ボクシングは科学か?⑩—ミメーシス— | ボクシング原理主義

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ボクシングの原理原則に則っとりながら技術論や方法論を分析考察。技術や意識の向上を目指したい、いちボクサーの見識メモ。
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遂に日本タイトルラウンドまで来てしまった



「ボ科か?」



ラウンド⑩




一体何処から始まったのか、、、

目眩くそれを追いかけては色んな事に直面し、
身体で言葉をすり抜けてはここまで来たれり。


そもそも

何の話だったのか忘却の彼方にGoToしそうな折に光と陰の廻り合いから、凡ゆる力動や新参階級や平等と統一への運動に分裂欲求や距離のパトス、人が辿る再生の旅や人間の組合にとっての半未曾有への対応という規範的な刺激が歴史の韻と、姦しい独断と偏見と少しの対話の演繹の上で影の話をしていたら現れた影すら持たない吸血鬼によってこの奇天烈なメビウスの帯が存在する為の因果は結局は権威や力の復活の流れだろうという事が啓示された。




確かに


考えてみれば

王の力を弱める為に

総ての事は成立したとも言えるわけである。


確かに

スポーツや肉体的な行為や労働は何か背後的な権威の帰還を感じさせる。


文明というのがその原理と裏腹にはらむ進歩の客体化性、つまり、労働をより労働としてのみ客観視し、それを形而上的か知らんがのその観点から達観し、ゴーレム主義とでも呼べそうな土から生まれてきそうな思想なのに何故かイージーライダーしか居なくなった的なパターンの停滞下で、進歩進化発展の為パラダイムシフト出来るくらいの可能態は、大きな河を無数の小川にした的にやったんだろうが、明らかにパワーレスな今日この頃。


オーガニックな人間の運動を源泉としてプライオライズだけではもはや足りない。


では、ボクシングの王政とは?








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