戦国絵巻燕の城2015「勝鬨」

大阪方の軍勢を率いた和田摂津守は江戸、南青山城目前まで来たところで大雨で足止めを食らっていた。

(まあ、よい。一矢報いるだけだ。)

ほぼ、南青山の連中の天下は揺ぎない。ならば一日でも遅らせてやろう。
今回の遠征をその程度に考えていた。

(我らも天下三位の地位は間違いない。軍勢と、我らの誇る多数の支援の民がいれば、やつらに一泡吹かせられる。)

彼の顔には自信が満ちていた。

(我らは、元々、強いのだ。たまたま、噛みあわせが悪かった。それだけだ。南青山になど負けるはずもない。)

たとえ、今年の戦いが終わった後に国を追われることが決まっていたとしても。

(いや、だからこそ、今日は勝てるのだ。最後に奴等を狩ってやる!)

しかし、雨の上がった南青山城に到着して和田摂津守が見たものは、地平を埋め尽くさんばかりの傘だった。

雨は上がっているのに。

この時、和田摂津守は、やっと理解した。

(そうか、立場が変わったのか)

狩る方から、狩られる側に。

大阪方は、初めて敵軍と民に包囲された状態での戦闘を経験することになった。


―――開戦初頭、畠山の突入で優勢に進めていた南青山軍だったが、疲れもあり、戦いは膠着状態になった。

夕刻、大阪方は最後の反撃に出た。

疲れの見え始めた自軍の若い武将を次々と後方に下げ、大阪方の名だたる武将を投入してくる。

南青山軍も後詰を繰り出し、必死の防戦に努めるが、やがて押されてきた。

防御陣の秋吉と久古が肩で息を切らせながら迫る敵を防いでいると、猛然と突っ込んでくる武将の姿が見えた。

「久古殿、あれは・・・」
「ああ、あれは・・・」

そこには大阪方の猛将、関本の姿があった。

「若造!退けい!」

のけ、と言われても、自身の事など省みず突撃してくる関本の気迫に押され、二人は動けなかった。

「ドケ!」

背後からも同じ事を言われ、二人が振り返る。
だが振り返らずとも、この発音で誰が来たのか充分理解できた。

白馬に跨り、赤い鎧、兜の後ろからはみ出す束ねた髪。
米国から軍視察としてやってきて、居心地の良さの余りこの国の者になってしまった男。

バーネットが馬で2人を飛び越えて関本の前に立ちふさがった。

ジリジリと間合いを詰めていく二人。
だが、一瞬、関本の刃が早くバーネットを捉えた。

ほんの一瞬、身動ぎをする間に陣を突破された南青山軍は、ほぼ互角の戦いに戻されてしまった。

「Shit!」

バーネットは悔しさで、滑り止めの粉の入った袋を地面に叩きつけた。



―――日も暮れて戦いは最後の局面に入っていた。

(この戦、このまま引き分けても天下は取れる。だが・・・)

真中の迷いを感じ取った家老の野村が明るく言い放った。

「ここまできたら、格好良く決めませんか?」

真中はニヤリと笑い、後先考えず、全軍突撃を命じた。

川端が突入し、敵本陣まで迫る。
畠山も包囲を開始した。

だが、文字通り「最後の砦」となった能見が立ちはだかっていた。

状況は圧倒的に不利なのは能見も承知していた。
だが、この後、もう一度戦う機会があるかも知れない南青山の連中に大阪の意地を見せておくのは無駄ではない。そう考えていた能見は戦場の注目を浴びるように叫んだ。

「さあ、次はどいつだ!かかって来い!」
「田中浩康推参!能見!覚悟!」

田中は見せ場とばかり斬りかかった。
能見は受けて立ち、刃をかわす。

能見の刃が田中を掠めた。

「あ痛たたたた!当たった!当たったよ!」

田中は大騒ぎして手勢を引き連れて明後日の方向へ向かっていく。
と、大阪方の右翼に配置されていた江越の陣へ突入していく。

それに釣られて能見の左側を守っていた陣が位置をやや能見の方へ移動してきた。

と、田中の行動に一瞬あっけに取られていた能見は気がついた。

(しまった!田中は囮か!)

陣の移動した隙を突いて、猪の如く突進してくる高井が目に入った。

「能見殿!覚悟ぉ!」

飛び上がり太刀を振り下ろす。寸前のところで能見がかわす。
高井は筋肉に物を言わせて二の太刀、三の太刀を浴びせる。

そこで能見の態勢が崩れた。

四太刀目を思い切り水平に振り回し、能見の刀を弾き飛ばす。
切っ先を顔面に向けると、ガックリと膝をついた。

そして、敵本陣に川端が突入し、戦いは決した。

武将たちは歓喜の声を上げながら集まった。
領民の祝福を受け、真中の体が宙に七度舞う。

苦節14年、南青山城の軍勢はついに天下を取ったのだった。


―――夜更けとなり、日付も変わろうとしたところだが、城内には天下取りの宴席が設けられていた。

喜び合う武将や城内の者たちが集まる。
さて、これより乾杯の発声を誰にするかと言うところだが、皆の意見は一致していた。

数年前から武将たちの取り纏めを任されていた森岡が前に立つ。

(俺なんかより、もっと活躍する奴等ばかりだろうに)

内心、心苦しかったのかもしれない。

この年、目を見張るほどの武功は上げられなかった。
だが、自分が辛くても、明るく振舞うことで城内の雰囲気を明るく纏め上げてきた。

城内の誰もが、領民の誰もが知っていた。

(だが、これが俺の仕事なら、務め上げようじゃないか)

