名古屋で刻んだ三つの記憶――TUBE、志村魂、そしてライブの奇跡 | 書きたいことを書くだけさ

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名古屋にはこれまで三度訪れている。最初は2000年8月12日、ナゴヤ球場で行われたTUBEのライブだった。当時は中日ドラゴンズの一軍本拠地でもあり、外野スタンドまで備えた大きな球場で、TUBEも毎年のようにここでライブを開催していた。

その年は6月にハワイ公演があり、その後に日本ツアーが組まれた。本当は横浜スタジアムで観たかったが平日開催だったため、土曜日に行われるナゴヤ球場を選んだ。新幹線のチケットを取り、ホテルを予約し、準備を整えて向かったことをよく覚えている。

名古屋駅から東海道線に乗り、尾頭橋駅で降りて歩いた。住宅街とも町工場ともつかない独特の雰囲気の道を抜けて球場へ向かった記憶がある。ナゴヤ球場は街中にあるイメージだったが、実際は周辺に宿泊施設もほとんどなく、名古屋駅まで戻らないとホテルがない場所だった。「行ってみないと分からないものだ」と感じた瞬間だった。

今ではナゴヤ球場は中日の二軍本拠地となり、移転の話も出ていて、いずれ姿を消すことが決まっている。あの時のライブは、旅費をかけてでも行ってよかった。オープニングでは気球に吊られて「真夏へCount Down」を歌う演出で始まり、あっという間の3時間だった。

名古屋に着いた日はそれほど暑さを感じなかったが、翌13日は朝から強烈な日差しで、地元に戻ったときにはしっかり日焼けしていた。今となってはすべてが良い思い出だ。

二度目の名古屋は、志村けんの舞台「志村魂」を観に行ったとき。東京公演のチケットが取れず、探していたら名古屋の中日劇場がヒットしたので向かうことにした。土曜日の17時開演で19時に終演。宿泊は取らず、そのまま日帰りで帰ってきた。志村けんが三味線を弾く姿に感動し、バカ殿も最高に面白く、満足して帰路についた。

三度目は再びTUBEのライブで、名古屋センチュリーホールへ。しかしボーカル前田さんの喉の不調でライブが途中中止となる、非常にレアな場面に立ち会うことになった。振替公演は日程が合わず参加できなかったが、この出来事は自分の中でライブの見方を大きく変えた。

それまでは「チケットさえ取れればライブは当たり前に観られるもの」だと思っていた。しかし、ライブが無事に行われること自体が奇跡であり、その奇跡に感謝もせずにいたことに気づかされた。名古屋での三度の経験は、どれも自分にとって大切な意味を持つ時間だった。