた運転手側2・3列目の席に座った。

59分に全員がそろって出発。山上さんが「皆さんおはようございます。今日のバスは午前中だけです。運転していただくのは“ヘススさん”です。ヘススさんよろしくお願いします。」拍手。「今日はこれよりサグラダファミリア教会の観光に出発します。サグラダとは聖なるという意味で、ファミリアは家族という意味ですから日本では“聖家族教会”と呼ばれます。建て始めたのはご存じの“アントニオ・ガウディ”であることは有名です。そのあと昼食、午後はフリータイムとなっています。フリータイムの内容についてお問い合わせがありましたので、現地旅行社に電話をしましてプランを考えてもらっています。途中、その内容がわかり次第ご紹介したいと思っています。」と説明をしながらバルセロナの市街地図のコピーを全員に配布してくれた。その間に、バスはバルセロナの郊外から市の中心部に向かって、ロータリー式の交差点を何度も経由して走っていった。ヨーロッパでは土地に余裕があると、交差点は信号でなくロータリー式にするのが一般的だ。バルセロナ市内に入って右折左折を繰り返し、グランピア通り(地図ではカタラナス通り)を走っている。やがてテトゥアン広場の交差点に近づくと、山上さんが「皆さん今日の昼食と夕食レストランはこの道路に面しています。」とレストランの位置を教えてくれた。

ヨーロッパに来るといつも感心してしまうのが、ロータリー式の交差点です。

これは、最近の日本でも注目されてきているようで、「ラウンドアバウト」というようです。2013年に長野県の飯田市が初めて導入しました。


バルセロナ空港をバスで出発したのは、日本時間で言うと朝の6時。

家を出てからちょうど24時間が経過していました。

でも夜の10時ですから頭と体が変になっています。


バルセロナ着陸とHoliday Inn Express

スペインに合わせて時計を1時間進めたので、7時19分は8時19分になった。

機はフランスの西側をバルセロナに向かって南下し続け、9時にバルセロナの町の光が見えてくると10分後に着陸をした。24分に到着ロビーで集合、35分に入国審査、45分にスーツケース受け取りと滞りなく進んでいき、55分にはバスの人となっていた。山上さんが「皆さんお疲れ様でした。このバスはホテルへ移動するだけで、明日からは違うバスに乗ることになります。なおこのバスにはお水を積んであります。500ccのペットボトル1本が1ユーロですのでご利用下さい。」という話を聞きながらホテルに向かって20分ほど走り、バスは10時13分にHoliday Inn Expressに到着した。降りるとき、皆さんと同じように運転手さんから水を2本買っておいた。ホテルには水のサービスがないからだ。
Holiday inn Express Holiday Inn Express
ロビーで、山上さんから「皆さんお疲れ様でした。お部屋の鍵と明日の予定をお配りします。私の部屋は103号室です。お知らせしたとおり、今日の夕食はございません。明日の朝食は7時30分頃からでこのロビーの隣です。明日の出発は9時ですのでそれに間に合うようにおいで下さい。このホテルには連泊となりますので、明日はイヤホンガイドと貴重品などの手荷物だけをお持ち下さい。また24チャンネルで天気予報を流していますからごらんになって下さい。バスの座席ですが、明日から公平になるように座席表を張っておきますからご確認下さい。明日の午後はフリーとなりますが、バルセロナの地図をお配りします。マイバスという観光案内もありますので調べて明日ご報告します。」という連絡を受けて部屋に移動していった。

110号室

 部屋に入ったのは10時30分を過ぎていた。家の布団を起き出してから25時間ぶりにベッドに横になれたのだ。

ホリディインの110号室 ベッドは清潔な110号室

この部屋は清潔な感じがして静かなのでなかなか良いのだが、日本的な感覚で見るとどこかおかしい。飲み水は置いてない。シャワーとバスタブはあるがシャワーの水が外に飛び出しやすく使いづらい。そのせいか、柱の床付近がはがれている。トイレの紙の位置が後ろ側にあるので取りにくく、洗面台の位置が高すぎて女性は使いづらいだろう。また洗面室のドアの建て付けが悪く、力を込めて閉めようとすると“大きなきしみ音”がするので少し開けたままにしておいた。エアコンもうるさいのでスイッチを切ってしまった

良いことは、湯沸かし器、ドライヤー、ティッシュがあることだ。

疲れていたので、そのまま寝てしまおうとも思ったが、がんばってシャワーを浴びベッドに潜り込んだ時は11時を遙かに過ぎていた。


「お・も・て・な・し」を海外で期待する方がおかしいのかもしれません。

でもそれを期待している自分がいるのです。

やはり、I am a Japanese.

