ファンタジスタ、という言葉がある。


先般のキング・カズ然り。


はたまた、相当に記憶力の良い少女漫画愛好家であれば、不朽の名作'花より男子’の「西門さんは

私のファンタジスタなの」というセリフを思い出すのではないか。


(左上のこの人↓)


「私小説日和」 あんだー  the sun


チャンスは、準備が出来ている人の所にやってくる。


何度となく耳にする言葉だが、日本中を熱狂させたあのゴールとカズダンスを見たときにいよいよ

確信を持った。


体調、マインド、セルフイメージ。

準備万端だったからこそ「持っていくことができた」のだ。いや「持っていける」自分を信じていたのだ。


物事、すべてが結果論だけではないことを改めて思い知らされる。



最近は「社長になりたい」という若者が多いという。


たしかに「お金持ちになりたい」「セミリタイアしたい」という声も色々聞く。

はたしてそれが夢なのか、超現実的な願望なのかは定かではない。


しかし、そこに辿り着くまでどうしたらよいのか?というシミュレーションやキャリアパスを全く考えて

いない、もしくは答えることができないことが多いそうだ。

あらら・・・これは想像力の欠如というべきかい?


中途半端に悲観的なのは、「生まれたときから、不景気だったから」というのが真っ当な理由らしい。


いかなる状況であれ、時代のせいにする人は、いつ生まれても何に生まれ変わっても同じことを言い

ますよ~ん!間違いなく。


と、心の中で姑根性を出してみるのだが・・・どうでしょ。



ちなみに周辺でセミリタイア、ミリオネア・ビリオネア生活を実現している方々は満場一致でこう言う。


「若くしてアガリ(リタイア)しても、人生楽しくありまへーん!」 


たしかに、上記’花男’のF4も毎日退屈を持て余していた。ご参考までに。



先日、大変な「成功」を収められているある方とのご縁を頂戴した。


初めてのお宅訪問、手ぶらでノコノコ参るわけにはいかぬ!ということで急いでお茶請けを調達する。


季節を感じられるもの・・・そして、何かが伝わるもの。

相手の趣味思考、想像領域ではあるが、最大限に五感をフル回転させる。


そしてひとつを選択する。見た瞬間、即決である。

その茶菓子の外箱にはこう書いてあった。



「それぞれの春」


「私小説日和」 あんだー  the sun


成功したい!という賢しらなことを考える前に今一度。


そもそも「成功」とはどのような形をしているのか?見えるものなのか?見えないものなのか?

もしくは、誰かの価値観のうえに成り立っているのか?

自分なりの定義をトコトン考えてみるのも良いかもしれない。


そのうえで今、自分がどこに立っているのか。景色をぐるりと眺めてみよう。

それは気づいていないだけで、案外美しい世界なのかもしれない。



いよいよ新年度。


あなたの春、私の春。花の咲かせ方は人それぞれである。


説明不要、水嶋ヒロ氏が編集長を勤めるムック「GLOBAL WORK 」発刊。


「私小説日和」 あんだー  the sun


We 心 hard work! 今こそ、ハードワークを。


おお!と、思わず働きマン魂を触発するキャッチーなタイトルなのだが、本誌が提言するハード

ワークの概念は一般的解釈とは少々違う模様。

詳しくは水嶋氏×米倉誠一郎氏(経営学者・日本元気塾塾長)の対談、ご覧あれ。


ちなみにワタクシ’長谷部誠的バランサータイプハードワーカー’だそうで。意外かも。

(他、長友タイプ、本田タイプ、遠藤タイプ、川島タイプ、松井タイプがあります)



キャッチーといえば、幻冬社発行の「GOETE 」(ゲーテ)が発刊されたときには衝撃を受けた。

なんというか、全体の見せ方が秀逸なのだ。


言葉は悪いが’ガキお断り’な読み物が面白い。ただならぬ戦略の匂いを感じる。

読み終わったからハイ処分、という気にさせないのだ。


コンセプトは「24時間仕事バカ!は人生を謳歌する」。


そうそう、オレ(ワタシ)のことだぜ!と思わず手に取ってしまった方は多いのではないか。

ビバ!ワーカホリック全面的肯定。


現在発売中の「こんなに凄い!秘書の仕事」特集は、既に完売の匂いさえ感じる。

働き盛りの男性対象の雑誌ではあるが、女子でさえ、ちょっと覗いて見たいと思う。


ともすれば、歪曲されて下品になりがちな内容を「知的好奇心を満たす」という形で見事に消化

してしまった。


表紙の高島さんに履かせたハイヒールとアップヘアは完全に戦術!

