
その世界でSonOfGod(神の子)を名乗るパウンド・フォー・パウンド、アンドレ・ウォード。
神の子とは、旧約聖書においてはメシア(救世主)を意味し、一般にイエス・キリストを信じる敬虔な者達を意味する言葉である。
キリスト教には三位一体という考え方があるようで、これはボクシング原理主義者たちがボクシングを実体、実在、本質(武道で言うところの心技体)をひっくるめてボクシングとする考えに相当するように思える。」
現在、実に多くの人がパウンド・フォー・パウンドNo.1に推す選手で、昨日無敗の挑戦者エドウィン・ロドリゲスを完全にアウトクラスした。
スタイルは、
ショルダーロールを基本とし、手数をかけ、穴を塞ぐフロイド・メイウェザーJrに対して相手を丸め込む戦法と空手のような受けと攻撃を一体にしたような作法で一気に穴を突くスタイルである。
本質としては同じ攻防一体型であり、試合の運びや相手を読む能力にかけては共通するものがあるが、原理としては全く違う種類の似て非なる基礎である。
アンドレ・ウォード
戦績27戦全勝14KO
2005年に6回戦で一度だけダウンを奪われているが、パーフェクトレコードとはこの事だろう。
2004年、アテネ・オリンピックで金メダルを獲得。
その年プロ転向。
比較的に悪くない戦績の選手達との対戦をこなし、2007年ごろから本格的な競争に入り、圧倒的な強さを見せ始める。
2009年に世界中のスーパーミドル級トップを集めて催されたトーナメントに出場。



無類の完成度で他を圧倒し、
2011年に英国のカール・フロッチに勝利して名実ともにスーパーミドル級の覇者となった。
翌年、バーナード・ホプキンズをやぶったチャド・ドーソンと対戦。
これに3回のダウンを奪い、10回でTKO勝利。

WBAスーパータイトルとWBC正規タイトルの防衛に成功したが、この後の展開が非常に面白い。
今年に入ってから右肩の怪我を理由にケリー・パブリックとの対戦をキャンセル(この事でパブリックは引退を決意)したウォードの元にWBCが彼のタイトルを剥奪するという報が届く。
理由は長期間の活動不足と指名挑戦者との対戦をこなしていない事だった。
この時肩の手術を受ける段階にはいっていたウォードはこの事を弁明としたが、WBCがこれをウォードが医学的根拠を提出せず、再起可能な大体の時期も示さなかったとして却下。
その後WBCから名誉王者に認定されるが、自らに防衛の意思がありルールによって定められた状況に該当する期間内に試合をする事が可能であった事を強調しWBCには正規タイトルを自分から剥奪する権利がなかったとして名誉王者を返上した。
アンドレ・ウォードのこの行動を賞賛する声は多く、ボクシング界における徳というものを体現したウォードこそ真の意味で名誉ある王者の気質・才覚・品格を備えているといえるだろう。
現在WBCの同級タイトル保持者はサキオ・ビカ。ウォードが最も苦戦した相手といわれる選手である。」

サキオ・ビカ戦のようにウォードが苦戦したのは一応ラフファイト。
メイウェザーが柔軟にこれをいなして対応するように、ウォードは之を制する。
今回対戦したロドリゲスはこの事が理由なのか、ウェイトをつくらずにタイトル挑戦権を放棄してまでウォードに対して有効になろうとした。つまりフィジカルを活かした攻撃性で勝負したのである。
初回これで突っ込んでペースを掴みにいったロドリゲスだが、逆にウォードに主導権を握られる展開を生んでしまった。くっついても結局なにも出来ず、打たれに接近し、距離を空ければまペースを取られたようになるのでまた打たれないために接近しの繰り返しとなったのである。
コンピュボクスでいうと最終的にウォードが526発放ち217発命中、ロドリゲスが389発中85の命中と、パンチを放った総数でもパンチを当てた総数でもウォードがロドリゲスを大きく上回る展開となった。
パーセンテージにして大体40%対20%という圧倒的な開きである。
ウォードの『制し』の能力は非常に高い。
左一本にしても実に多様な変化と効果を持ち、離れれば上下のジャブ、近付けばボディを離れ際にも打ち、アッパーも織り込み、不意に飛び込むポットショットも的確で防御動作と同じ動きなので予測が出来ない。右肩も手術を経てこれから益々ご清栄のことと思われるので火力も増してゆくのだろう。
このようにパンチだけでも試合を充分コントロールするが、咄嗟のクリンチやスマザー、そこから相手の攻撃を邪魔しつつ自分のパンチを的確に当てるスウォームに関してもレスリングか武術家のそれのように機敏だ。
ウォードは純粋なアウトボクサーではなく、純粋なインファイターでもない、中間距離を支配して、そこからの出入り口を自分に有利な形でだけ残す事で試合をコントロールするタイプだ。
この事はアミール・カーンがバージル・ハンターについた事を英断だと思わせる要素だと思う。
カーンにしてもウォードにしても、認識しづらいけども絶対に譲らない固定的な時点(ある距離におけるある姿勢)が存在し、一定の距離(相手が自分にパンチを当てに来るまで)を支配するタイプである。ウォードはここから出ないか、之を移動させる。カーンはここから『当てにいく』。この距離に入った相手への対処が両者上手だが、ここから決して出ないウォードの移動と違ってここを軸に出入りをしてしまうカーンの移動には衝突の弱さや、逃げまとう脆さといった隙が生まれる。これはホルへ・リナレスと同質のもので、手数を減らしてでも改善されねばならない欠陥のように思える。
ウォードの場合、これを攻略出来た者はいなくて、ビカの異様に短いパンチが力を持ち始める距離とそれによる奔放なパンチの不規則性がウォードの制しを振り解いた程度である。
これ以降のウォードは攻撃の回数(コンピュボクス的にウォードのパンチの的中率を考えると面白い現象)を増やしたようにみえるし、ボクシングというのが経験を経ながら常に微調整を必要とする繊細な技巧であるというのも頷ける。」
「ボクシングは最終的にはペース支配の世界なわけだが、ウォードの試合を観るとペースの取り方にも色々あると考えさせられる。」
「 特に相手を読む能力。
ウォードがジェームス・トニーやフロイド・メイウェザーJrに共通する部分だが、
彼らは動きの原理を理解して相手の動きを読んでしまったり、相手の心理や意識を把握することでペースを支配する事に非常に卓越しているのである。
・・・
人間には善き世界で悪い事に集中したり、悪しき世界で善き事に集中したりする面がある。
選手も、
困難の中でもチャンスを見出す劇的なタイプとチャンスの時でもリスクを考えている常に奥手のタイプがいる。
どちらにも転べるような選手も多いが、ウォードはそのどちらかというよりは、そのどちらにも対応してペースだけは必ず上手を取るペース支配の無我の境地にいるように思える。」
おまけ