ようやくヒースロー空港に到着し、今度はトランジットでバルセロナです。

ヒースロー空港は継ぎ足し継ぎ足しのような感じなので、トランジットをするには長い距離を移動しなければなりません。


時差調整

 時計は午後8時27分になっていた。機はコラ半島に入ろうとしている。この辺りで時計をロンドン時間に変えておこう。だから時計を9時間戻して、今は11月11日(月)午前11時27分。スペインだったら11日(月)12時27分となる。

あと3時間半ほどでロンドンだ。着陸は14時55分の予定。

ふと考えた。時差の関係でコラ半島の今の時刻は14時30分頃だから、夕焼けが続いていると考えたのは間違っている。冬至が近く、北極圏に入っているから、この辺りの太陽は昼でも僅かに顔を出す程度で、まもなく顔すら出さなくなってしまうはずだ。

だから、コラ半島から南下を始めると外がだんだん明るくなってきた。地球は傾いている。

機内食2

時計は午後1時15分を指している。とにかく時間の過ぎるのがなんと遅いことか。後ろの方では飽きてしまったのだろうか、幼児の泣声が聞こえてくる。脇の通路をキャビンアテンダントが前方に食事を運んでいったので、そろそろ2回目の機内食のようだ。時刻から考えるとこれはイギリスの昼食なのだろう。

機内食2 イギリス時間でいうとこれは昼食?

メニューはマカロニグラタン、水、チョコレート、紅茶

これもイギリスは紅茶のみ。マカロニグラタンは可もなく不可もなし。

ロンドン・ヒースロー空港着陸とトランジット

 なんということもなく時間が過ぎ、午後2時30分になった。

機長が“着陸は3時頃、ロンドンの気温は12℃、天候は雨”とアナウンスをしているが、我々はトランジットだから関係ない。2時55分、機は高度を下げつつ、円を描き蛇行をしながらテームズ川の河口からロンドンに侵入している。飛行場が混雑しているのだろうか、その中を3時11分ヒースロー空港に着陸した。外は雨。

機を降り、空港ビルに入ったところに集合すると、スペイン行きの搭乗券が配られた。搭乗券にはBA482便、21BC席と書いてある。

3時40分にシャトルバスでトランジットの5番ターミナルへ向かった。バスを降りてからエスカレーターを2つ乗り継いで地下2階から地上2階へあがると、そこのゲートでパスポートと搭乗券を、4時13分に手荷物を検査された。ここの検査はとても厳しく、あちこちで検査機がピーピー鳴り、その都度ボディーチェックをされている。確かこの空港では2006年にテロ未遂事件が起きたので、この厳しさはやむを得ないのだろうが、乗客にしてみれば不便きわまりない。
手荷物の厳重検査 手荷物を開けられている旅行者
我々も成田で厳しいチェックを受けてきたのだが、この空港で引っかかって、テーブルの上で手荷物を開けられている人もいたくらいだ。

4時30分に手荷物検査の階からクリスマスツリーが飾られた下の階に降り、BA482便バルセロナ行きの出発ゲートが表示されるのを5時25分まで待つことになった。

しかし、予定が遅れ5時44分になってようやくA8ゲートと表示されたが、離陸は予定通りだというので急いで歩いて移動することになった。ゲートに着くとすぐに搭乗し、6時には21BC席に座っていた。山上さんは7D席とのことだ。

バルセロナへ向けて離陸・機内食3

 機体はエアバスA320で中型機だろうか、座席は27列6席で160程度だ。6時17分にスポットを離れたが滑走路が込んでいるのだろうか、40分になって40秒の滑走で、やっと離陸をした。するといつになく早くシートベルトサインが消え、7時00分に機内食が配られてきた。