森岡は思い切り笑顔を作り、叫び始めた。

「野郎共!南青山城『らしく!』『笑顔で!』えい!えい!」
「おおー!」

城内は歓声に包まれ、浴びるように酒を飲み・・・いや、文字通り、酒を浴びせあった。

武将たちは初の事で、戸惑いながらではあったが、こういったことには百戦錬磨の城主や家老は武将達があっけに取られるほど楽しんでいた。


―― そして、乱痴気騒ぎの宴が終わり、皆が寝静まった南青山城。

城門から少しばかり足元のふらついた二人の男が出てきた。

川端と、川端に助けられながら歩く山田だった。

「川端殿、ぼかぁね、やりましたよぅ!」
「わかった。よくやったよくやった。分かったから、はやく家に帰ろう。」

いつもなら城下の少し離れた家まで馬で帰るのだが、ここまで酔ってしまうと馬が言うことを聞かないので、今夜は場内に泊まるか、駕篭で帰るように厳達されていた。

川端は苦労しながら何とか駕篭屋の通る大通りまで歩いてきたが、駕篭屋が見つからない。

「さて、困ったなあ・・・」
「川端殿!そば!そばが食べたいれす!」

山田が指差す方向を見ると蕎麦屋が屋台を出していた。
川端は、先ほどから飲まされてばかりで、腹に何も入れてないことを思い出した。

「よし、分かった。蕎麦を食べながら駕篭屋を待とう」
「あい、僕はね、きつね蕎麦がいいれすよ。」
「はいはい、わかった。おやじさん、すまんが、きつね蕎麦と・・・」

そこまで言ったとき、先客がいることに気がついた。
その風体を見て、思わず注文した。

「と、たぬき蕎麦。」
「なんだ、お前らか。」

小さな椅子にちょこんと座り月見蕎麦を食べていた畠山がこちらを見上げていた。

「あれ、畠山様もですか」
「まあな、こんなに遅くては夕餉の支度をさせるのは申し訳ないからな」
「うちも、そんなところですね」

先ほどまで宴に一緒にいた奥方たちは先に帰って寝静まっている頃だった。

「あーおふたりとも惚気てくれますねえ、あーあついあつい。」

山田が手で仰ぐ仕草をすると、二人とも赤い顔をさらに赤くしながら

「うるさい、黙って食え!」

と声をそろえた。

「はーい、谷内も居ないし、独り者は静かに食べますよーっと」

山田は届いたきつね蕎麦を食べ始めた。

・・・少しの間、三人並んで無言で蕎麦を食べる。

「やったなあ」

畠山がポツリとつぶやく。

「そうですね。長かった。」

川端が応える。

「ぼく!ぼくが第一功れすよ!」

山田が手を上げた。

「まあ、そうだが、敵を倒した割合は私が一番だった。」
「数が一番だったのは俺だ。」
「ぼくは、どーんってやっつけましたよ!いっぱい!」

一瞬三人で見つめあい、大笑いした。

「まあ、この3人だけで勝った訳じゃないですから」
「そうだ。城に関わる皆で勝ち取った天下だ」
「そうですよ!それに本当の天下取りはこの後ですから!油断しちゃ駄目です!」

山田が少し酔いが醒めたように叫んだ。

「お、いい事いったな、山田」
「そうだな、油断はいかんぞ、山田」

そういって畠山は山田の丼から油揚げを取って食べてしまった。

「あ!ひどい!楽しみに取っておいたのに!」
「油断はいかんなあ山田。トンビに油揚げをさらわれる。」
「ずいぶん食いしん坊なトンビですねえ?畠山殿。」
「こいつ、言ったな!」

また、3人で大笑いした。

駕篭は来ない。
また飲んで、もう一杯食べて。
また取り留めのない話で笑った。

幸せな時間。もう一度、いや、天下を取って、もう二回楽しめたらどんなに嬉しいだろう。

年齢も、容姿も、武功もそれぞれ違う三人だったが、それだけは一致していた。

しばらくして・・・疲れもたまっていたのだろう。
やがて三人はいつの間にか屋台に突っ伏して眠ってしまった。

屋台の店主が御代も貰っていない大男三人をどうしたものか、番屋に届けようかと思案し始めたとき、編み笠を被った侍が通りかかった。

「やれやれ、仕方のないやつらだ」
「お侍様、何とかなりませんか」
「大丈夫だ、こいつらの扱いには慣れておる。」

そういって店主に多めに御代を渡す。

「お侍様こんなにいただけませんぜ」
「なに、いいってことよ。おやじ、迷惑をかけたな。まあ、こいつらも苦労してここまで成長して、天下を取ったのだ。今夜はこれで勘弁してくれい」

そういって侍は編笠を取り、店主に深々と頭を下げた。

「あ・・・いや、そんな、勿体のうございます!」

店主が平伏しようとするのを片手を上げて制すると、侍はまず、川端を起こし、山田を起こした。

二人は侍の顔をみて、慌てて平伏する。

そして侍は畠山を起こそうとするが、なかなか起きず、しまいには地面に転がってしまった。

「仕方のないやつだ、どれ久々にやるか。それ、起きろ畠山!」

侍・・・いや、今は影でこの国を支えている前城主、小川公は嬉しそうに畠山の上に馬乗りになり拳を振り上げた。

戦国絵巻燕の城2015「勝鬨」完
潜水艦ス-77航海日誌「泊地襲撃前夜」

潜水艦ス-77は長期にわたる激戦の末、戦果を挙げ母港に帰投しようとしていたところ、故障により海面を漂うだけの鉄の塊となっていた。

艦長の真中は致し方なく無電で救援艦を救援を呼んだ。
母港からそれほど遠くない場所であったから1,2日で来るなと考えていた。

(救難艦なら食料や酒も調達できるし、風呂も入れるかもしれん)

そんな彼を落胆させる存在は大空からやってきた。
ス-77の脇に着水すると荷物を降ろし…大きな鰹節に羽根をつけたような機体の二式飛行艇は滑るように海面から飛び立っていった。

簡易ボートには酒も食料もなく、修理部品を満載し若い士官が一人乗ってきただけだった。

「軍令部の伊勢大佐のご命令で修理部品を持ってまいりました。直ちに修理に・・・」

真中艦長は兵士の申告を落胆した表情で遮り「早速取り掛かれ。早く母港に帰りたい。」
そういって艦長室に入ってしまった。

司令塔に顔を出していた伊藤機関長がみかねて
「すまんな、艦長も疲れているんだ。まあ、部品さえあれば乗組員だけでも修理は出来る。その間、艦内を案内しよう。」
と言って士官を誘った。

太い眉をした士官は
「・・・了解しました。この艦で他に補給するものがないか調べるようにとの大佐から命令を受けておりますので」
と、伊藤機関長について歩き出した。

修理部品が到着した事で艦内のあちこちで修理が始まり、潜水艦とは思えぬ騒音を立てていた。

伊藤が持ち場の機関区を通り抜ける。止まってしまったディーゼルエンジンを直そうと皆で汗を流している。古野に至ってはほぼ全裸で作業している。

機関長室に入ると「まあ座れ」と士官を座らせコップを渡した。
そして胸ボケットから小さ目の水筒を取り出しコップへ少し注いだ。

士官が口をつけたとたん真っ赤な顔をしてむせ返った。ウイスキーだった。

「これは・・・?」
「まあ、それは出来たての若いやつだからな。もっと良いものがある。」

士官が咳き込みながら聞くと、伊藤はニヤリと笑い、「84」の札のついた鍵を取り出し、ロッカーを開けて中を見せた。
中には麦茶の入った水筒の奥に秘蔵のウイスキーコレクションが入っていた。

