インクレはいったんお休みしてスティーヴィーのレコいきます。たぶん70年代半ば~後半に出た3枚組セットで、ヒット・シングルを中心に40曲をつめこんだ編集盤です。モータウンの有名どころはほとんどこのシリーズで2枚組か3枚組で出てましたね。スティーヴィーの70年代初期~半ばにかけてのいわゆる名盤群は全く聞いたことがない不届き者なんですが、このへんの60sモータウン典型の楽曲とサウンドはやっぱり抗しがたい魅力があります。時によっては拒絶反応を起こしてしまう重た~いサザン・ソウルや英トラッドや濃厚すぎるJBと違って、ノーザン・ソウルはいつ聴いても心地よくさらっと流れていきますよ。まあそのかわり前述の音楽のようにのめり込むことはあまりないです。せっかく年代順に収録されているのにサイド1の裏がサイド6になっていたり、サイド2の裏がサイド5になっていたりと、ちゃんと順番に聴きたい時にはレコをとっかえひっかえ忙しいのが難点ですが、それでもすぐれたベスト盤やと思います。あれ?ミラクルズとかヴァンデラスとか他のこのシリーズのレコはちゃんとサイド順になっていたような・・・ 俺のだけ?ガーン凹 久しぶりに”I Was Made To Love Her”と”I'm Wondering”聴いてベースのかっこよさに改めてシビれましたね。初期の”Fingertips”とかちょっと前の”Up Tight”とかこのあとの”For Once In My Life”もいいけど、自分にとってはこの2曲がバッキング含めて60sスティーヴィーのベストっす。全40曲ともなると、特に69~71年にかけては自分の知らなかった曲も多数入っていて、けっこうカッチョイイのあるんですね。今さらか。アルバム単位では『Up Tight』と『For Once In My Life』を再発レコでもっているので、『I Was Made To Love Her』も今さらほしなってきました。
前回出てきた「僕は母の呼ぶ声を聞いている 僕はおなかの中にいるに違いない」の次にあるのが「オー 僕は以前から全てを記憶している」です。これもまさに生まれ変わりを意味していると思います。アルバム『I Looked Up』に収録のロビンの大作で同じ生まれ変わりがテーマとなった”Pictures In A Mirror”(以前にとりあげ済み)に出てくる「すでに僕は自分が誰だか忘れている 」と対をなすようなフレーズですね。次が「冬と真夜中は/彼をつかむことはできない/火は彼を焼くこともできないし/大地も彼を抱くことはできない」です。ここの説明はよくわからなかったのですっ飛ばしますが、わりとストレートな解釈として、’自然の摂理はキリストを束縛することはできない’みたいな意味じゃないでしょうか。ところでちょっと戻って「・・・僕はおなかの中にいるに違いない」の直前の「ハロー 僕は行かなきゃならない」っちゅうのは、アメリカの喜劇俳優一家マルクス兄弟のキャッチフレーズのパロディだそうで、どうりでこの部分だけ急に陽気な調子で歌われるわけですね。このようにロビンの歌は他でも重苦しい英トラッドの旋律の中に突然ブルージーな展開を挟み込んだりして、相容れない要素を並列させることがあります。レイさんもこのへんはインクレにしかうまくできないような芸当だ!といってはりますが、たしかにこういうところはインクレの魅力のひとつやと思います。ラザロや賭けをする兵士や空になった墓などが出てくる次の数行の解説は、全く旧約聖書に詳しくない自分にはあまりピンと来ないっちゅうか理解できないっちゅうか退屈なので(あのね)飛ばします。次が「なぜヒーローたちは日の出とともに死ぬのか?」 「なぜ鳥たちは知の矢であるのか?」 「なぜ花は芳香を発するのか?」 「なぜ一瞬一瞬は時をもつのか?」です。これら全てはまたもや古代の言い伝えや事象に絡めて解説されていますが、特になるほどと思ったのが「なぜ鳥たちは知の矢であるのか?」です。’渡り鳥たちは矢の形となって空を飛び、それは初期の宗教書が記録された時に使われた楔形(くさびがた)文字に似ているからだ’とあります。なるほどそれで’知の矢’(arrows of the wise)なのか!ってあくまでレイさんの解釈なので、ロビンがどう思っていたのかはわかりません。で、次の「それはお前/全てが真実」から次回にします。つづく・・・まだ全然途中ですがホームページ復活しましたのでお知らせします。
ライナーノーツ訳はPCに保存していたんですが、いつのまにかどっか消えちまいました(凹)。