機内食3 一応夕食になるのでしょうか。飲み物なし

メニューはレタス、トマト、サラダを、ナンのような小麦の薄焼きで春巻きのように包んだものだった。具はおいしいが小麦の薄焼きは味がなく、それほどうまいものではない。

期待はしていないが、何か釈然としない気持ちになってくる。


飛行機も長距離バスや電車と同じ乗り物になってきていると思いながらも、機内食に少しの期待をしている自分は田舎者なのでしょうか。


飛行機での長距離移動で、楽しみの一つが機内食。

英国航空はどのような機内食を準備しているでしょうか。

英国料理を基本考え、経費節減を考えると期待はできないのですが。


機内食1

 1時10分になると、1回目の機内食が配られ始め、キャビンアテンダントが、“チキンライスかパスタか”と聴いてきたので“パスタ”をお願いした。

さらに、飲み物は何にするかというので、イギリスのビールをお願いすると「すみません。イギリスのビールはコストカットの関係で置いてないのです。日本のビールもありません。ハイネケンと、タイガーです。」といわれたので、タイガーをもらうことにした。

タイガービールはオランダのハイネケン社の合弁会社製造で本社はシンガポールにあるそうだ。シンガポールはイギリスの植民地であった。

ロンドン行き 機内食1 1回目の機内食

メニューはミートボール5個入りのパスタ、ポテトサラダ(トマト、オリーブ、レタス)、パン、デザート(アップルパイ、クリーム、マーマレード)

味はよい、といっても作ったのは日本だろうし、米とパスタではイギリスが何処にもない。

1時30分食事を終了。このころ機は中国からロシア領に入ったよう
だ。

プラスチックのフォーク プラ製食器はこれからの旅の必需品

コストカットは食器にも表れ、ナイフやフォークもプラスチック製になっている。それだけ英国航空の経営は厳しいものがあるのだろうか。そういえば、チャールズ・ブランソンという男が「バージンアトランティック」という格安航空会社をつくった国だから、そこと競争するにはこれでもまだ足りないのかもしれない。

軽食サービス

 やっと5時を過ぎた。食後のこの3時間は苦痛以外の何ものでもなかった。離陸してから5時間も狭い座席に押し込められているので、背中やおしりが痛くなり始めているし、この状態をあと7時間も維持しなければならないと思うと嫌になってしまう。

すると、5時30分に軽食が配られてきた。1回目の機内食は1時過ぎだったので昼食、今回は軽い夕食というイメージなのだろうか。イギリス時間だと8時30分なので朝食だろうか?

軽食 夕食?おやつ?よくわからない軽食

メニューはウェールズの水、スナック2つ、クラッカー、サルサソース、チョコ

味はそんなにうまいものではない。どうもイギリス人の食べ物は、食べられればそれでよいという感じがしてならない。伝統重視で新たな工夫をしないからだろうか。高級品はそれなりの味をしているだろうが、我々は庶民だ。

カップヌードル

 7時になろうとしている。外はずっと夕焼けで、5時頃からずっと続いているのだ。飛行機が太陽を追いかけているからなのだが、気にし始めると変な気持ちになる。座席のモニターでは、シベリアのヤマル半島から北極海へ出てさらに西へ向かっていること、高度10000mを時速850kmで飛んでいること、ロンドンまでは残り4000kmで4時間30分かかることを表示している。

7時30分にはノバヤゼムリヤの南を通過している。ほぼ北緯70度だから人生でもっとも北を通過しているのではないだろうか。

暇なのでそんなことばかり考えていると、どこかからカップヌードルの匂いがしてきた。すると隣から“カップヌードルをもらってこい“という声が聞こえてきた。しょうがないから、機内の最後尾にあるギャレーに行って、一番スタンダードなカップヌードルをもらって来て渡すと、10分ほどでペロリと完食をしていた。

機内で、おやつ代わりにカップヌードルを提供するのはとても良いアイデアだ。


飛行機でのカップヌードルは面白いアイデアだ。そういえば今まで乗った飛行機でカップ麺を置いてあったことは一度もなかった。

これは安直だが、日本人が乗っている飛行機では良いアイデアだ。

離陸するときの高揚感は何とも言えません。

今回は客室乗務員をなんと呼んだらいいのか迷ってしまったのでちょっと調べてみました。



離陸

 11時17分に機はスポットを離れたのだが、スポットを出たところで停止してしまった。31分になってようやく動き始め、たった1つしかない4000m滑走路の端にたどり着いた時は50分になっていた。着くとすぐにフルスロットルで滑走を始め、40秒後には空に浮かんでいた。機はそのまま太平洋に飛び出し、大きく左向きにUターンをして成田上空に戻り、本州を横断して12時20分には新潟上空を高度9500m時速750kmで飛んでいた。