「ここまで揃えるのは苦労したんだぜ」

そういいながらボトルを手に取った。

「これは・・・禁制品ですね」
「え?」
「輸入が禁止されているものです。軍規に違反しますので軍令部として没収いたします。」
「いや、ちょっと」

士官はロッカーの鍵を奪い取り、鍵を閉め自分のポケットに入れてしまった。

「これも、です」
「いや、せめてこれだけは」

有無を言わさず小さめの水筒も奪い取ってポケットに入れて部屋を出て行ってしまった。

一人残されてしまった伊藤機関長は、コップに残された最後のウイスキーを忌々しそうに飲み干した。


その頃、艦長室では真中艦長が軍令部から命令された今後の作戦について考えていた。

受領した作戦書には停戦期日が迫る中、勝利を確実にするために「敵本拠地を反復強襲せよ」と記されていた。

期日までに行えるのは3回が限度だろう。そのうち1回でも敵艦を沈めることが出来たら、我々の勝利は確実なものになる。

(だが・・・)

真中艦長は自分の背中につめたい汗が流れるのが分かった。

(だが、もし3回とも失敗したときは?)

彼の頭の中には数年前の出来事があった。
勝利の総仕上げとして行われた敵本拠地強襲。そこで軍は手痛い反撃に遭い、勝利を逃した。

(あの時、1回でも勝利することが出来ていたら)

数年たった今も、彼の思考の一部を支配いていた。
「トラウマ」とも呼べるものだろう。

思考停止に陥るのをかろうじて救ったのは副長の三木が部屋のドアをノックする音だった。

「艦長、修理完了しました。帰投進路を進みます」
「お、おう、早かったな。今行く。」

制服を整え、司令塔(通常の艦船でいう艦橋)に向かう。
すでにエンジンは始動し、艦は浮上航行を開始していた。

入っていた真中艦長を航海長の高津が気づき
「現在、艦は母港に向けて航海中。巡航速度で一日後には到着いたします。」
と型通りの報告をしたのを皮切りに各長が報告を行った。

真中艦長は一通り聞き終えて

「よし、明日の今頃は上陸して命の洗濯といこうじゃないか」

と笑ってみせたが、内心その先の作戦が気になって引きつった笑いになっていた。
それを敏感に感じ取った艦内が乾いた笑いに支配される。

(いかんなぁこんなことじゃ)

なにかもう少し気の効いたことを言おうとした時、宮出見張長がハッチの上から声をかけてきた。

「艦長。ちょっと来てください」
「なんだ?」
その場に居づらくなっていた真中はこれ幸いと梯子を上りハッチから外に出た。
(心労で痩せてしまい、最近はハッチに引っかかることは少なくなった)

空は快晴だった。秋晴れ、そう表現してよい天気だった。
背中を叩かれ振り向くと宮出が空の一点を指していた。

真中が見上げると、その部分だけが真っ黒な雷雲が広がっていた。そして雷雲はどんどん迫っているように見える。

「こりゃいかんな、潜航してやり過ごそう。」

二人は慌ててハッチを閉めた。艦の外を雨が叩く音がし始めた。

「航海長、急速潜航だ」
「了解、潜航始め、ベント弁開け!」

高津が号令をかける。と、奥から

「ベント弁、開きません!」

と高井の声が聞こえた。

「なにをやっとる!」

高津が駆けつける。

空気タンクに海水を流し込むハンドルに必死にしがみついて回そうとしてる高井。
自慢の筋肉を爆発させるがごとく力を込めているがビクともしない。

艦が大きく揺れ始める。

「全員何かに掴まれ!」

潜航を諦めた真中が叫ぶと同時に艦が更に揺れ、艦内のいろいろな物が叩きつけられ、悲鳴が響く。

暫くの間、悪夢のような時間が過ぎ、やがて平穏が訪れた。

「各所!被害報告せよ!」

三木副長が自分の職務を果たす声と共に艦内は活力を取り戻した。

「水雷、異常なし!」
「機関、少量の浸水、現在応急対応中!」
「水測、異常なし!」

各所から報告が入る。母港までの航海には問題なさそうだ。
三木副長が艦長に報告しようとする。

「こちら航海科、ダメです」
高津から報告があった。

「ダメとはなんだ?」
三木が聞き返す。

「ジャイロが異常な数値を・・・使えません。現在位置が不明です。」

高津の報告に機器を覗き込む。

「これは?数値が出ているが?」
「先ほどまで母港近くの数値でしたが・・・今これはだいぶ西にずれてます。」

宮出見張長と真中艦長がハッチを開けて外に出る。快晴だった。
双眼鏡で周囲を警戒する。宮出が

「艦長!陸地です!」
「陸地だと?」

指された方向を双眼鏡で見る。確かに陸地がある。いや、あれは、港だ。

「船が・・・停泊中ですが・・・」
「確認しろ!」

宮出は倍率の高い望遠鏡を用意して焦点を合わせた。数隻の軍艦が見える。
いつの間にか母港に帰ってきたのか?

更に艦を確認する・・・あれは?いやそんなバカな!

