ロシアが誇ったT-90M戦車 | すずくるのお国のまもり

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◎「ジャベリン被弾でも生存」とロシアが誇ったT-90M戦車、ネットのツッコミで嘘と欠陥バレる

 

 

 戦闘中のロシア軍戦車の内部を映した珍しい動画が共有された。ロシア側によれば、T-90M戦車がウクライナ軍のジャベリン対戦車ミサイルによる攻撃を受けた際の様子だとされる。激しい爆発が起こるが、乗員は戦闘を継続し、任務を完了して帰還できたという。
 これは、プーチンの称する「世界最高の戦車」の目を見張る成功だったのだろうか。どうもそうではないようだ。軍事アナリストたちはこの映像について、ロシア側の説明とまったく異なる解釈をしている。爆発はウクライナ側の攻撃によるものではなく、戦車に搭載されていた弾薬の欠陥によるものだというのだ。
「ジャベリンに耐えた」?
 T-90M「プラリーフ」(ロシア語で「ブレークスルー」の意味)はロシアの最新鋭戦車である。ロシア軍で現在就役している戦車は古いT-80戦車やT-72戦車、さらに一部は1960年代にさかのぼるT-62戦車を再整備したものが大部分を占めるが、T-90Mも少数配備されている。西側製戦車と同等の熱線映像装置やレーザー測距儀、弾道コンピューターを搭載し、ロシアの戦車のなかで最も優れた装甲や砲を装備する。
 一方でT-90Mについては、被弾すると砲塔が制御不能な旋回を始めるという不幸な欠陥も映像で数多く確認されている。新たに開発された高速旋回機構の不具合のせいとみられる。
 T-90Mの内部を見られる機会はめったになく、乗員がGoProのようなカメラで撮影したらしいこの動画は興味深いものになっている。オリジナルの動画はテレグラムの「出来事に照らして」(ブ・スベーチェ・サブィーチイ)というチャンネルが6月12日に投稿した。その説明によると、この戦車はウクライナ北東部ハルキウ方面に侵攻した北部集団軍の「黒い翼」戦車大隊に所属し、「敵の射撃地点を破壊することに成功した」という。
 動画の前半では、砲塔上の12.7mmコルド重機関銃が車内から操作され、遠方の建物の目標と交戦する音が聞こえる。車長の熱線映像装置にその様子が映っている。動画の最後のほうで、乗員のひとりが驚き声を上げたあと、撮影者の右側で炎が上がる。「消火、消火」という声が聞こえる。消火装置が作動した形跡はないが、数秒後に炎は鎮まったようだ。
 ロシアの言説空間では次のように説明されている。「この戦車兵たちは集合住宅から発射されたFGM-148ジャベリンを検知し【略】、『カーテン』(シュトーラ)システムを使用して成功裏に射撃地点を離れた。映像から判断すると、ジャベリンは(戦車の)屋根部分で爆発したが、深刻な損傷を引き起こせなかった。戦車兵たちはすぐに火を消し、戦闘から離脱した」
 もっともらしい話に聞こえるかもしれない。T-90Mはたしかに、自車がレーザーで照射されると検出して警告するシュトーラ防護システムを備えるし、煙幕を張って戦車を守る発煙擲弾(てきだん)発射装置も搭載している。また、ジャベリンは、車両の屋根など上部をたたくトップアタックを行える兵器だ。
 だが、この説明は実際はつじつまが合わない。