ワイン 英国航空の仏製・西製の白ワイン 

シートベルトのサインが消えると、12時34分にお飲物が配られ始めた。本当は、イギリスのビールをもらいたいのだが、とりあえず白ワインをお願いすると、スペイン製(18.7cl 13%)とフランス製(187ml 12%)のものをくれた。cl(センチリットル)という表示もヨーロッパ的でおもしろい。

イギリスの飛行機なのにスペイン・フランスワインもないものだ。“本場のビールくらい準備しておけばいいのに”とか“それにしてもこのワインはあまりうまくない”などと文句を言いながら、ちびちびと飲み干しているのだからしょうがない。

機内

 英国航空には今回初めて乗った。様々な国の飛行機に乗ってみると、その国の気質というものが現れているような気がする。英国人は一般的に感情を抑制しているといわれるが、客室乗務員はあまり言葉を発せず静かだ。また体もあまり大柄でない人が多いので機内が広く感じる。日本人乗客もあまり羽目を外さないから聞こえる音といえばエンジン音と客室乗務員が動く音だけだ。

このころ、機は北海道西側の日本海を北上している。13時00分。

機体は新しいもののようで、座席のモニターは、すべてタッチパネル式だ。しかしこれが欧米人の感覚で作られたものなので、使いづらい。トイレに入ってみると、トイレのフタのネジが緩んでいてガタガタしているのはいただけない。ドライバー1本で直るものだからさっさと直してしまえばいいのにと思うのは日本人だろう。何しろヨーロッパは階級社会だから、人々は与えられた仕事以外は決してしないし、途上国は修理というものをほとんどしないからこのような不具合はよくあることだ。

そのうち、頭の中に“バスが遅れている。間に合うかわからない”という焦った気持ちが駆けめぐっていた。“これはいけない、どうしたらいいんだ。”とバタバタしていると、ふと視界にバスとは違う景色があらわれてきた。“これは何処だ”と混乱している頭を整理してみたら飛行機の中ではないか。どうも、ほんの数分眠りに落ちていたようだ。この焦りと安心した気持ちの中で、右手をみると口を開けて動かない人が一人いた。

客室乗務員

 スチュワーデス、男ならスチュワードと呼んでいたが、最近はそう呼ばなくなっている。

スチュワードを調べてみると、古代英語のstig(豚小屋)のweard(番人)が語源らしい。昔、豚は重要な財産だったから、スチュワードは重要な仕事だったのだが、「豚の番人はひどいだろう」「客を豚扱いするのか」とクレームがたくさん出たらしく、この言葉を使わなくなったそうだ。

聞くところによると、最近はフライトクルー、フライトアテンダント、キャビンクルー、キャビンアテンダント、スカイサービスアテンダント、スカイキャスト、サザンスマイルアテンダントなどと航空会社によって呼び方が様々あるようだ。日本人は意味もわからずすぐにカタカナ語を使ってちょっとおしゃれなイメージに浸る癖があるので、それがすぐに氾濫して何がなんだかわからなくなってしまう。

じゃあなんと呼べばいいのか困ってしまうが、キャビンアテンダント(CA)が妥当なところだろう。ちなみにキャビンは船室、アテンダントとは付添人、接客係という意味だそうな。花形だったキャビンアテンダントも、今や非正規雇用がたくさんいるふつうの職種になっている。


スチュワーデスの語源が「豚小屋の番人」だったとは初めて知りました。

飛行機の文化は新しいからそうなるのでしょうか。

そういえば、機長の制服は、船長の制服を使っていますしね。

あちこちからの寄せ集めのようです。

成田に向かう電車やバスの人を観察するのも面白いものです。

そういえば成田空港の雰囲気も変わってきたように感じるのです。

考えてみれば、空港といってもタクシー乗り場、バス停、電車の駅みたいなもので、飛行機が速いのと、とってもきれいなお姉さんが乗っているだけなのです。
きれいなお姉さんは好きですけれど。



11月11日(月)