次が’the moon was bleeding’(月が血を流していた)です。ロバート・グレイヴズは女系宗教の見解の中で月の象徴化をたくさんやっていて、月の3つの姿―満月、半月、三日月のことだと思いますが―は乙女、母、老婆―どれがどれのことなのかはわからん―の三位一体である三女神を表わしているっちゅうことだそうです。月は特に女性のシンボルであり、moonとmenses(月経)は同じ語源をもっていると。なのでここでの意味は、「月(女性)は苦痛の中で血を流すかもしれないが、彼女の”月”1度の血の流出はサイクルの継続を約束する」ということです。つまりまた輪廻のことをいっているんだと思います。そう考えると、ちょっと飛んで先にある歌詞「僕は母の呼ぶ声を聞いている 僕はおなかの中にいるに違いない」はとてもわかりやすくつながってきます。次の「キリストを殺した剣はヤナギ(willow)の剣だった」のヤナギに関しては今度はグレイヴズさん、キリスト教以前のガリア、ケルト族の間で信仰されていたドルイド教をひっぱり出してきてます。この宗教では’樹木カレンダー’みたいなものが使われていて、ヤナギは神聖な年の4番目か5番目の月(month)を表わしているということです。というわけでここでロビンはキリストの死と神聖なヤナギを結びつけたということがわかります。さらにヨーロッパと近東のすみからすみまで、ヤナギと月(moon)は密接に関連しているらしいんですね。「and stars were shallow」の部分はレイさんによると、神々しいイメージを高めるために星をもってきたのはよかったが、willowと韻を踏むための単語が見つからず、ロビンは”Maya”という曲の中で使ったのを思い出し、shallowをもってきたのだろうと推測しています。なのでここは行き当たりばったりの韻律を用いた部分だというんですね。失敗かい!でもたしかに「星は薄っぺらかった」なんてわけがわかりません。そろそろどうでもよくなってきましたか?しかしまだ全体の歌詞の半分も行ってないんですよね。つづく・・・
写真はレコに付属していたインサートです。クリックすると拡大します。で、次の’the cross of the earth’(地上あるいは地面の十字架)からキリストのはりつけの話になります。その次の’four winds point them’はよくわかりません。「4つの風が彼らを指し示す」なんのこっちゃ。言い訳しますと、レイさんはインクレの次のアルバム『Changing Horses』収録の”Creation”という大作に関して、ロビンの詩を1行1行説明しようとしても失望が待っているだけだといってます。なのでわからんところは都合よくすっ飛ばします。次の’body to body / seas to anoint them’「体から体へ/彼らを清めるための海」の前半部は、わりとわかりやすく輪廻転生のことなんだなとなると思います。後半部分でカギとなるのは’海’です。この海というのが聖職者にとっては嫌悪をひき起こすものらしいです。なぜかというと、預言的言い伝えの中で海はしばしば女性であることのシンボルであり、それは肉欲性を意味するからだとあります。でもこのこと自体が父権的、家父長的考え方ですよね。ヨハネの黙示録では、真の信者たちは海のない神の国を約束されるそうです。ここでレイさん、あの’ソロモンの封印’―英フォーク・ファンには有名なあのペンタングルのアルバム・タイトルになった’Solomon's Seal’―の話を始めます。’ソロモンの封印’の六角形マークは、男と女である2つの三角形が重なり合うことで性欲の紋章を表わしているそうです。つまり性欲の封印っちゅうことですかね?とにかくロビンはこの歌でけっこうタブーに挑戦しているわけです。しかしレイさん、一方でこの六角形ははりつけになったキリストの6つの傷を表わしているともいってます。どっちやねんという話ですが、まあいろんな説があるんでしょう。次の「スポンジと酢/金粉とシナモンを吐く火の蛇」の部分は、犠牲的な王(キリストのこと)に対する皮肉好きな特権階級の特性である、あざけりのことば―’酸っぱいワインに浸したスポンジ、金粉とシナモンを吐く蛇’―だとあります。ここは難しいのでさらっといきます。次の「月が血を流していた」は、全ての物理的創造物はキリストの死の苦しみを共有し、月はキリスト同様、発光体であることを意味しているのかもしれないということです。どんな想像力やねんと思いますが、ここでまた前回のロバート・グレイヴズの女系宗教の見解をもち出してきて、月と女性の関係を説明し始めます。っとここで疲れてきたんでまた続く・・・