男性の皆様、うっかりハマってしまったのでは?


「私小説日和」 あんだー  the sun


万人受けする言葉も普遍で魅力的。


しかし、ある特定の属性だけに向けた、強烈なビームのように発せられる意志ある言葉は内側を

容赦なく鼓舞する。


それが「熱狂」を生み出していく。

ふと、手持ちのノートの頁をめくるとこんな一言が書いてあった。



「心のゴージャス感」


「高貴なる欲求を満たす」



すっかり忘れていた、という時点でどうしようもなく愚かな自分を反省!


個人的な人生および今後仕事を展開していく上で、非常に大きなキーワードになりうる言葉であ

ろうと、数ヶ月前ある方のコンサルティングを受けていた際に走り書きで留めておいたのである。


あの時の閃き、まだ取り戻せるかな?

いや、取り戻す。


神は、紙の細部に宿るのだ。



別の話。

最近、おびただしいぐらいにある固有名詞が目に留まってくる。


誰かとの会話、お店の看板、たまたま読んでいた書籍の中のひとこと、訪れた場所、事あるごとに

その一言が飛び込んでくる。


仕組まれたみたいに。あるいは思いがけない地雷のように。

まるでエンジェルナンバー ではないか!


これは極めて個人的なことで固有名詞は割愛するが、おびただしく見え隠れするその現象が齎す

意味・・・いや、意味付けについては、本当は自分自身がよく解っているのだ。


潜在意識が、現象を顕在化させている。

もしくは、潜在意識を現象に当てはめている。そして、自分なりの解釈に落とし込む。


いずれにせよ、この小さな奇跡がいつまで続くのか楽しみでもある。

ここにもまた、神は静かに宿っている。


震災復興チャリティイベント

整体フェスタ in 馬車道(横浜)   4月2日(土) 14時~19時



「私小説日和」 あんだー  the sun

TOKYO SISEI-UP STUDIO 」コンテンツアドバイザーでもある、指針整体オフィシャルスクール主催

にて、震災復興チャリティイベント「整体フェスタ 」が開催されます。

予約不要、出入り自由です。


横浜方面在住の皆様はもちろん、会場はみなとみらい、横浜中華街も近いので観光やお散歩がてら

お立ち寄りいただけたら嬉しいです。男性の皆様のご参加もお待ちしています!


当日は整体、ヨガ、美容鍼、運動指導のプロフェッショナルによるセミナーを開催します。

もちろん、すべてのセミナーを通しで受講いただいてもOKです。

Emiさん のヨガを受講される際は、動きやすい服装でのご参加をお勧めします。


また、この度の運営につき、多くの身体のプロフェッショナル(医師、整体師等)の皆様からもご賛同

いただいております。詳しくはホームページ をご覧ください。


身体と心の声に耳を傾ける機会として、ぜひお気軽にご来場ください!



※なお、この度のご参加費(お一人様1,000円)については、全額日本赤十字社を通じて義捐金へ

募金させていただきます。

久々にアクセス解析を覗いてみました。

ブログ機能に疎いため、結果をどのように分析すればよいのか不明なので見たままを載せて

みます。



拙ブログ・・・

検索キーワード、ダントツ1位が 「井上志津佳 」(笑) 


ププ、完全にニコイチ状態ですな。


そういえば、シヅカさんのお知り合いや協会の方にも「あの、いつもご一緒に飲んだくれている

'あんだーちゃん'ですよね?」とお声を掛けていただくことがあります。


続いて「資金繰り」(更笑)


「あんだーちゃん」 というキーワードよりも何ゆえ多いのか。

資金調達コンサルタントでもなければ、銀行関係者でもないのですが。


面白すぎるのが 「あんとろいだー」、「髪を切る小説」、「キョンシー」

皆様、何をお調べになろうとしているのでしょうか?


「私小説日和」 あんだー  the sun


なるほどマニアックなのは 「I DANCE ALONE」


ジャニス・イアンや藤原ヒロシ氏のファンなのでしょうか。

映画「ユーリ」までご存知の方とは、個人的にお話が合いそうです。

ちなみに今、これ をお持ちの方・これから手に入れられる方は相当幸運と思われます。


いやー、面白い。

これからはもっと真面目に?アクセス解析してみます。

友人の住む鎌倉を久々に訪れる。


東京、激寒っ!花粉、ひどッ!