出発

 飛行機の出発時刻から逆算して、5時30分に起床し、家の中の片づけをしてから、牛乳・ヨーグルト・バナナで食事を済ませ、6時55分に玄関をでた。“鍵締めよし”の確認は忘れない。外に出ればすでに霜月11月、空は曇っているが雨の様子はなく、朝の空気はひんやりとして気持ちがよい。例年ならばもっと寒くなっているはずだが、今年はまだ夏の名残が残っているようだ。

7時07分発の電車に乗り、22分横浜駅、27分YCATと経由して7時30分には成田行きリムジンバスの後ろから2つ目の座席の人となった。

今日の京浜急行の電車は上りも下りも混んでいた。サラリーマンは週の初めだというのに疲れた顔をしているが、これで今週を乗り切れるのだろうか。小学生もすでにたくさん乗っている。この歳から電車通学とはこの子供たちの人生も苦労が絶えないことだろう。

などといつもの車内観察だ。バスには22人が乗っている。

しかし、バスは成田まで100分といつもより20分も遅れるということだから、成田には9時10分に到着ということになるだろう。湾岸高速道が工事中で横羽線を走るためだろう。ところが7時39分に横羽線に乗ると早速渋滞が始まってしまった。成田集合の9時20分に間に合うか不安がよぎってくるのはいつものことだ。

このころになると空を覆う雲の切れ目から朝日が差してきた。40分浅田を通過。車内には話し声はなく、ジーゼルエンジンのパッパッパという小刻みな音と、タイヤが路面をこする音が聞こえるのみだ。8時00分大師橋を過ぎてから湾岸線に乗り換え、08分羽田を過ぎる頃から道路は快調に流れ始めた。いつものように大井料金所、お台場、葛西ジャンクション、幕張と過ぎていく。千葉県下総地方の水田は刈り入れも終わり来年に備えて静かにじっと休んでいる。9時02分成田料金所を過ぎ、06分に車両とパスポートチェック場を通過し、10分に成田空港第2ターミナル南にバスは停車した。

成田空港

9時15分に団体カウンター9番~18番のJTB旅物語へ行くと、そこに山上さんが待っていた。

添乗員さん 添乗員の山上さん

イヤホンガイドと搭乗券を受け取り、Sカウンターへ移動して英国航空の窓口でスーツケースを預け、南時計塔に戻ってきたときは9時25分になっていた。

35分になると今回の同行者が全員集まり、山上さんが話しを始めた。「皆さんおはようございます。私は今回添乗させていただきます山上と申します。“やまかみ”と濁りませんのでよろしくお願いします。私の方でもう少し細かい日程表を作成しましたので、お渡しします。今回の旅行はだいたいこのスケジュールで進んでいくと思います。」

山上さんのフルネームは“やまかみゆき”と言うそうだ。ロングヘアーのしっかりした方のようで、配られた日程表の文字からもその性格がにじみ出ている。

「搭乗する飛行機は、72番ゲートです。手荷物検査や出国審査を済ませて10時50分までにゲートに御集合下さい。時差はイギリスが-9時間、スペインは-8時間です。ユーロへの換金もしておいてください。ご質問がありましたら解散のあとにお願いします。」ということで解散になった。

「すみませんが、バルセロナの1日目の午後のフリータイムなのですが、何かプランはあるのですか?」と聞くと「ありません。」と言われた。

初めての土地で“どうぞ”と放り出されたらどうしろというのだろう。とにかく何か対策を立てておかねばならない。ガウディー関係のものを見に行くか、市内をぶらぶらするか、スーパーマーケットを探して見に行くかくらいしか思いつかない。

ユーロは以前交換しておいたものが残っていたので、それを使うが今日の交換レートは135円くらいだ。

一休みしてから、手荷物検査に進んだのは10時06分。カメラ、時計、ベルト、メガネ、筆記具など身につけている金属類はすべて取り去ってからゲートをくぐると、今回は無事に通過だ。無事通過は久しぶりのことなので、感激。

続いて出国審査。パスポートにスタンプをもらうが、このときはいつも“無事に行ってきてください”というメッセージをもらったような気がするのは考えすぎだろうか。

10時20分に72番ゲートについたが、やはり英国航空には便利なゲートを使わせているような気がする。スリランカ航空などとは大違いだ。

出発ロビーで待つうちに、50分になり搭乗開始になったが、今日は満席だそうで、列がなかなか短くならない。それでも、列が短くなってきた11時00分に並ぶと、04分には47DE席に座っていた。機内の混雑が10分頃に収まってきたのだが、47F席には誰も来ない。運がいいことに、この席は我々のものになりそうだ。