宮出の導き出した答えは、昇ってきた高津の声によって裏付けられた。

「艦長!現在位置を割り出しましたが、数値上は名古屋軍港沖です!」
「艦長、あの停泊している艦は、名古屋軍のものです!しかも!あれは!」
「貸せ!」

宮出から望遠鏡を奪い取り、艦を確認した。
確かにあの艦は「山本」だ。「和田」もいる。「谷繁」も。その横は・・・「井端」?
そんなバカな。あの艦はこれから攻撃する国に譲渡されたはず。
動揺しながらその隣の艦に焦点を合わせて・・・絶句した。

「艦長、あれは『ブランコ』級です。」

もちろん宮出に言われるまでもなく分かっていた。

「そんなことは分かってる!なんであいつらがここにいるんだ!」

「それは・・・なんとも・・・」

三木が困り果てていた。

水測員の中村が下から叫んでくる。

「艦長!後方に水中航行音あり!」
「艦種分かるか?」

三木が問い返す。

「それが・・・走行音がこの艦にそっくり・・・いえ、正確にはス-80です!」
「なんだと?」

真中は思い出した。あのときだ。あの時と一緒だ。

「4年前だ」
「え?」

唐突な言葉に三木が聞き返す。

「ああ、お前は知らないんだったな。4年前だ。ス-80は意気揚々と名古屋軍港に強襲した。そして敗れた」

「艦長、まずいです。奴等待ち構えてます!」

宮出が双眼鏡で海上を確認した。

「大島」「荒木」「平田」がス-80を取り囲むように接近していた。

「艦長、どうします?」

三木がたずねる。

「どうするって・・・」

真中は困惑した。攻撃をすればス-80を助けられるかもしれないが、歴史を変えてしまうかもしれない。
しかし、この4年前の戦いは軍や国民にトラウマを植えつけた。今回の作戦に関しても不安を感じているものは沢山いる。

このままこの先ずっとこれを抱えていく未来。それを変えられる過去が目の前に。

「攻撃しよう」
「了解。」

三木が答えた。

だが

「ベント、まだ回りません!」

艦内から声がした。

「潜航できませんが・・・浮上雷撃しますか?」
「いや、さすがにな」

と、士官がひょっこり顔を出した。

「艦長、ベント修理の為、甲板に出ます!」
「甲板?」
「ええ。排水穴の開閉蓋に何か挟まってるんです。それを取れば」

艦橋を降りて甲板に出た士官はバールのようなものを持って甲板の一部に差し込んで力を込めていた。

「よし、修理完了次第潜航するぞ!」
「艦長!後ろ!」

宮出の叫び声で後ろを振り向くと、あの雷雲が迫っていた。

「退避!退避!」
三木の掛け声で一斉に艦内に入る。

「おい士官!貴様も早く退避しろ!」
真中が声をかける。

「ダメです、抜けないんです!」
士官は制服の一部が蓋に挟まって抜けられなくなっていた。

「艦長!とにかく退避を!」
真中は三木に引っ張られ艦内に引きずり込まれた。

嵐が訪れ、そして静寂が訪れた。

甲板には士官の姿はなかった。そして、ス-80の走行音も名古屋軍港も消えていた。

「ジャイロ、正常に動作しています。元の位置です。母港まで1日で到着します。」

高津の報告に真中は

「分かった。1時間だけ待ってくれ。溺者捜索を行う。」

と答えた。報われることはなかった。


---そして母港。

母港では岸壁に補給物資が山積みされていた。
岸壁に横付けされたス-77に書類を小脇に挟んだ上級士官・・・伊勢大佐が乗り込んできた。

「真中艦長、補給物資だ。書類にサインを。」
「大佐自らお越しとは。」

若くして入隊し、たたき上げで大佐にまで上り詰めた、軍にとって生ける伝説・・・伊勢大佐を前に緊張しながら言葉を続けた。

「この度は申し訳ありません。派遣された士官を行方不明に・・・」
「何のことだ?」
「え?」
「ワシは士官の派遣などしておらん。それよりも明日からの作戦、やれるのか?」
「え。ああ。それは任せてください。過去もまとめて沈めてみせます」
「過去か。そうか、分かった。」

そういい残して司令塔を出た。

「大佐、そちらは出口ではありませんが」
「厠だ、厠。年寄りは近くていかん」

大佐は厠の前を素通りし、機関長室のドアをノックした。

ドアを開けた伊藤機関長は驚いた表情で

「こんな所にどうされました?」
「少しいいか?」
「かまいませんが・・・何かお飲みになりますか?」

飲み物の入ったロッカーの前に行きポケットを探る。
(あ・・・鍵・・・)
鍵は先ほどの騒動で士官に奪われてしまったことを思い出した。

「あの、大佐。このロッカーの鍵って補給品で申請できませんかね。無くしてしまったんです。」
「そこの鍵か、待ってろ。」

大佐はポケットを探り鍵を取り出し伊藤に渡した。

「何でもお持ちなのですね。」

そういって鍵を受け取った。鍵は思いのほか古ぼけていた。
鍵穴に差し込んだとき、札が付いていることに気が付いた。

「84・・大佐、これ・・・」
「お返しします。機関長。」
「あの士官か・・・?」
「ええ。あの時、嵐で皆さんはこの時間に戻ったでしょうが、私はさらに過去に飛ばされました」
「そうだったのですか」
「それから、一生懸命勉強して軍に入り、大佐になり、私が入隊してきた。」
「自分を自分で行かせたのですか?」
「歴史だからな。仕方ない。」
「長い間、苦労されたのでしょう?」
「ああ、なにせ知ってる歴史をなぞっていただけだからな。だが、ここからやっと私も知らない歴史が始まる。楽しみで仕方ない。ああ、あともう一つ楽しみがあった」
「なんです?」

伊勢大佐は胸のポケットを探り、小さめの水筒を取り出した。
「機関長から預かったこれが50年ものになった。さあ飲もう。」


潜水艦ス-77航海日誌「泊地襲撃前夜」完


新作映画紹介

南青山署第7課【S.W.A-T】(2015公開)

ストーリー
20XX年、凶悪化した犯罪に対抗するため、鳴り物入りで警視庁に創設された
特殊火器および特殊戦術部隊…日本版「S.W.A.T」(Special Weapons And Tactics)
※ただし米国と区別するためAとTの間はハイフンとしてS.W.A-Tと表記される
だったが、まったく上がらぬ検挙率に業を煮やした警察上層部は彼らを警視庁の建物から
追い出し本部を東京オリンピック警備のために新設された南青山署に移してしまった。

まったく意気の上がらぬS.W.A-Tのメンバーだが、新人隊員ヤマダテツトの加入により事態は大きく動き出す。やがて重火器を用いて犯罪組織を(暴走美味に)徹底的に壊滅、解決していく事からマスコミから「南青山の火ヤク庫」と呼ばれる。ヤマダはS.W.A-Tの「T」はテツトのTと呼ばれる日を目指して奮闘していく。

登場人物
タマダ テツト(通称 スター)
新人隊員。新人警官の頃に偶然遭遇した名古屋立て篭もり事件を契機にS.W.A.T入隊を志願。
持ち前の明るさと物怖じしない性格でチームの雰囲気を引っ張っていく。ある事件を解決したときにマスコミに取り上げられ、課長から「よ、スターだな」と弄られたときに「スターじゃありません。スーパースターです!(ドヤァ)」と言い返し激怒させて以降「スター」と呼ばれるようになった。