アルバム『Wee Tam & The Big Huge』の一発目に入っている”Job's Tears”について、レイモンド・グリーノーケン(Greenoaken 以下レイさん)という人があちこちからソースをひっぱり出してきて分析を試みてはるのがおもしろかったのでご紹介したいと思います。まずJob's Tearsには2つの意味があるみたいです。男子名としてのJobは英語読みだと’ジョウブ’ですが、旧約聖書のヨブ記に出てくる、大きな苦難に耐える信仰心の厚いヨブさんのことで、したがって’ヨブの涙’っちゅうのは涙を流しながら「なにクソ~~!これしきのことで」と苦しみに耐えるヨブさんというわけです。もう1つの意味はいわゆる’数珠玉’(ジュズダマ)というイネ科の植物で、種子が涙の形に似てるんだそうです。いちおうここでは前者の意味で話が進んでます。オープニングの歌詞「僕たちはまだここにいる/誰も立ち去らなかった/あまりに待ち 行動し 先に延ばす」は、ユダヤ教とキリスト教に共通する来世を暗示させるものはない、ここには生まれ変わり(輪廻)の観念があるとレイさんはいってはります。この歌詞がどうして輪廻なのかよくわかりませんが、つまりは生まれ変わるということは魂だけはずっと現世にとどまるということをいってるんでしょうか?とにかく輪廻という概念はむしろインド、ギリシア、ケルト的であって、いきなり最初からキリスト教から外れたことを歌っているっちゅうわけです。ちなみに輪廻転生は、ロビンとマイクがこのあとハマってしまう新興宗教サイエントロジーの中心的教義だそうです。イタタタタですね。次からキリストのはりつけの描写に入りますがちょっとその前に。レイさん、ロビンが読んでいたというロバート・グレイヴズという英国の詩人・小説家・批評家の詩論『The White Goddess』(白い女神)を、この歌の決定的なソースとして引き合いに出してます。それによるとキリストは古い家母長制を打ち倒そうと家父長制の宗教改革を企てた代理人だったが、残酷な皮肉によって彼は家母長制における聖なる女性たちと同じ運命をたどることになったということらしいです。どういうことかというと、聖なる女性たちはしばしば’地母神’の怒りをしずめるためにはりつけにされていたと。どうもロビンはこのグレイヴズさんの見解に賛同していたようです。『白い女神』ちょっと読んでみたくなりますね。たぶん自分には難しすぎて理解できないと思いますが。で、グレイヴズさんと同じく、ロビンの描写する創造主は女性だそうです。いやあ、ロビンの場合、友人だったバート・ヤンシュの”Three Dreamers”という歌の中で、’愛に引き裂かれたロマンチストの夢追い人’と歌われていただけあって、単なる’女好き’が要因だったような気がしなくもないです。というわけでまだまだ続く・・・
インクレのつづきの前にこれいっときます。ウィスコンシン州ミルウォーキー出身のネオサイケ・バンド、プラスチックランドのセカンド・アルバムです。87年くらいに友人の推薦で英ガレージ/モッズ系のプリズナーズとともによく聴いていたバンドで、これのアナログ盤も当時もってました。例によってすでに手元になかったんですが、ちょっと前にへどろんさんの’ロックンロール・レディオ・ステーション’でとりあげられていて、もしや?と思って調べてみたらありましたありました。なんとほんの数年前、2016年にCD化されてました。さっそくポチっといきましたよ。しかしファースト・アルバムの初CD化も最近の話ですから、どっちもオリジナル・リリースから30年以上たってからやっとこさのCD化です。どこまでも時代においてかれる連中です(悲) もうCD時代も終わりかけやっちゅうのに・・・ アップテンポなガレージパンクといった趣の強かった1stと比べると、ぐっとテンポを落として落ち着いたサイケデリック・ミュージックになっていて、その分味わいと深みが増したような内容です。1stほどのイカレた能天気さとポップさはなくなりましたが、ヘヴィというわけではなくて、”Flower Scene”のようなポップ・ナンバーも入ってるし、けっこうクセになるメロディが詰まっています。この頃まではプリティ・シングス・フリークぶりがまだまだ健在で、フィル・メイを意識したヴォーカルとディック・テイラーのようなギターがガンガン出てきますよ。そういえば次のアルバム『サロン』までは当時買った記憶があります。でもその頃から本格的に60sにハマっていって、個人的にはプラスチックランドはそこまででしたね。ミルウォーキーではここ10数年の間に復活してテレビに出たり、どれほどの規模か知りませんが地元でロックンロール殿堂入りしたりと、当地ではかなりの人気バンドみたいです。YouTubeで見られますので、興味のある方は見てみてみて下さい。前身バンドの映像がけっこう笑えます。ELP崩れか!