この飛行機はB777-300で、座席はほぼ満員となっていた。

これからこの狭い席に12時間も縛り付けられると思うと、気分が暗くなってしまう。これがヨーロッパ旅行の最大の問題だ。


それにしても心配なのは、バルセロナでの半日自由行動だ。今のところノープランなのでそれだけが頭に引っかかっている。

スペイン・ポルトガルの旅日記がようやく完成しました。

少し長期になりますが、連載いたします。



旅 物 語

スペイン・ポルトガル

よくばり2ヵ国 10日間 

バルセロナ → クエンカ マドリード

→ トレド ラ・マンチャ地方

→ コルドバ グラナダ → ミハス 

セビリヤ → エボラ リスボン
 → ロカ岬 シントラ → エボラ
 → リスボン


  サグラダファミリア   白い風車
   サグラダ・ファミリア       ラ・マンチャの白い風車

10日間

出発 2013年11月11日(月)

帰着 2013年11月20日(水)


はじめに

10月の終わりに「スペインも、あと3週間後になった」と言われ「エッ」と心の中で驚いた。そういえば、何ヶ月か前に「スペインへ行かないか?」と言われたので「ウン」となまくら返事をした記憶がある。その後、記憶から薄れていたのは、今年の夏があまりにも暑く、夏ばて気味であったことも理由のひとつだ。

そのため、旅行の準備をする気にもならず漫然と過ごしていたのだが、出発日が迫るに従って今までになく重い心と体を引きずりながら準備を始めた。そのうちJTBから旅行日程表が送られてくる、添乗員の山上さんから確認の電話が入ってくるなどして、否応もなく体にスイッチを入れざるを得なくなった。

そうこうしているうちに出発の3日前になので、スーツケースを取り出し、持っていくものを部屋に広げて何とか詰め込んだ。ネットでスペインの気温をみると日本とほとんど変わらないが、山上さんは「寒いからコートを持ってきてくれ」と言うので、その準備もしなければならない。寒い季節の旅行はこれが一番の問題だ。


これから成田を出発します。旅行は行く前のごたごたが一番楽しいのかもしれません。

世の中は常に変化をしているのですね。

人がたくさんいるところは、変化があって面白いものです。


皆さんのお買い物

 アメ横では何を買っているのだろう。今は暮れなので、お正月用品が中心になっている。その中でも海産物関係が景気がよい。見ていると飛ぶように売れている。マグロの中トロ8800円と書いてあるのに1000円で良いと呼び込んでいる。この呼び込みの声も、毎日の発声の賜物だろうか、通り過ぎようとしている人を立止まらせる魅力と味を発揮している。それは、一朝一夕で身につけられるものではない。

ついつい財布のひもをゆるめてしまうのだろう。帰路に就こうとしている人は両手に大荷物を提げている。

メインの通りに面している、正月用品以外のものを売っているお店でも、お店の半分ぐらいに正月用品を並べ、呼び込みをしているから、その姿勢は臨機応変といったところだろう。メイン通りから一歩内側にはいると、化粧品や装飾品、衣料品、酒などの店なので歳末の雑踏とはあまり関係がない。表通りの大混雑から逃れた人が、いろいろ物色していく程度で閑散としている。今度来たときは、いくつもある中通りや横通りを歩いてみよう。

アメ横の価格

 かつてアメ横で売られているものはとても安い感じがしていた。ここで仕入れて地元に持っていけば、大儲けが出来るような価格であった。

今回あっちこっちの店を見て感じたことだが、それほど安いとは思えないのだ。逆に地元スーパーよりも高いものがたくさん置いてある。感じとしては薄利多売というアメ横のコンセプトを捨ててしまったのではないだろうかと思えてしまう。大きなお菓子の店にも入ったのだが高い。そのお菓子屋はスーパーマーケットも経営し始めたようだが、そこで売られていた缶詰は140円近くしていた。しかし地元のスーパーでは、同じ品物が100円以下で売られていたのだ。飲み物、お菓子も同様で安くない。既にかつてのびっくりするような安さというものはアメ横からは消えてしまったのだろうか。