カワバタ シンゴ(通称 アニキ)
先輩隊員。しっかり者の優等生。幹部候補生としてチームをまとめていく。既婚だが女性市民からの人気も高い。
妹も埼玉県警の警察官。

ハタケヤマカズヒロ(通称 ブー)
重火器担当の隊員。訓練は好きではないが恵まれた才能で相手を倒していく。熱いところもあり、火器使用を咎める警視総監に「火ヤク庫と呼ばれる俺達をとめたきゃ爆発物処理班でも連れてきな」と啖呵を切った。

タナカ ヒロヤス(通称 ピロ)
独身。冷静沈着な分析担当だが、女心と周りの空気の分析が苦手。格闘戦は隊員一強い。独身。

モリオカ リョウスケ(通称 カイチョ)
チームリーダー。最近は現場では突入せず後方支援に回ることが多い。過去に訓練教官の暴言に我慢できずに反抗したため名古屋県警を干されたところを拾われた。香港国際警察への派遣歴あり。

タカイ ユウヘイ(通称 キンニク)
狙撃班から突入班へと転向した。筋肉トレーニングが趣味で、相手から殴られたりしてもビクともしない。防弾チョッキがきつくて入らないのが難点。心優しいがちょっと天然。

ミワ マサヨシ(通称 ヘッスラ)
交渉担当。得意の早口で相手を自分のペースに巻き込んでしまう。基本うるさい。ハタケヤマと仲が良い。

真中課長
第7課の課長。チームを率いて犯罪に立ち向かう。部下達の度重なる過度の火器使用を責める上司やマスコミから身を挺してチームを守る。事件が解決すると近くの居酒屋「ろくさま」で飲んだくれる。

宮本さん
南青山署近くにある居酒屋「ろくさま」店主。元S.W.A-Tの名狙撃隊員。飲みに来る隊員の日ごろの疲れを癒すつもりが説教になることもしばしば。

警視総監(???)
批判の的であるS.W.A-Tを潰そうと隊員の補充を妨害したり予算を削減したり、虎視眈々と機会を狙っている。


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スタッフ
監督 真中満
音楽 林田健二
ナレーション パトリック・ユウ
バズーカ指導 つばくろう

上映時間 1時間41分
いつもは合戦を繰り返している各国も年に1度集合し祭りを行う。
その一時的な休戦状態が終わり、再び各国は合戦状態に入った。

各国とも決め手を欠く中、南青山の軍勢は隣国、相模国へと侵攻した。

「しかし…暑いなあ」
祭りで活躍した山田が音を上げる。

「これしきの暑さ、なんてことはなかろう」
この合戦の大将を任された新垣が馬上から平然と答えた。

「いや、新垣様は南国の生まれでございますから…」
山田は首を竦めながら足早に進んでいく。

新垣が南青山に仕官してからちょうど一年。
やっと他の武将とも打ち解け、軍勢を任されるようになったが、なかなか勝ち戦に恵まれなかった。

新垣が敵を押さえ込んでいるにもかかわらず。攻撃陣がうまくかみ合わずに攻めきれず、結局敗れてしまうことが多かった。

(運が悪かった、そう思うしかない)
敗れるたびにそう考え切り替えていたが毎回こう運が悪いのならば、自分が疫病神なのではないかと思ってしまう。

(いや、もしかしたら外様の私は皆に嫌われているのかもな)
考えたくもない考えにたどり着いたとき、山田の

「新垣様!前方に相模国軍勢!」

の叫び声で我に返った。

敵は一塊になって陣を敷いている。

「よし、鶴翼の陣で攻める。各隊、散開せよ!」


相模国の大将、久保は目の前で陣換えを行う南青山軍の動きの遅さを見て

「奴等も、だいぶ参っているなあ」

と苦笑いした。

何せこの暑さ。鎧をまとった兵たちは暑さで両軍とも動きが鈍かった。

(だが、遠征していない分、こちらのほうがまだ体力的には有利だ)

久保は振り返り、陣の中央に配置した沢山の焙烙玉(現代で言う投擲手榴弾)を見やった。

(こちらはゆっくり待ち構えればいい・・・奴等を充分ひきつけて、こいつを食らわせてやる)

そう考えたとき

「敵襲!」

の声で我に返り、辺りを見回した。陣側面が既に乱戦状態になっている。

「バカな、速すぎる!この暑さの中、普通の兵がこんなに速く動けるはずは!」

しかし、襲ってきたのは普通の兵たちではなかった。


「こんな暑さ、なんくるないさー!」
新垣と同じ、南国育ちの比屋根の部隊に暑さなど関係はなかった。

比屋根隊の拡げた混乱に乗じて「今日こそは新垣様に勝ち戦を!」と、川端、山田の主力が攻撃を仕掛ける。


「くそっ!焙烙玉を放て!」
「しかしまだ敵が充分近づいていません!」

焙烙玉を準備していた筒香が悲鳴を上げる。

「間に合わん!早くしろ!」
「何処に向けますか!」
「正面だ!包囲される前に突破するより道はない!」


「よーし良いぞ!」
新垣は混乱する敵陣と活躍する攻撃陣を
(少なくとも嫌われてはいなかったようだな)
と、満足そうに見ていた。
この陣へも散発的に敵が来襲したがすべて自慢の槍衾で撃退していた。

(このまま敵陣を揉み潰せば今夜は旨い酒が飲めそうだ)

と、敵陣の中心から何かが多数飛んできた。

(矢・・・?)

矢ならば槍衾に持たせた盾で受けてしまえば良いだろう。

「盾、構え!」

新垣が槍衾へ下令した。

しかし、その飛んできたものは彼らの直前で炸裂した。

轟音が止み、新垣が目を開けるとそこには倒れた兵士で溢れていた。

そしてその向こうから押し寄せてくる相模国軍勢。


「今日も運が悪かったな!自慢の守備隊がいなくてはどうにもなるまい!」
久保がそう叫びながら突進してくる。

(ああ、運が悪かったな)

新垣はよろけながら太刀に手をかける。

(本当に運が悪かった。お前は俺に太刀を抜かせた。運の悪い男だよ、久保殿。)

新垣は太刀を抜くと突進してくる騎馬たちに斬りかかり、あっという間に押し返してしまった。

「悪いな、本当は攻め手も嫌いじゃないんでな」

そういって久保の眼前に刃先を向ける。

「くそ!覚えてやがれ!」

僅かな手勢を率い、久保は戦場を離脱していった。


大将を失った戦場はそのまま掃討戦になるかと思われたが、残った相模国軍勢も体勢を立て直しつつあった。


戦場を駆ける山田。

眼前の敵陣に突入しようとした時、自分を狙ったのであろうが、慌てて投げたのか焙烙玉が見当違いのほうへと飛んでいく。

焙烙玉の飛んでいく方を見ると、子供が木の下で合戦を見ていた。

「いかん!」

慌てて馬を走らせる。

(間に合わないかもしれない)

山田は絶望するが、寸前のところで焙烙玉が木に当たり勢いが落ちる。

(間に合えええ!)

