アルバム『Past, Present & Future』に収録の“Post World War Two Blues”をご紹介っす。“Post World War Two”は第2次大戦後なので、つまり“戦後ブルース”っちゅうことです。友人だったサンディ・デニーとは正反対にストレートな歌詞が特徴のアルの中でも、チャーチル首相やらジミヘンやらバディ・ホリーやらアレン・ギンズバーグやらサージャント・ペパーなんかの固有名詞がバンバン出てくる、大変具体的な内容です。アナイリン・ベヴァンは戦後の英国労働党左派の指導者だった人で、ルイス・マウントバッテンは英国の海軍軍人で戦後の数年間、インド総督だった人だそうです。“Life with The Lyons”は55~60年にかけての連続ホームコメディ、TW3は“That Was the Week That Was”という62~63年にかけて放映されたBBCテレビの政治・社会風刺番組だそうです。アンクル・アイクはわかりませんでした。(ハロルド・)マクミランとクリスティン・キーラーは63年に起きた、戦後最大の政界スキャンダルといわれたプロヒューモ事件に出てくる保守党政治家とモデル/ショーガールです。“Desolation Row”はボブ・ディランの曲、女性名のラモーナは誰のことなんでしょうね?いろいろ調べて大変でした。それではどうぞ!
ぼくはスコットランドの小さな町に生まれた戦後ベイビーだった
ぼくが3歳のとき 家族は南へ引っ越した
母さんの身なりは不景気な時代をあらわしていた
寡婦(未亡人)年金と配給手帳・・・
アナイリン・ベヴァンは炭鉱労働者の主張を下院に通した
あの炭塵まじりの声で
ぼくたちは安全を保障されて 雪の降る日もあたたかにすごした
ラジオからは“Life with The Lyons”が流れていた
チャーチルはルイス・マウントバッテンにこういった
「私は今日君に会うのががまんならん 君はどうやってインドに行って譲歩したのだ?」
マウントバッテンはしかめつらをしていった
「どういえばいいんだ?こういうことは外に漏れるものなんだ
計画を話したり練ったりするのはいいことじゃないな」
しかしチャーチルは手を振っていった
「私はこういうことを議論するのは平気なんだが
うん 君を見るたび私は気分がな・・・
どうしていいかわからないんだ そうだ 毎日が悪いニュースばかりのような気分だ
私は戦後ブルースにとりつかれている」
1959年はとても不思議な年だった
労働党にとっては悪い年 ワインにとってはいい年だった
アンクル・アイクはぼくたちのアメリカ人の友人で
誰もスエズ運河の話はしなかった
ぼくはバディ・ホリーが死んだ日に泣いたときのことをまだ覚えている
ぼくは彼に会ったことはないから奇妙に思えるかもしれない
ある人たちは君にそんな風な感情を起こしたりはしなかったけど
だいたいそんなものだった
そこには楽天的なムードさえあったし TW3は全てを笑い飛ばしていた
誰かが壁に入ったひび割れを見始め ある日マクミランが階段を下りてきて
暗がりの声が彼の不意を突くまでは
彼に投げキスをしたその声の主がクリスティン・キーラーだった
「私はこんなことが起こるなんて信じられなかったが
ああ 君を見るたびに気分が悪いんだ
どうしていいかわからないんだ そうだ 毎日が悪いニュースばかりのような気分だ
私は戦後ブルースにとりつかれている」
ぼくは19のときにロンドンへやってきた
コーデュロイのジャケットを着て 頭の中は夢でいっぱいだった
アレン・ギンズバーグを読んだり 公民権運動について語ったりして
すごしたコーヒー・バーの夜
その日 ロバート・ケネディが銃弾に倒れた
世界はますます眉をひそめていた
ぼくは自分たちが一人の友人を失ったことはわかっていたが
最後には必ず勝つといつも信じていた
音楽が舞台だった
ジミ・ヘンドリクスは大音量で自由をプレイした
サージャント・ペパーはぼくにとってリアルだった
歌と詩は60年代がどっちへいくのか その全てを握っていた
今ラモーナはDesolation Row(廃墟の街)にいる
ぼくは自分がどこへ行こうとしているのかほとんどわからない
たしかに前はこんなじゃなかった
ああ ぼくは辺りを見渡すたびに
気分が落ち込んで 頭が地下へ潜っていくようだ
毎日が悪いニュースばかりのような気分だ
ぼくは戦後ブルースにとりつかれている
ああ 君を見るたびに気分が悪いんだ
どうしていいかわからないんだ そうだ 毎日が悪いニュースばかりのような気分だ
私は戦後ブルースにとりつかれている

