二度目の『イップス』視聴で気づいた、篠原涼子とバカリズムの絶妙なバランス | 書きたいことを書くだけさ

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『イップス』を視聴するのは今回で二度目。本放送の2024年当時に最後まで見ていたものの、二年が経ち最終回の展開や犯人が誰だったかをすっかり忘れてしまった。そろそろ見直してもいい頃だと思い、改めて最初から視聴してみた。

最初に見たときは「黒羽ミコ役は篠原涼子じゃなくても良かったのでは」と思っていた。しかし、二度目の視聴ではむしろ“篠原涼子で正解だった”と感じるようになった。シリアスとコミカルの切り替えが非常に巧みで、黒羽ミコというキャラクターの“面倒くささ”と“愛嬌”の両方を自然に表現していたからだ。

一方のバカリズムは、役者より脚本家としての顔が有名だ。『素敵な選TAXI』『住住』『ブラッシュアップライフ』など、どの作品も独特の視点と面白さがある。演技面ではどうだろうと思いながら見ていたが、さすがコント出身だけあって芝居の間や表情の作り方が上手く、森野というキャラクターに説得力があった。

物語は、黒羽ミコの小説『歪な十字架』を模倣した殺人事件が発生し、それがきっかけで黒羽がイップスに陥るところから始まる。本業の小説執筆はできなくなったが、ワイドショーのコメンテーターとしての仕事で何とか知名度を保っている状態だ。

森野もまた、かつては検挙率の高い敏腕刑事だったが、同じ模倣事件をきっかけにイップスとなり現場に出られなくなっていた。「私のこと疑ってますよね」という一言で現場から逃げてしまう癖もあり、これもイップスの一種として描かれている。


さらに面白いのは、森野が黒羽の小説にアンチコメントを書き込む“ノモリ”として黒羽に認知されていた点だ。この奇妙な関係性がきっかけとなり、二人がタッグを組んで事件を解決していくという、他にない刑事ドラマの空気が生まれている。

久しぶりに見た『イップス』は、やはり面白かった。殺人事件のトリックもよく練られているし、普段はタレントとして活動している人物が犯人役として登場するギャップも魅力の一つだ。あえて“演技派俳優”を使わず、バラエティ寄りのキャスティングをすることで、作品全体に独特の軽さと意外性が生まれているように感じた。

犯人は樋口で、森野に認められたいという歪んだ思いが動機だった。途中、黒羽の付き人・坂浦や、黒羽の弟・慧が疑われるなど視聴者を揺さぶる展開が続くが、最終的には樋口に収束する。二度目でも「そうだった、そうだった」と思い出しながら楽しめた。

そして何より、黒羽と森野の会話のテンポが抜群だ。どこまでが台本で、どこからがアドリブなのか分からない絶妙な掛け合いが続き、二人の距離感が作品の魅力を大きく支えている。

二年ぶりに見直した『イップス』は、初見のとき以上に味わい深く、キャストの妙や脚本の緻密さを改めて感じられる作品だった。