山田は馬上から飛び込んで焙烙玉に手を伸ばす。
受け止める事は出来なかったが、指先が触れたことで逸れ、子供にあたる事は避けられた。

(良かった…いや、いつ爆発するか分からない焙烙玉を何とかしなくては)

そう思って立ち上がろうとしたとき、高井が駆け寄ってきた。

「山田ぁ!大丈夫か!?」

「高井殿!早く!それを!」
山田が焙烙玉を指差す。

高井は不思議そうな顔をして足元のそれを見つめて、そして頭上の木を見上げた。

そして何か思いついたかのような明るい顔になった。

「山田、いいところあるな。柿の実を子供に採ってあげてたのか!」

高井はそれを拾い上げ、子供に渡そうとする。

子供は真っ青になって首を振った。

「高井殿!それ!焙烙玉!」

「・・・?・・・!!」

慌てて高井が遠くへ投げる。行く先は考えている暇はなかった。


その頃、新垣は最後の力で攻め寄せてくる相模国軍勢と一進一退の攻防を行っていた。
若い武将の多い相模国軍勢との長い攻防はジリジリと新垣の体力と注意力を削いでいった。

と、三輪が声を上げる。

「新垣様、上!危ない!」

新垣が上を見上げると、眼前に焙烙玉が迫っていた。

(やっぱり俺は、運の悪い男なのかもしれない)

煙に包まれ遠のく意識の中、新垣はそんなことを考えていた。


合戦を引っ張っていた新垣が戦場を後にした事で、勢いは徐々に相模国側へと傾いていった。


「殿、どうします?督戦しますか?」

合戦を後方で見ていた家老の三木が真中に直接指揮を執るかどうか確認した。

「いや、大丈夫だろう。残りの敵の数も少ない。それに…」

真中は戦場に突入していく騎馬を指差した。

遠い異国の地からサムライの国へやってきた男が、甲冑に身を包み、あっという間に敵を撃退していった。

「我らには、彼がいるからね。」

「ええ。しかし、本来なら今日はもう少し楽に勝ちたかったですね。」

三木がため息混じりにそう答え、壊滅しつつある敵陣のさらに向こうを指差した。

「…ああ、そうだな。余力を残しておきたかったが。」

真中もその方向を見る。

そこには、奴が立っていた。遠くて顔は分からなくても誰だかわかっていた。

頭の上部分が前方に突き出した特徴的な兜を被った男。

敵将、三浦大輔が迫っていたのだった。


…結果的には、新垣に飛んできた焙烙玉の火薬は湿気ていて、煙と小さな爆発だけで、たいした事はなかった。
新垣は、焙烙玉と同じような勢いで飛んできた(畠山が投げた)三輪が身代わりになって、傷を負うことはなかったし、三輪も全身が煤だらけになって、髪の毛が軽く燃えて縮れただけだった。
ただ、その燃えて縮れた髪の毛を面白がった家老の高津が自分の兜を縮れた毛で覆った物を好んで使用するようになり、代々受け継がれていったのだが、それはまた、別のお話。

戦国絵巻燕の城2015「運の悪い男」完

Ⅰ プロローグ

雨の降り出した夜の街を走る車の中で、少女は父親に尋ねた。

「ねえ、どうして、かえっちゃうの?」
「あれだけ点差がついたらもう勝てないよ。相手はエースだし。」

父親は困ったようにそう呟いた。家族で神宮球場へ野球を見に来たものの、スワローズは試合前半で大量点を取られ、5回に10点目を取られると同時に球場を後にしたのだ。

「でも、またヨイヨイ!ってやりたい!もう、えーす、きらい!」

少女は買ってもらった応援傘を車内で広げて小さく振りはじめた。球場で1回だけ使うことのできたその傘をたいそう気に入っていた。少女の目には神宮で見た傘の花が映っているかの様だった。

「また行きましょう?ね?」

母親が優しく諭す。しかし少女は納得出来ないようだった。

「いつ?ねえいついくのおかあさん?あした?」
「そうねえ、夏休みになってから、ね?」
「やだやだ!すぐいきたい!よいよいやりたい!ねえ、おとうさん、やきゅうじょうにかえろ?」
「野球場じゃなくて、おうちに帰るんだよ」

父親が少し強い口調になった。翌日の自分の仕事が気になってたことも影響したのかもしれない。

「やーだー!やきゅうみるまでかえらないもん!わたしがえーすやっつける!あるいてやきゅうじょういく!」

そう言って泣き始めた少女は、信号で車が止まった瞬間にドアを開けて傘を持って降りてしまった。そして後ろから来たバイクに気づいた母親が声を上げる間もなく・・・一瞬後、母親の悲鳴はバイクのブレーキ音にかき消され、傘が中を舞った。



雨の降りしきる神宮球場。梅雨時特有の体に纏わりつくような湿気が立ち込める室内練習場には試合中止になった為に夜間練習している選手たちが多数いた。ここまでスワローズはチーム状態が思わしくなく、何とか打開しようと皆必死だった。特にチームを背負うエース、石川は翌日の先発予定にもかかわらず、夢中で練習していた。はっと気がつくと、自分が最後の一人になっていた。
あわてて道具を片付ける。持ち上げたボールケースから転がったボールを拾おうとしたとき、雨音に混じって

(・・・え)

と、何か声のようなものが聞こえた気がした。
おや?と思い、顔を上げたが、誰もいない。

(・・・ねえ)