〇火炎の正体は
 米国からウクライナに供与されているジャベリンは赤外線誘導ミサイルであり、熱源を感知する高性能なシーカーで目標をロックオンする。つまり、ジャベリンは米国製のヘルファイア空対地ミサイルのようなレーザー誘導ミサイルではなく、レーザーに反応するシュトーラの検知システムを作動させることはない。
 T-90Mの発煙擲弾は周囲に熱く濃い煙を充満させることで、視覚によっても熱源を頼りにしても自車を見つけられないようにする。ところが、動画内の熱線映像装置を見る限り、外の視界は影響を受けておらず、発煙擲弾は使われなかった可能性がある。
 決定的な情報は、動画の終わりごろ(6:30)に主砲の125mm滑腔砲が砲撃を行った際の衝撃だ。砲塔内の火災は、その数秒後、砲尾が開いたときに発生していると見受けられる。
 オンラインのコメンテーターたちは、実際に何が起こっていたのかを即座に理解した。
「戦車は被弾していない。火災は後炎(こうえん)によるものだ」と、X(旧ツイッター)でCopiusPrimeというユーザーは指摘している。
 米ジョージア州フォートベニングにある米陸軍機甲学校で砲術を教えるウィル・ダーネルは、同校の専門誌「アーマー」で後炎(フレアバック)をこう解説している。「後炎とは簡単に言えば、砲弾が発射されたあと、(薬室から)薬莢底部を排出する際に、燃え残った発射薬が酸素と混ざり、尾栓から火炎が発生する現象だ」
 戦車砲が砲弾を撃ち出す際には通常、発射薬が爆発で燃え尽きて砲弾を砲身から前方へ押し出す。しかし、発射薬の一部しか燃えないこともあり、その場合、非常に高温の物質が残り、酸素があるだけで燃え始める。この火炎は、次の砲弾を装填するために砲尾が開かれたときに乗員室に噴き出すことがある。もっとも、見た目は激しくても、必ずしも大きな損害を引き起こすとは限らない。
 筆者が取材したTrostというアナリストは「この火災は砲尾に残っていた発射薬によるものです」と断言し、発射薬が古かったか、保管状態が悪かったのではないかと推測した。
 危険なのは閃光や火炎自体よりも、それにともなって発生するガスだ。
「大量のガスが乗員室に吹き込み、その結果、乗員が中毒を起こすおそれがあります」とTrostは説明する。「(ガスというのは)正確に言えば一酸化炭素です」
 この問題は珍しいものではなく、ロシアが2022年まで毎年開催していた戦車バイアスロンでも起こっている。2020年大会に出場した中国の選手は、欠陥のある(これは中国製の)砲弾を射撃した結果、戦車内で一酸化炭素中毒になり、意識を失ったと報じられている。
 それほど深刻なものではないが、米国製のM1エイブラムス戦車の内部で発生した後炎も、YouTubeに投稿されている動画で見ることができる。

〇書き換えられる説明
 当初の説明を誰も信じていないことがわかってくると、ロシア側はにわかに説明を変え始めた。
 最初に動画を共有した「出来事に照らして」チャンネルは翌日、「ジャベリンは誘導を失い、煙が立っている地点に着弾した。その爆発で煙が吹き飛ばれて車内に還流し、一握りの破片も大砲から砲塔内に飛び込んできた」と投稿した。
 一方、「ヘルソン州のタブリヤ」(タブリヤ、ヘルソンスカヤ・オーブラスチ)を名乗るロシアのブロガーは、また別の説を唱えている。タブリヤは、ジャベリンで使われているような赤外線画像システムを惑わせる「ナキドカ」(マント)というロシアの特殊な電波吸収偽装をもち出し、「燃えたナキドカの一部が砲身内に引き込まれた」と説明している。それが、砲尾が開かれた際に見えた火炎の正体だという。
 これら2つの説明は互いに矛盾していて、どちらも後炎という明快でオーソドクスな説明より筋が通っていない。
 ロシア側の言説では、T-90Mが見舞われた惨事のような出来事を成功譚に書き換える傾向があり、このT-90Mもその一例と言えそうだ。
 たとえば、片方のキャタピラ(無限軌道)から炎を上げながら走行するあるT-90Mの動画について、当初は「FPV(一人称視点)ドローン1機を被弾して後方に帰還している」ところだと説明されていたが、いつの間にか「FPVドローン3機の被弾に耐えたと伝えられる」という話に膨らんでいる。
 最近の戦闘で戦車の「成功」というのは、たとえば、小型ドローンの攻撃を受けても損傷で済み、撃破を免れるというものだろう。あるいは、欠陥のある弾薬による窒息死を避けられることもそうかもしれない。
 T-90Mが実際に目標を撃破したり、戦闘に勝利したりした映像はひとつもないようだ。少なくとも、T-90Mが米国製M2ブラッドレー歩兵戦闘車に撃ち抜かれた有名な映像に対抗できるようなものはない。
 それどころかウクライナ側からは、T-90Mが主に小型ドローンで爆破される動画が多数投稿されている。