ということで、防御態勢を整えたのはいいが・・・これでは明らかに「怪しい人」である。


「私小説日和」 あんだー  the sun


実は、人生初・江ノ電。広島のチン電を思い出すわぁ。

この日は計画停電がなかったため、乗車率も上々。長谷寺、大仏狙いで長谷で下車する方が

多かった。


我々は稲村ヶ崎で下車。

程ほど波もあったので、サーファーも多数。

海を間近に育った人間としては、波の音にDNAがうずうず疼くのである。


「私小説日和」 あんだー  the sun


ランチは海岸沿い、人気の老舗イタリアン「TAVERNA RONDINO 」へ。


「私小説日和」 あんだー  the sun


船内をイメージした内装も素敵。イ・ビョンホン似のナイスガイのお給仕ぶりにもうっとり。

もちろんお味も素晴らしい。ついでにバースディまでお祝いいただいた。感謝!

通常予約なしでは入れぬようだが、時勢のためか若干客足が落ち着いていたようにも思う。


鎌倉方面へ戻り、小町通りをぶらぶら。

「鎌倉」と名がつくお店、商品、産物の多いこと多いこと。

競争も激しいだろうが、鎌倉に生き、鎌倉で商いをすることへの誇り高さが垣間見れる。


途中、思いがけずセドナストーンをゲット。これは相当にパワフルです。

アリゾナに行かずとも、さながらわが身がパワースポットである。


休憩は若宮大路の「茶来未 」にて。まさに'一服'。

ギャラリーさながらの店内で、カウンターバーよろしく世界最高峰の腕前の日本茶がいただける。


「私小説日和」 あんだー  the sun


目の前は教会、そして桜並木。もう少しでさぞかし美しい光景を見渡すことができるだろう。

ここ、お連れしたいな。瞬間的にある方の顔が浮かんだ。さて誰でしょう!


店主は不在だったが、スタッフの方と色々話をした。

この日、鎌倉にも客足が戻り、久々にお客様で賑わったらしい。本当に嬉しかった、と心を込めて

おっしゃっていたのが印象的だった。


計画停電の影響をストレートに受けるエリア、商売の難しさを改めて感じる。

特に鎌倉のような観光地は小売店がひしめいている。景気の動向は人事ではない。


日本茶を頂くと自然と時間がゆっくり流れる。それが日本茶の効用、日本人らしい態度である。

鶴岡八幡宮へと続く、鳥居の赤が美しい。


ああ、素晴らしき一日。

新鮮な鎌倉大根と菜の花も手に入れた。バーニャカウダ、炒め物でも作ろう。



自宅へ戻り、シャワーを浴びて鎌倉パワーの余韻に浸っていた頃、メールが入る。


岩手で被災した知人から・・・今現地にて至急必要なのは食料品。

水、野菜。火は通るのでどうにか確保できている。口に入るものなら何でもOK!

かなりの寒さらしいので、ホッカイロなどいいかもしれません!