今度はハッキリ聞こえた。背後に誰かいる。
ハっとして振り向くと、傘を持った少女が一人立っていた。
少女は石川を見つめて言葉を発していた。

「ねえ。」
「え!?お嬢ちゃん、どうしたの?何処から入ってきたの?」

石川はしゃがみこんで少女と目線を合わせて尋ね返した。迷子が迷い込んできたのかと思っていた。

「きょうは、やきゅうないの?」

石川の質問には答えず、そう少女が尋ねた。

「野球?あ、ああ。今日は雨で中止になっちゃったんだよ。」
「そう、つまんない。」
「ところでお嬢ちゃん、お父さんお母さんは?おうちどこ?」
「おうち、かえれないの」
「え?」

石川が困った顔をした。迷子か。そう確信して警備員を呼ぶ為に電話を探して球場事務所に電話をした。

「お嬢ちゃん、ちょっと待っててね、いま係りの人が・・・あれ?」

受話器を持った石川が振り向くと少女の姿は消えていた。まるで霧のように。



前日の雨が上がり、神宮球場ではナイターの準備が進んでいた。passionのダンスをチラリと見ながら先発の石川はいつもの様にブルペンで肩を作っていた。
(昨日は何だったんだろうな)
少しだけ昨夜の出来事を考えてたせいか、コントロールが定まらなかった。

「どうしたよ!」

伊藤コーチがたまらず声を掛ける。

「あ、大丈夫です!」

石川はもう一度集中直してブルペンキャッチャーに投げ込む。今度はストライクだった。今度はセットポジションを試す。ヘソの辺りにグラブを置いてひと呼吸。素早いモーションから投げ込む。と、一瞬、視界の片隅に流れていく内野スタンドに何かが見えた。

(あの少女だ!)

投球は高く逸れ、ブルペンキャッチャーが慌てて飛び上がる。

「おい、やっぱりどこか悪いのか?」

伊藤コーチが2,3歩歩み寄る。

「大丈夫です。大丈夫。」

そういいつつ、視線はコーチの上、スタンドを見ていた。目線を走らせて少女を探したが見当たらなかった。ふうっと大きく溜息をついてブルペン前のベンチに腰掛け、待機所のフェンスにもたれる。

「ねえ」
「え?!」

石川は声のする方・・・上を見上げた。待機所の屋根から少女が顔を出していた。

「きょうは、やきゅうあるの?」
「あ、ああ。あるよ。」
「きょうも、あいては、えーす?」
「うーん。どうかなあ・・・」

石川はスコアボードに表示された若い相手投手の名前を見て曖昧に答えた。

「そう・・・」

少女は少し不満そうに答えた。

「勝つように頑張るよ。」
「かつの?じゃあ、あなたは、えーす?」
「うーん、そう言ってくれる人は多いね。」
「そう、じゃあ、かつね!」
「相手が誰でも、油断せずに頑張るよ。応援してね。」

そう言って立ちあがり、ベンチの方へ歩き出した。

「がんばってね」

背後から少女の声が聞こえたので手を振って答えようと振り返った。

「あれ?」

少女がいた筈の待機所の上を見た。
待機所の上には座席などなかった。コンクリの屋根と内野席側がフェンスで仕切られているだけだった。

その日の石川は大量援護もあり、勝利した。



その日以降、神宮の登板の度に石川の前に少女が現れては

「きょうのあいては、えーす?」

と聞いてきたが、巡り会わせだろうか、相手のエースとの対戦は無かった。

少女のことは誰にも言わなかった。もちろん人ではないであろう事は分かっていたし、誰に言っても信じてもらえない事も分かっていた。だが別に悪さされている訳でもなく少女と会ってからは不思議と調子が良かった。しまいには(神宮以外にも来てくれないだろうか)と思うようになっていた。だが、少女は神宮にしか現れず、その小さな幸運はチームを上昇させるには至らなかった。

そして不本意なシーズンは終わった。

石川はその翌日から室内練習場で汗を流していた。自身は10勝10敗とはいえエースとして最下位の責任を感じていたし、早く終わってしまったシーズンをゆっくり休む気にはならなかった。

気がつくといつの間にか辺りは暗くなり、一人になっていた。

「ねえ」

いつもの声に石川は振り返る。

「やあ。」
「きょうは、やきゅうないの?」
「もうないよ?」
「え?」
「シーズン終わったから、来年まで試合は無いよ?」

少女は首を傾げたあと、一瞬置いて泣きそうな顔になった。

「どうしよう」
「何?どうしたの?」
「おうちにかえれない・・・」
「どうして?」

石川はしゃがみこんで少女に目線を合わせて尋ねた。

「あのね、えーすをやっつけつからおうちにかえらない!やきゅうじょうにかえるっていって、くるまからでたら、めのまえがあかるくなって、きがついたらやきゅうじょうにいたの。」
「うん。で?」
「おうちにかえろうとするんだけど、どうしてもかえれないの。やきゅうじょうのへんからでられないの。ぱぱとままのいうことをきかなかったから、かみさまがおこったの、きっと。」
「そうだったのか・・・」
「えーすにかったらおうちにかえれるかな?とおもって、おうえんしたんだけど、かてなかったの。」
「ご、ごめん。」
「もう、おうちかえりたいよう・・・」

少女は泣き出したかと思うと目の前から消えてしまった。

「ちょっと待って!ねえ!」

石川は慌てて少女を掴もうとしたが、その手は虚しく空を切るだけだった。

それ以降、少女は現れなかった。石川も気にはなっていたがどうすることもできない。秋季キャンプが終わり、ファン感謝デーが終わる頃には少女のことを意識的に記憶の片隅へと追いやっていた。



そして12月も中旬に差し掛かる頃、今日もまた石川は室内練習場で汗を流したあと、一通りの練習を終えてクラブハウスに戻ってウエイトトレーニングをしていた。

「ねえ」
「えっ?」

久々の声に慌てて振り返る。

「やきゅう、ないよね・・・」
「うん・・・。あれ?」

幽霊相手に言うのもなんだが、以前の少女と違い、少しやつれた様に見えた。

「元気ない・・・ね。」
「うん。なんかね、ぐあいわるいの。ほんとうにかえれなくなっちゃう・・・」
「あと4ヶ月すると野球また始まるから。その時は絶対に勝つから!ね?」
「たぶん、まにあわないかも・・・やきゅう、みたい。えーすにかつところ、みたいの。」

少女はまた泣き出してしまった。石川が消えかかる体をすばやく掴んで叫ぶ。

「何とかする!何とかするから!」
「石川さん、大きな声出してどうしたんです?」

練習場から帰ってきた選手たちがちょうど帰ってきたのだった。

「いや。その・・・」

石川はバツの悪そうな顔をして今までの事を話し始めた。

(しばらく笑い話にされてしまうな)

