クロス | ボクシング原理主義

ボクシング原理主義

ボクシングの原理原則に則っとりながら技術論や方法論を分析考察。技術や意識の向上を目指したい、いちボクサーの見識メモ。
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 「クロス。

普通は十字架。
ボクシングでは、後ろにある事で相手に当てるためにその身をクロスしてゆく奥の方のパンチ。」


「既成事実。


普通は正当性を帯びるもの。ボクシングでは戦績やランキングにタイトルなど。

こういう木にはよく蛇が絡みついているもので、蛇には汚す手が無い事も常に注意されねばならない事だ。」



「まぁ当事者でしか把握できないような侮辱や威圧、線があるのは当然だけど、

パッキャオ対リオスよりも話題になっているローチ対アリザ。

皆さん自分のプロフェッションでは素晴らしい働きをされていますが、こうなっちゃうとどうも世間体がよくありません。ケンカに勝者がいない事を考えればただただ無益な事です。」



          「よくそういう事を言う人程、当事者になったら大暴れするよな!」
 

 「世の中にはキリストのように十字架を背負う人もいますが、『俺を侮辱しやがったらクロスをぶち込んでやる』という人もいます。


何故かリングに上がらない人が後者の場合が多いですが、
今回の両陣営の衝突をみて感じたのは、大体ボクシング関係の問題はボクサー本人のみならず周りの人間によって引き起こされている事もあり、理想のマッチメークとかが起こらないのも結局ボクサー本人というより周りの都合とかなんじゃないか?という脱線した考えに至った。

やはりボクシングはチームスポーツで、
良いボクサーは良いチームに囲まれているものです。


十字架を背負うイエス・パッキャオ

vs

何でもいいから右クロスをぶち込むことしか頭に無いアイアム・リオス。


何処か達観しているこの二人をみると、
やはりこれくらいになってボクサーなのかなと思える。

背負うクロス、放つクロス、交差するクロスに渡るクロス・・・問題はね、クロス『し』続けられるかどうかなんだよ。

ところで、

マカオの人達はこの騒動に多分アイヤー(*野蛮だなー)と言ったはず。」




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