【レコ妖怪向けレビュー】ずっとほしかった2枚組のUKオリジナル盤を神戸のウォータールーレコードさんよりついに手に入れました。おそらくISBはこのアルバムまでステレオとモノ両方がリリースされていたと思いますが、これはステレオ・ヴァージョンになります。レーベルはオレンジ、ダブル・ジャケの内側含めて全面がヴィニール・コーティング、67年のビーの『サージャント・ペパー』の裏ジャケからヒントを得たのか、表ジャケと裏側に全曲の歌詞がびっしりと書かれていて、内側見開き部分に2人の顔のアップがドカンとカラーで載っています。ほんで重要なのが、付属していない場合が多いらしい、写真左上に写っているインサートっす。これにはロビン・ウィリアムソン自身によるイラストとともに、”The Head”という詩が載っています。例によってロビンの詩は難解なのでとても訳す気にはなりませんけど、大変美しいインサートです。おさらいしときますと、このアルバムは当時、お金のないリスナーに配慮して2枚組と同時に1枚ずつバラバラの形でもリリースされていて、そちらの2枚のジャケにはそれぞれ2人の写真が使われています。しかし3種類ものアルバムを同時に出せば、アルバム・チャート入りを逃すのも当たり前ですね。しかもいちおうその2枚もUKオリジナルといえるのでほしなってくるやないですか。金のないファンのためにやったことが半世紀後には完全に裏目に出てしまうという。この宗教色強いアルバム、ちょうど今インクレ本の分析をこつこつと訳していてそれがとてもおもしろいので、しばらく続けたいと思います。これっきりで終わってしまうにはあまりにディープな作品なので。キリスト教だけでなくて、それ以前の多神教やらヒンズー教やら仏教やらがごった煮になった上で、残念なことにあの悪名高いサイエントロジーに行き着いてしまった経緯がなんとなく理解できます。あくまでなんとなくですが。つづく…
【レコ妖怪向けレビュー】マトリクス2U/2Uの最初期プレス盤と2U/3Uのセカンド・プレス盤を聴き比べてみました。A面は同じマトリクスなのでB面だけです。ヘッドフォンで1曲ずつレコをとっかえひっかえしながら聴いてみた結果、若干2Uの方が高音が効いているような、特にハイハットの音なんかにそれが表われているような気がせんでもなかったですが、それほどの違いはなかったです。ヘッドフォンなしだと、常人の耳には全くわからないくらいですよ、みなさん。これは音質的に「3Uより2Uの方がすぐれている!」というレベルではなくて、単に「3Uより2Uの方がプレス時期が早い!」っちゅう事実、こっちは70年に最初にイギリスのレコ屋さんに並んだ方じゃ!という思い入れの問題、思い馳せの問題といっていいと思います。思い馳せの問題って。でもこれが変態レコ妖怪にとっては大きな問題だったりするわけっす。ちなみに国旗帯盤も自分には違いがわかりませんでした。結論としては全部いっしょいっしょでいいと思います。こんなんばっかりですね。個人的にはビーの国内盤に関しては、圧倒的にジャケの問題の方が大きいです。ヴィニール・コーティングされたオリジナルの鮮明で美しいジャケ写真をいったん見てしまうと、「今までだまされとったんか!」と思うほどのボケボケぶりですよ。じゃ国内盤は全部売り飛ばすか、となるかというと、それもまた中学高校時代の思い出がよみがえってきて簡単には手放させないっちゅうのがビートルズのすごいところです。ビーはレコ裁判でほとんど無罪になります。で、最近ビートルズ好きの東京の友人にこのボックス・セットを購入したことを話したら、「あのさあ、それ病気だから治した方がいいよ」といわれました。なんか褒められたようでうれしかったです。ってそれが病気ですね。その友人も昔ビーの各国盤、しかも『ラバー・ソウル』だけを集めるという病気をもっていましたが、りっぱに完治されました。のかな?まだもってるかもしれません。おわり