帰路

 年賀状を買うと、今日のお買い物は終了だ。横断歩道を渡って、目の前にある「御徒町」の駅に1時50分に戻ってきた。朝、到着してから3時間20分のアメ横散歩になっていた。駅前でキリスト教団体が「悔い改めよ。最後の日にあなたは救われる。」とスピーカーで流しているが、それに耳を貸している人は誰もいない。さらに、その声は電車が通過する音と、道路を走る車の音で途切れ途切れにもなっている。

1時55分の山手線外回りに乗って、「秋葉原」「神田」「東京」「有楽町」「新橋」「浜松町」「田町」と過ぎ「品川」に着いた。2時17分品川、3時34分川崎と経由して家に着いたときは2時45分になっていた。電車賃往復390円×2=780円の散歩は、たくさんの刺激を受けたものになっていた。

春になったら、お天気の良い日を選んでまたアメ横散歩をしてみよう。歳末とは違った雰囲気があることだろう。「閉店売り尽くしセール」のお店はまだセールを行っていると良いのだが。



アメ横散歩はこれで終わりになります。

散歩ですから、これからもぶらりと出かけようと思っています。

ひょっとすると、このブログを読んだことがある人と横丁ですれ違ったりしていて。

それを想像するだけで楽しくなります。確率的には相当に低いですけどね。

久しぶりにアメ横に来て、一番の変化を感じたのは外国人の多さです。観光目当ての外国人だけでなく、そこで商売をしている人・店員をしている人が多いのです。

国際化なのでしょうか。


地下食品街

 お菓子を買ってから御徒町方面に戻ってくると、「アメ横センタービル」の三叉路の角にはテレビに良く出てくる海産物屋がある。三叉路には朝はなかったが、午後には柿の種などを売る屋台がでていた。トイレに行きたくなったので、「アメ横センタービル」のトイレにはいることにした。ビルの脇からエスカレーターで2階へ上がり、一番奥にあるトイレで済ませてからメインの通りへ戻ってきた。

お買い物

 いよいよ帰りが近くなったのでお買い物をしなければならない。乾物屋でスルメを5枚1000円、魚屋で鮭の切り身10枚で1000円、200円くらいのおつまみ袋7つで1000円、正月用品を売る店でお餅2袋800円とカマボコセット1000円、B5くらいのショルダーバッグ1000円と買い進んで来ると、リュックはすぐ一杯になり、比較的軽いものを手に持つことになった。

御徒町側の端に来て、金券ショップで年賀状を10枚買って、お買い物は終了。

中身はともかく、暮れのひとときアメ横の雑踏でお買い物をしたことで満足だ。

閉店売り尽くしセール

 振り返ってみると、時々声を張り上げて「今年限りの閉店セールです。店内のものは全て3000円。値札の数字は関係ありません。長いことありがとうございました。閉店売り尽くしセールです。」と客を呼び込んでいるところがいくつもあった。

その声に吸い寄せられる客がかなりいたが、何か変だ。売り尽くしセールを行っているところはカバン・バッグのお店と時計のお店だけだ。

これも商売の手段かもしれない。おそらくこれらのお店は、1ヶ月後に行っても売り尽くしセールをしていることだろう。

この手を使っている乾物屋、宝石店、洋服店は1つもない。

外国人

 外国人はたくましい。雑踏を歩いていると、中国語や韓国語など外国語を話しているお客さん方とたくさんすれ違う。お店にも様々な国の人を見ることが出来る。ある肉屋さんで包丁をふるっていたのは黒人の人だが、日本語で応対をしている。黒人の人が店番をしている洋品店がいくつもある。彼らの出身国はどこだろう。

以前と違ったスタイルの店として、屋台式の食べ物屋がいくつも出店している。そこではケバブや点心などを売り、店の前に机といすを置いてそこで食べさせていた。

トルコの国旗を掲げてあるところがあり、客引きをしているトルコ人のおじさんに「メルハバ」と挨拶をしたら、驚いて「メルハバ。メルハバはこんにちはと言うことだよ。」とニコニコして言葉を返してきた。

中国人は点心、韓国人はキムチやトッポギを売っているのが見られた。


自分の買い物も終わりましたので、そろそろ帰ろうと思っています。

横丁は時間とともに、さらに人出が増えてごった返しています。