ようやく交通、運輸も動きはじめたのである。


よっしゃ、待っててください!取り急ぎ空いているダンボールを探す。

復興も長期戦。それぞれの人生もまた、長期戦である。


いついかなる時も、決して止めてはならぬ経済活動。

それは生活の一部であり、コントリビューションの方法はそれぞれの舞台で考えればよい。

たとえば日本茶一杯でさえ、誰かの、心からの感謝をいただけるのである。


まずは我々、体力と知恵が有り余るものが稼ぎ、市場にお金を投入しながら、小さなムーブメントを

起こし続けていく必要があるのだ。


私は私の貢献を実行する。

そして私の人生を生きる。


よって、実態の見えぬ足の引っ張り合いなどにかまけている時間など、ない。

ブログ復活に際し待ってました、とかいつも見てます、などとお言葉を頂くことがあります。

本当に嬉しいです。ありがとうございます。ただならぬつながりを感じます。



たとえばこのように思いを実際に言葉にする時、自然と誰かの顔が浮かんでくる。


「その人」がこのブログの存在を知っているか?知らないか?それは定かではない。

何かの検索ついでに偶然発見されているかもしれない。


「その人」は、ある特定の人の場合もあるし、ある属性の人たちの場合もある。

仲良しの方もいれば、仕事関係者の場合もある。

気になる方もいれば、その逆の場合もある。

時々ぼんやりの想像で、まだ見ぬ誰かをも空想してみる。

壮大すぎるスケールで、全人類対象のこともある。


「その人」の存在が、ますます言葉を色濃くしてゆく。

ちょっとしたエッセンスの役割を果たしてくれる。


目に留まったら嬉しいな。読まれることに対しほんのり期待も寄せてみる。

小さな希望を乗せて、心を込めて伝えることがメッセージの基本である。


実はキーボードを打ちながら、人知れず涙を浮かべることもある。

これはさすがに感情移入すぎているのかも。いかんいかん・・・


数値のうえではいわゆるパワーブロガーでもなければ、飛びぬけて登録読者がいるわけでもない。

ましてや自分の持つ影響力など、考えが及んだこともない。


しかし、瞬間的に通過されるのではなく「確実に届いている」という確信はある。

なぜなら、言葉はエネルギーの塊だからだ。


考えた形跡のない、思考停止な発言ほど薄っぺらいものはないと、もはや断言してもよい。

ましてや、わざわざ「ソーシャルメディアを利用して」「ブログごとき」に自己主張する理由もない。


言葉とはときに、思いがけず暴力性を発揮する。

その本質を知ったうえで表に出すことの覚悟を問われる。


だからこそ、これからも自ら思考を重ね考え抜いた末の言葉、大切な言葉を綴っていきたいと思う

のです。



想像力を持ち続ける。

確実に届ける努力を重ねる。

そして、心に焚きつける。


これが私の定義する、真の相互コミュニケーション。

昨日の生誕記念日に際し、一日遅れで母からメールが届いた。

28年間「あなたは4月生まれです」と我が娘に貫き通していた、当の張本人である。


妙齢の娘に対するメッセージ、恥ずかしながらご紹介する。

方言交じり、身内特有のとんちんかんなニュアンス、突っ込みどころ満載の「余計なお世話」は

まぁご愛嬌ということで。行間のキラキラしたデコレーションも割愛。



昨日は誕生日だったのに、おめでとうも言ってあげんかったな。ごめん。

おめでとうも嬉しく無い歳になったな。

先ずは心配の無い生活をする事だわ。保険くらいは入っておかんとケガをした時に

実費はえらいで。(えらい⇒辛い、しんどい)

地震とか起きてケガをしたら即、困る。


東京に一花咲かす心意気で行ったんだろう。

その時の気持ちで頑張ってよ。



娘に対して心意気とは、まさに浪花節である。


昔から「その性格、母にそっくり!」と言われるのが大迷惑だった。

母自身も、似すぎているから衝突するということを大いに自覚していた。


しかしながら、この母にしてこの娘、なのだ。

何はなくとも窮地を耐え忍ぶ力、修羅場をくぐりぬける底力だけは天下一品なのである。


自分なりの一花を咲かせた暁には、母を四国お遍路の旅に連れていこうと思っている。

無期限にて心ゆくまで旅してもらおうと思う。


一般受けする話ではないので滅多に語ることもなかったが、幼少期、我々三姉弟は一年に2回

春と秋にお遍路の旅をしていた。

袈裟と数珠を携え、壁面に仏像びっしりの、一切の灯りがない洞窟で般若心経を唱えてみたり

修業の一環という名目で、炎の上も素足で歩いたりした。


生きるとは何か。死とは何か。そして、祈りとはなにか。


10にも及ばぬ身空で、肌身を持って体験させてもらった数年である。

熱狂的な仏教ファンとは言い難いが、それが我が家の流儀でもあった。

早期段階でぼんやり死生観を得ていたようだ。


巡礼の果てに辿り着いたお寺より振舞われたさぬきうどんやおにぎり、こぶ茶の味は今も忘れない。

うどんもこぶ茶も、今もって大好物である。


「これからの余生は、色々なものに感謝しながらお遍路をして過ごしたい」


ある日、母はこう呟いた。齢まだ60である。

ハワイもあるだろう、東京くんだりで豪遊もあるだろう。温泉旅行もあるだろう。


しかし、妙齢の娘としてまずはこの小さな願いを叶えてみせようと思う。

今度は私が、あなたを自由にする番だ。