『退化硬直』新しい言葉が最近頭の中を往ったり来たり、

 

この夏の終わりのイベントでご一緒する冠地情さんのブログで見つけた言葉。いろいろ気づかされます。人間は進化せずに退化を繰り返していくと硬直していく…、確かに周りを見渡して、そうかもしれないと言う人があっちにもこっちにも…。そういう私はいったい…。そんな感じで。

 

彼のブログでその辺りのことは詳しく述べられているのでこちらを参照ください。

 

確かに彼の述べるように、人は考えなくなると顔も無表情になり、きっと感情自体の起伏が弱くなってきて、許容量が下がってしまうがゆえにキレやすくもなるのでしょうね。

 

そこで退化硬直が起こる理由について考えてみました。試さない、自分の感情を出さない、他者と交わらないという生活習慣が無意識に続く(冠地情さんのブログより抜粋)状態が続くと退化硬直が起こるとのことですが、では何故試さない、何故感情を出さない、何故他者と交わらないのか?を考えてみました。答えは単純だと思います。そうしているほうが楽だから、リスクが少ないから。

 

人は否定されることを避けようとします。何かを試す、感情を出す、他者と交わる、これらは否定されるリスクを伴います。何もしなければ否定されるリスクは最小限。しかし、これでは肯定される喜びも失ってしまいます。そう、肯定されなくても良いから否定されたくない、喜びがなくても傷つかないほうが良い。これが原因ではないでしょうか?

 

では何故喜びを捨ててでも傷つかないほうを選ぶのか?

 

これも簡単、その人の人生において喜びの量よりも傷つく量のほうが多いから。負け戦ばかりしていると戦うこと=負けること、と錯覚してしまい、戦うことから退いてしまう。まさに退化。

 

ではどう対処すればよいか?

 

結論から言うと、その人の中の喜びを多く感じること。人生の喜びが多ければ少しのリスクは背負える。では、どのようにして喜びを多く感じることができるか?

 

ここで今一度原点に立ち返って、みなさん人生楽しいですか?

 

楽しいと答えた人は退化しないでしょう。そのまえにこのブログにたどり着いていないとも思えます。では、楽しくないと思う人、何故楽しくないのか?もう一度考えてみてください。お金が無いから、時間がないから、一緒に楽しんでくれる人がいないから、周りが理解してくれないから…。そんな風に答えた人。それって楽しくない言い訳を並べているだけでは?お金が無いならお金が無いなりに、時間がなければ無いなりに、友達がいなければいないなりに、人生は楽しめます。

 

私は時々自転車でツーリングキャンプしますが、やすい道具をそろえれば、後はドリンクと食料代のみ、一人っきりでたった数百円で楽しめます。

 

いつも私は述べていますが、好きなことを楽しめない人間が人生を楽しめますか?好きなことをやりきらないのに仕事をやり切れますか?自分の中に好きなこと、喜びを持つことが進化の一番の薬のように私は感じています。できればこれは子供の頃に多く経験したほうが良い。しかし、それができなかったのなら、今からでもすべきでは?私のブログを読み返して3年前くらいの私は、一所懸命自分の楽しさを追い求めていました。ある一定自分で満足行くようになり、社会生活も安定しだしました。

 

上記のことと別に退化のもう一つの理由があると思います。文字量が多いので結論から述べますが、便利さが人を退化させていると思います。効率化、時間短縮、手間縮小、こんなことが文明社会では当たり前にできてしまいますが、それが当たり前になっていることが余計に人間を堕落させてしまうのではないでしょうか?

 

なので私は普段から不便な生活を時々経験するようにしています。それがツーリングだったりキャンプだったり、そうすることによって、普段の何気ない生活がどれだけ便利で恵まれていることか、感謝すべきことかを知ることができます。毎日に感謝、これこそ喜びそのものではないでしょうか?今日は何も無い一日だからダメだ、と思うより、今日一日何事も無くてよかった、楽しかった、こう思えば自然に退化しなくなると思います。

 

この件についてはまだまだ述べたいことがあるが、今日は一旦この辺りで止めておきます。続きはまた今度。取り敢えずは良いお題を与えてくれた冠地さんに感謝し、今日はここまで、でござる。

 

そうそう、イベントのチラシ、もう一回アップしておきます。