数人から笑い声が聞こえた。だが、それは嘲笑の笑いではなかった。

「なんだ、石川さんも見たんですか。」
「えー。お前も見たの?俺だけじゃないんだ。」

数人の選手が自分も見たことを話すと、俺も俺もと手を上げた。皆、石川と同じように怖がってはいないようだった。なぜか飯原だけは異様に怖がっていたが。

「悪い子ではないと思うんですよ」
「何とかしてあげていですね・・・」
小川と石山が心配そうに呟く。

「成仏させてあげるにはどうすりゃいいんですかね?」

畠山が顔の前で手を合わせて拝む真似をする。

「そのまま坊主頭にしたら似合いそうですね」

三輪が頭を撫で回す。すかさず畠山にブン投げられた。

「そうか、投げてもらおう!」

石川が叫んだ。

「分かりました!よーし三輪!もう一回!」
「なんで僕が投げられると女の子が成仏するんですか!」
「うるさい!さっさと成仏しろい!」
「僕を成仏させるんじゃないでしょ!」

畠山と三輪のやり取りを止めつつ、石川が切り出した。

「誰か他のチームのエースに協力してもらおうよ。彼女はエースを打ち崩すところを見たいんだから。」
「でも誰がやってくれるんです?こんな寒い時期に、ましてや打たれろなんて。」
「だよなー・・・」

石川の提案を小川があっさり否定すると、みんな考え込んでしまった。

一瞬後、ドアをノックする音がした。扉が開く。

「こんにちはー」

入ってきた男を見て、一瞬考えた後、その場にいた全員が声を上げた。

「・・・あ。」
「あ!」
「あ、あ!」
「ああー!」

少女もポンと現れて

「あのときのえーすだ!」

と叫ぶ。


挨拶の為にクラブハウスにやってきたFA入団会見を終えたばかりの成瀬は、いきなりの雰囲気に(俺はこのチームで上手くやっていけるのだろうか・・・)と、暫く悩むことになった。



「手加減はしないから!」

事情を聞いた成瀬は観客のいない球場のマウンドに立った。いや、正確には少女が傘を持って、ぽつんとベンチ上の座席に座っていた。

キャッチャーは田中雅彦が買って出た。
打席には雄平が立つ。

「手加減されても困ります!そのお嬢さんが満足しないと意味ないですから!」

雄平がバットを構えて叫ぶ。

(なめられたもんだな)
成瀬はボールを捏ねながら思った。
(俺はエースだからな、開幕投手だって頂くさ。)
ゆっくりと投球モーションに入る。
(さあ、幽霊退治と・・・いきますかっ!)
気合と思いとプライドを込めたストレートが指先から離れていった。

雄平の筋肉が収縮する。器用に折りたたまれたその太い腕の3分の1程度の太さしかないバットを力の限り振りぬいた。飛んできた約74mmの球体と収縮した雄平の筋肉が弾ける。

「にゃっ!?」

小さく叫んだ成瀬は後ろを振り返る必要を感じなかった。(か、開幕投手は譲ってやらあ・・)誰もいないスタンドに響いた着弾音を聞きながら、そう思った。

「よいよーい!」

元気の良い少女の声が聞こえ、皆が振り返ると、スタンドにいた笑顔の少女がうっすらと消えていき、そして傘が地面に落ちた。



2015年のシーズンが始まった。
広島での開幕カードを終え、神宮へ戻ってきたスワローズ。神宮の開幕戦の先発は成瀬だった。
(どうにもこのブルペンは慣れないなあ・・・)
ファンから見えるブルペンでの練習は未だに慣れなかったが、間もなく始まる試合に向けて投げ込んでいた。4番手投手。このチームでの今の位置づけはこういうことだ。投げ込んでも、正直、テンションはそれほど上がらない。

「・・・え」
「・・ねえ」

誰かに呼ばれた気がした成瀬は、ふとスタンドを見た。
フェンスすぐのところに少女が立っていた。

「な、にゃんで!?」
「ねえ、やきゅうある?」

成仏したはずの少女の出現にアタフタしてる成瀬。

「あらあら、すみません!だめよ、練習中なんだから!」
「はあい」

少女の母親らしき人が咎めた。
少女は松葉杖を扱って階段を器用に上っていった。
その後姿を見ながら、成瀬は母親に尋ねた。

「あの、あの子は・・・」
「ええ。去年野球の帰りに事故に遭いまして、ずっと意識不明だったんです。12月頃には危篤まで行ったんですけど急に回復して、先日退院したんです。退院したとたんどうしても野球行くんだって聞かなくて。」
「そうだったんですか・・・」

(所謂、生霊ってやつだったのか?)そんなこともあるのかと少女を見送っていたが、急に少女が振り返って言った。

「ねえ。あなたは、えーす?」

突然の問いに一瞬成瀬は戸惑ったが、急激に内心に沸々と湧き上がってきた何かと一緒に言葉を吐き出した。

「ああ、俺はエースだ。」
「こんどはうたれない?」
「打たれない。」
「まけない?」
「負けない?じゃない、勝つ。」
「よかった。がんばってね。」

成瀬は頬を2.3回叩くと、マウンドへ向かうためにベンチへと歩き始めた。

「がんばってね」

その声に反応して振り返った視線の先には、少女が消えることなく手を振っていた。

(終)

【おまけ】
時は少し遡って2014年10月7日。

カクテル光線を浴びながらその男は立っていた。その年、フル出場した訳では無かったがそれなりの成績を残していた。
(競争は激しいけど来年はきっとやってやる。俺だってこのまま終わらない!まあ、とりあえず今日終わったらちょっと休んでおいしいお酒を・・・)

「ねえ」

呼ばれた気がしてあたりを見渡した。目の前に少女がいた。

「ねえ、きょうはかつ?」
「え、ああ、もうすぐ勝つよ。てかお嬢ちゃんどこから入ってきたの!危ないよ!」
「ゆだんしちゃだめだよ!って、えーすがいってたよ!」

少女は上に向かって指を指していた。

「え?」

指の方を見た。打球が迫っていた。

「うわっと!」

クラブの土手に当てて、グラウンドを転々と転がるボールを追いかけながら、飯原は勝ち星を消してしまった小川に幽霊が出たと言い訳するかどうか迷っていた。

(おしまい)