昭和時代の話だが、我が実家の敷地内で毎日このような姿を見かけていたことを覚えている。
無許可であったのなら、平成の世、また東京というお土地柄では間違いなく不法侵入者扱い
されていただろう。
こんなおばあちゃん達もよく見かけていた。
ぬ!この力、尋常ではあるまい・・・どんな力学が働いているのだ!?
GYO-SYO!(行商)
ぐっと現代風に近づけると「直販」とでも言おうか。
知的度をアップさせたいときは「ダイレクトセリング」と言ってみよう。
行商は、有史以降ビジネスの根幹ある。
物々交換の進化ヴァージョン。等価交換のおシャレ版。
もはやわが身と一体化したリアカーや背中の巨大ケースには、お金に換えるためのお宝アイテ
ムがわんさか詰まっている。
よってお店の軒先で、誰かが通り過ぎるのを日がな一日ボーーーーっと待ち続けることもなし。
新鮮なものは、新鮮なうちに。
旬のアイテムは、旬なうちに。
素敵なものは、素敵なうちに。
それが、取り扱うモノに対する、最大級の敬意である。
お宝であればあるほど、誰かに伝えたくなるのが人間心理である。
自らの足を使い、距離を稼ぎ、漁場を探し当てながら、コミュニケーション能力を武器にセールス
していく、極めてアグレッシブなビジネススキルなのだ。
そして、圧倒的多数を巻き込む力が問われる。人間力が問われるシリアスな面を持つ。
ここでようやく、一考の機会を得る。
やれ水だ、やれ食糧だ、と風のウワサに惑わされる前に。
我々、ビジネスという土俵で社会貢献を考えるものは「商売道具」をいの一番に詰めるべきでは
ないのか?
ちょいとそこの旅人よ。
あなたが後生大切に抱えている頭陀袋には、一体何が詰まっているのだ?
その頭陀袋を抱えて、一体どこに雲隠れするのさ。
今こそ行け!己のお宝、商売道具を詰めて。
コンテンツの在庫不良?商売あがったり?そんな甘きを許してはならない。
「人にモノを売る」というその深さを、今もって知るために。
頂いたお金の質感、匂い、物語を、今もって知るために。
人のつれなさ、無常さ、太陽よりも身にしみる暖かさを、今もって五感に刻むために。
あなたを訪れを待っている人は、必ずいるのだ。そう信じるのだ。
あなたの「やじきた道中記」は、10年後レジェンドと呼ばれているかもしれないのだ。
そして袋の中身がなくなったら、再び己を待つ世界へ戻ってくればよい。
あなたが無事に戻ってくることを、切に祈っている人だっているのだ。
テーマソングは定番の「水戸黄門」とKREVAちゃんの「アグレッシ部 」で行こう!
モノを持っているのなら、少々重いがモノを担いで出かけよう。
知恵を持っているのなら、一人でも多くの人に「直接」伝えに行こう。
技術者は技術を、ダンサーなら芸術的演舞を、クラブ勤めならめくるめく極上のサービスを。
料理の腕前があるのなら、包丁一本、さらしに巻こう。
そして、行く先々で辻説法をかましてみよう。
「私のお宝、めっちゃイケてるんですけど!」
「そんなのネットがあれば十分」という人よ、今こそなまった体を動かして、顧客の声を聞くときだ。
インターネットも結局体温。インターネットはただのツール。
人間に血が通うかぎり、温度が感じられないものには本能的に目もくれない。
それが動物だ。野生の動物の姿であるべきだ。
お金の付加価値、たかが紙切れの枚数だけに明け渡すわけにはいかぬだろう。
元本割れ、その感覚は己の身勝手な強欲さから来ていることにまだ気づかぬのか?
「私には何も売るものがない」ですと?
夢と希望と義理人情、美学と哲学、志を貫いた人が最後にワハハと笑うのだ。
これらはすべて無形である。
あなたが動けば、世界が動く。
おめでたくてよいではないか。今こそバタフライ理論を唱えよう!
急がば回れ。
自宅、仕事場、お店の外・・・あなたをやんわり守っていた殻から一歩出た瞬間に行商の果てし
ない旅が始まる。
行商とは「誰にとっても普遍であるもの」を探し当てる、一番確実な方法でもある。
だって、動いた先々、目の前で生身のマーケティングができるのですよ?
これ以上の効率があるものか。
但し、旅立ちに際し一つだけ絶対条件がある。
「今いる場所は必ず死守する」そう誓うこと。櫓の足場を固めること。これらの約束を守ること。
必ず帰ってきます!古代進になりきって、本当に信頼できる人にそっと手紙を託していこう。
それでも泣きたくなる時は「アグレッシ部、アグレッシ部・・・」と呟いていこう。
攻めろ。そして生きぬけ!
思うところあり、ワタクシも出来るだけ早々に行商ツアーへ出かけようと画策している。
カバンひとつと、畳一枚のスペースさえあれば、そこはたちまちオンステージに変身する。
人生、自分の思うがまま。こうなればいっそ「艶姿・旅がらす」な世界である。















